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32 背中預けて

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「アラタ!私が仕留めるから、フォローお願い!」

レイチェルは正面を向いたまま声をあげる。一歩遅れてオレも続く。

レイチェルに狙いを定めた瘴気の鞭は、勢いよく頭上に振り下ろされるが、身をひるがえし軽々とかわすと、ジャーマルに向かって加速した。

直感だが、この瘴気の鞭は触れては駄目だ。普通の鞭のようにただの打撃で済むとは思えない。
レイチェルもそれは察しているはずだ。

「オラァッッ!」

手首を返し、かわされた瘴気の鞭を横殴りにレイチェルに向け振るう。
あと一歩で懐に入れる距離まで詰めていたが、膝と腰を曲げ低い姿勢で横なぎをかわす。

レイチェルが視線を上げ、下から突き上げるように、ジャーマルの心臓目掛けナイフを走らせる。

だが、ジャーマルもいつの間にか右手にナイフを握っており、レイチェルの喉元目掛けて切りかかった。

「死ね!クソ女!」

「さっきから、俺を無視してんじゃねぇよ!」

一瞬早く、俺の左フックがジャーマルの顔面を打ち抜いた。

それは文字通り、ジャーマルの顔面を俺の拳が貫通して打ち抜いていた。
右の頬から顎にかけて、ごっそりと抉り、それは瘴気になって散っていく。

煙でも殴ったかのように、拳にはまるで手ごたえが無かった。しかしそれは予想通りだった。

切り落としたはずの首は無く、瘴気によって再生する。
どんな魔法か分からないが、そのままの体の作り。つまりコイツの体は瘴気でできている。
俺はそう考えていた。

ダメージは無いだろう。だが、仰け反らせる事はできた。ジャーマルはバランスを崩し、ナイフは空を切った。
俺は殴った勢いそのままに体を前方に流すと、レイチェルのナイフがジャーマルの体を斬り裂いた。

ナイフは左胸から肩にかけて深く肉を抉り取った。普通なら致命傷だ。
だが、レイチェルのナイフは止まらなかった。

突き上げた右手のナイフをそのまま逆手に持ち替え、魔力の柄を持つ左の肩口目掛けて、勢いよく振り下ろし、切り落とした。
落ちた左腕は黒い瘴気へと姿を変え、塵のように風に吹かれ散らされていった。

「て、テメェッ!このクソ女が!」

下顎が無いが怒りに満ちた声が漏れ聞こえる。首が無くても言葉を発していたし、魔法かと思ったが、果たして同じ人間なのか?

瘴気が集まり再生が始まるが、レイチェルの斬撃は再生が追い付かない程の速さだった。
逆手のまま腹を真横に切り開き、左手に持ち返すと、今度は全く同じ位置を逆方向に刃を走らせる。

二撃で上半身と下半身を真っ二つに斬り裂いた。

一瞬浮いた上半身に狙いを定めると、目にもとまらぬ速さで、縦横無尽に斬り裂いていく。
斬り落とされた肉片は瘴気となって消え、とうとう首から上だけが残るだけになった。


「あら?こんにちは。さっきと逆になっちゃったようだね。体はどこにいったんだい?」

顔の再生は終えていたが、頭だけになったジャーマルは、レイチェルにその顔を踏みつけられ、言葉にならない怒りの唸り声を上げていた。

「アンタ、不死身だって言ってたけど、それは無い。死ぬ条件は絶対にある。
さっきは頭が無くても生きていたけど、このまま頭を踏みつぶして、残りの下半身も切り刻めば、消滅するんじゃないかい?」

そう言ってレイチェルは足に力を込めたが、なにかを察知したのだろうか、突然後ろに大きく飛んだ。

次の瞬間、レイチェルのいた場所に数発の光弾が撃ち込まれ、爆発で土煙が上がり視界が悪くなる。
自然と、俺とレイチェルは背中を合わせて身構えていた。

「もう一人のヤツか!?」

「ミゼルが相手をしていたはず・・・まさか!?」

その時、頭上から声が降ってきた。


「弟をここまで一方的に倒すとはな。強者とは意外な場所にいるものだ」

見上げると、ジャーマルによく似た長身の男が空中に立っていた。
足元には風が渦巻き、それで宙に浮いているようだ。

顔の右半分が焼けただれており、深紅のマントは至る所が焼け焦げ穴が開き、もはやマントとしての体を成さない程ボロボロだった事から、激闘の様子が伺えた。

そしてその両手はジャーマルの頭を持ち、下半身を抱えている。

「あ、兄貴!」

頭だけのジャーマルが歓喜の声を上げるが、兄貴と呼ばれた男は反応を示さず、俺とレイチェルから目を離さなかった。

「・・・ミゼルはどうしたの?」

「あの男なら死んではいない。弟の命の方が大事なのでな、止めは刺せなかった。こんな店の人間が、なぜこれほどの力を持っているのか気になるところだが、私もここまでダメージを負い、深紅のマントも使い物にならなくなった。大した連中だ・・・敬意を表し名乗ろう、私は黒い太陽のジャームール・ディーロ」

「そう、あんた達二人はどこにも属さない殺し屋って聞いたけど、今はブロートンの使い走りなのかい?」

「女、安い挑発だな?ジャーマルは頭に血が上りやすい。うまくそこを付いたようだが、私は違うぞ・・・まぁいい、今日のところは引き下がろう」


ジャームールの足元の風が勢いを増し、体がより高く上がった時、突然の風切り音と共に、ジャームールの頭をなにかが貫いていった。

「あ~・・・今のかわしちゃう?ぜってぇ決まったと思ったのに」

後方頭上から声が聞こえ、振り向き見上げると、店の屋根の上でリカルドが弓矢を構え、ニヤリと不適な笑みを浮かべていた。

「でもまぁ・・・無傷って訳じゃ、ねぇみてぇだな」

矢はジャームールの左耳を奪っていた。
ジャームールの左頬から首、肩を、溢れた出す血が赤く染め上げていた。

「・・・この距離で姿が見えなった・・・そうか、そのマント、幻視のマントだな?」

「お、さすが殺し屋!その通りだ。俺はずっとここでマントに身を隠し、てめぇの頭を射貫くチャンスを狙ってたんだよ」

「・・・本当に面白い連中だ・・・」

ジャームールは俺達の顔を一人一人、ジッと、まるで決して忘れないように見ると、それ以上は口を開かずゆっくりと距離を取り、やがて見えなくなっていった。



「・・・行ったか?」

姿が見えなくなり、緊張状態が解けると深く息を吐いた。

「アラタ、ナイスフォロー。際どいタイミングだったから、助かったよ」

両膝に手を付いて呼吸を整えていると、レイチェルが背中を軽く叩いてきた。

「いや、俺は何もしてないよ。レイチェルの力だって。あんなに強いと思わなかったよ。
動きを目で追うのがやっとだった」

「・・・アラタ、私の動き見えたんだ?」

レイチェルは意外そうに目を丸くしていたが、すぐに優しく微笑んだ。

「私が思ってたよりずっと強いんだね・・・そう言えば、さっき自然と背中も預けたしね。これからも頼りにさせてもらうよ」

レイチェルが手を差し出してくる。

「あぁ、こっちこそよろしく」

俺はその手を握った。本当の意味で仲間になれた気がした。
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