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41 ヴァンとカリウス

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カリウスが来たのはヴァンがフェンテスに話をした翌日だった。 

元副隊長のヴァンから話したいという要件だったとはいえ、今のカリウスはずいぶん変わったと聞いていたので、もしかしたら来ないかもしれないと思っていた。
来るにしても、数日はかかると思っていたので、予想外の速さにヴァンも少し驚いたらしい。

「話とは何だ?」

「よぉ、久しぶりだな。まともに口を利くのは1年か2年か、いつ以来かな」

「前置きはいい、今の俺をわざわざ呼びつけるんだ、よっぽどの事なんだろ?本題に入れ」

言葉はそっけないが、口調は冷たくはなかった。カリウスは以前見た、口角を上げるニヒルな笑みを浮かべて話している。この二人の仲は、今も悪くはないのだろう。


「あぁ、単刀直入に言うけどよ、俺と隣のアラタはここを出たい。そこでお前に手伝ってほしいんだ」

ストレートな言葉にカリウスも驚いたようだった。ヴァンから俺に目を向けると、少し眉を寄せ、鉄格子を挟んで顔を近づけて来た。

「お前、どこかで見た事ような・・・あぁ、思い出した。リサイクルショップだ、レイジェスの店員だったな?一度話したことがある。なんでここにいるんだ?」

「え?俺の事知らないんですか?あ、結構噂になってるみたいだったんで・・・」

「ふん、お前こそ知らない訳じゃないだろ?俺は嫌われ者なんだよ。そんな噂話、俺の耳には届かないね」

カリウスは口角を上げ、自嘲気味に呟いた。

そう言えば、孤立しているという話しだった。配慮を欠いた発言を詫びると、カリウスはヴァンの牢に顔を向けた。

「おう、なんだか真面目なヤツだな。お前、コイツと本当に逃げるのか?逃げ切れると思ってんのか?」

すると、緊張感の無いのんびりとした口調でヴァンが答えた。

「逃げるって言うか、アラタがマルコスを倒すんだよ。仮に今だけ逃げれても、安心して生活できないだろ?だからアラタは戦わなきゃならないんだ。勝ってマルコスを黙らすんだよ。俺はアラタが1対1に集中できるように場を作る。フェンテスとアローヨは分からないが、アンカハスとヤファイはやるしかないだろうな。カリウス、できればお前にも手伝ってほしい。駄目なら鍵だけでも開けてくれないか?」

「ヴァン、お前何言ってんだ?正気か?コイツがマルコスを倒すだと?無理に決まってんだろ?半年もここにいて頭がおかしくなってんのか!?」

ヴァンの鉄格子を両手で掴み、大きく揺すりながらカリウスが声を上げると、ガサリと音がして、ヴァンも立ち上がった事が伝わってくる。

「俺は正気だ。アラタはフェンテスのナイフを止めたって話だぜ。それに最近問題になっている暴徒、あれを2度も素手で制圧している。聞いたんだぜ、爆発魔法まで使うそうじゃねぇか?治安部隊だって、2~3人がかりでやっと抑え込んでるんだろ?それを一人で素手で押さえれるヤツがどのくらいいるんだ?少なくとも、俺やお前と良い勝負できるくらいには強いんじゃないかと思う。それなら、アラタに賭けてみるのも悪くないだろ?」

「だったら俺かお前がやっても同じなんじゃないのか?お前、自分の目でコイツが戦うとこ見たのか?なんでそんなに信用できるんだ?」

カリウスの指摘は最もだった。ヴァンが俺を信用して託してくれることは嬉しいし、有難いと思う。
だが、副隊長だったヴァンが、自分で戦おうとしたり、カリウスに任せようとせず、ここまで俺に肩入れしてくれることは俺自身も気になった。

「・・・俺も負けてんだよ。マルコスに・・・」

「なに!?本当か?いつだ?」

ヴァンも戦って負けていた。この言葉にカリウスは驚き、鉄格子を握る手に一層力が入った。


「お前が戦ってから、一か月後くらいかな。円形闘技場とかじゃなくてよ、1対1で人目に付かない場所でな。立会人として、アンカハスとヤファイに付いてもらった。あの時から、あの二人はマルコスに付いた」
カリウスはゆっくりと鉄格子から手を離した。

「お前も、戦ってたのか・・・」

「あぁ、少しは粘ったと思うけど、まぁ完敗だな」

そう言っていつもの含み笑いをすると、カリウスもつられたように口角を上げ、小さく笑った。

「カリウス、俺はよ、アラタが気に入ってんだ。昨日説教されてよ、俺にだぜ?頭にきたけど、まぁ、なんつーか胸のつかえが取れてな・・・もし、アラタがマルコスに勝ったら、俺戻るわ。治安部隊に。それでよ、もし皆が納得してくれたらよ、隊長として頑張りたいと思うんだ。いや、隊長になれなくても一隊員としてやるわ。だからよ、アラタの話聞いてやってくれねぇかな?」

カリウスは俺に顔を向けると、しばらく黙って俺を見ていた。


「・・・お前は何のためにマルコスと戦うんだ?」

やがて、ゆっくりと口を開いたカリウスに、俺はこれまでの事を話した。レイジェスでのディーロ兄弟との戦闘、その後マルゴンが来てここに来る事になった事。

「俺は店に戻らなきゃならないんです。お願いします。力を貸してください」

頭を下げる俺に、カリウスはなにか考えるように黙っていた。

「アラタ、お前それだけじゃねぇだろ?本音で話せって言ったよな?」

隣の壁越しにヴァンの声が聞こえる。

顔を上げると、カリウスが片眉を上げて俺の顔を観察するように見ていた。

「理由は筋が通ってるが、それだけでヴァンがここまで肩入れするとは思えないな。ヴァンも言ってるけどよ、それだけじゃないんだろ?命がけになるんだ。全部話してくれないか?」

「・・・カチュアに会いたいんです。泣かしたままここに来たんです・・・だから、帰って謝ったら、ちゃんと気持ち伝えたいんですよ」

カチュアの事はヴァンには話してあるが、壁越しだからそれほど気にならなった。しかし、真正面から顔を見られている状態でこんな事を話すのは、かなりの恥ずかしさがある。だが、俺の本音だ。そしてカリウスは、俺の話しを聞くなり軽く吹き出したと思ったら、声を上げてゲラゲラと笑い出した。


「お、お前スゲーな!何かと思ったら女かよ!?ヴァンが気に入るわけだ!」

「な!カリウス、だからアラタはおもしれ―んだよ!俺もカチュアって子の話し聞いたけどよ、女一人のためにあのマルコスと戦うんだぜ?俺らも人生の先輩として一肌脱いでやろうじゃねぇか?」

目の前ではカリウスが笑い転げ、壁越しにはヴァンの笑い声が響き渡る。恥ずかしくなって、うるさいと叫ぶが二人は聞く耳無しだった。

しばらく笑った後、カリウスは鉄格子の隙間に手を入れてきた。急になんだ?と思い、その手を黙って見ていると、カリウスがしびれを切らしたように口を開いた。

「握手だよ握手、俺の力いらないのか?」

思わぬ言葉に、俺はカリウスの手と顔を交互に何度も見てしまい。軽く呆れられたが、しっかりと握手を交わし、協力を得られる事となった。

「まぁ、ヴァンがここまで信用してんだ。いいだろう。それにお前にはなにか・・・いや、いい。とにかくお前とヴァンに乗ろう。あとよ、もしマルコスに勝って帰ったら、俺にもそのカチュアって子見せてくれよ?あぁ、取らないから安心しろよ」

「あ、ありがとうございます!はい!絶対に勝ちます!」

「あんまりかしこまるなよ?俺もマルコスとはもう一度戦りたいけどよ、お前の話聞いたら、なんか毒気ぬかれたわ。女のためって・・・お前、相手はマルコスだぜ?まぁ、その子のために勝てよ」

カリウスは口角を上げニヤリと笑った。

やっと静かになったと思った隣の鉄格子からも、またいつもの含み笑いが聞こえてきた。

「クックック、勝って帰ったら俺にもカチュアちゃん見せろよ?お前が命かける子を見てみたいわ」

「もう本当に勘弁してくれよ!」

ヴァンとカリウスは楽しそうに笑っている。俺も散々いじられたが、なんだか楽しくなっていつの間にか笑っていた。ここに投獄されて以来、初めて心から笑った瞬間だった。
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