上 下
29 / 1,263

29 再び

しおりを挟む
「2,000イエンでどうでしょうか?」

「2,000か、なんでその値段になった?」

2時過ぎにジャレットさんが帰ってきたところで、早速手袋の話になった。

俺の提示した値段に、ジャレットさんは高いとも、安いとも言わず
表情も変える事なく理由だけを問いただす。

「はい、まずこの手袋は状態から見て新品同様だと思います。手を入れて握ってみましたが、
硬すぎず、柔らかすぎず、使いやすかったのと、甲部分に鉄が入っていて、防御力が高いのも評価点です。
もし、日本にこれがあったとしたら、定価がおそらく5,000円、あ、ここでの5,000イエンくらいかと思ったので、新古品として4,500イエン出し、それなら2,000イエンで買取りかと判断しました」

俺の説明にジャレットさんは、無言で軽く2度頷いた。

「アラやん、手袋の性能はその通りだな。ちゃんと見たのは分かった。握った感触、甲の鉄の補強も評価しなければならない点だ。定価も、そのくらいだろうな。俺も5,000~6,000イエンだと思う。でもな、それならなんで2,000イエンだ?これはアラやんの言う通り、新品同様だ。それなら、もっと買値は高くていいんだよ。3,500イエンだ」

「3,500ですか?そんなに付けていいんですか?」

それでは、4,500イエンで出したとして、1,000イエンしか利益がでない。
戸惑う俺に、ジャレットさんは軽い口調で、いいんだと答えた。

「アラやんも元の世界で同業だったんなら、なんで2,000イエンなのか想像はつくよ。利益だろ?あと、人件費やら建物管理の維持費なんかも考えてたのか?
それなら2,000イエンってのは理解はできる。でもな、それじゃあ買い取れても、次は来てくれねぇかもな。出すところは出さないと駄目だ。兜より高くなっけどよ、そこはちゃんと理由言って納得してもらうんだよ。納得して、金額に満足してもらえりゃ、また持ってきてくれるし、
信用があれば買う時もうちから買ってくれる。それが高価買取りってヤツよ」

確かにその通りだ。
俺もいらなくなった本やCDを売りに行って、予想より大幅に安かった店には、二度と持って行かなかった。

日本で働いていたウイニングは、チェーン店だったためマニュアルがあり、本当はもっと高く付けていい物を、そこそこの値段しか付けられず、他店に持って行かれた事は何度もある。
そう言えば村戸さんは店長だが、会社の方針には意義を唱えて、本社によく電話をしていたっけな。

そして今の俺も、ウイニングのマニュアルでこの手袋を査定していた。俺はジャレットさんの説明に納得すると同時に、少し落ち込んだ。
3年間、日本でリサイクルショップの店員として働いていたから、ここでもある程度できるだろうと、心のどこかで査定を甘く見ていた。

初日にレイチェルにも、買取りについて言われたではないか。信用が一番大事なのだという事を全く分かっていなかった。


「アラやん、お前ほんとに真面目だな?このくらいでなにへこんでんだよ?
ニホンではどうだか知らねぇが、こっちの買取りは何も分からねぇから、皆で教えんだよ。
1人前になんのは時間かかって当然なんだから、何回でも間違えりゃいいんだっての。
つーか、お客に言われたんならともかく、俺の指摘なんかで下向くなっての!まったく、査定額以外は正解だったんだぜ。目利きは良いもん持ってんだから、その調子で頑張っていけばいいんだよ。俺とお揃いのタンクトップ欲しいんだろ?」

「はい!頑張りま・・・え!?」

ジャレットさんの言葉に感動し、大きく返事をしようとしたところで、言葉が止まってしまう。
お揃いのタンクトップ?
そう言えば防具担当になってすぐに、そんな話をしたような・・・すっかり忘れていた。

「ん?急に固まってどうした?一人前の防ラーになって、俺と同じタンクトップ着るために頑張んだろ?そう言ってたじゃねぇか?」

「あ・・・はい!もちろんですよ、もちろん!」

良い事言うなと感動していただけに、タンクトップのくだりでの落差が大きく、
かなりこわばった顔で返事をしたように思うこれさえなければ本当に良い先輩だと、つくづく思った。

兜と手袋は、ジャレットさんの提示した金額通り、兜3,000イエン、手袋3,500イエンで無事に買取りができた。

なぜ兜が手袋より安いのか、ジャレットさんは丁寧に説明をした。
折れた角のままでは売る事ができない。そのため、自然に見えるように、加工しなければならないのだが、
それにかかる時間と手間を伝えると、3,000イエンでも買い取ってもらえるだけ助かるよと、
納得して売ってくれたのだ。

手袋は、やはり定価は5,000~6,000イエンだったのだろう。
3,500イエンの提示に、何も言わず納得したように頷いていた。
その様子に、お客としても希望額はその位だったのだろうと見てとれる。
2,000イエンでは、渋い表情をされただろう。


俺ももっと勉強しなければと思う。
時計の針は4時を回り、だんだんと人の入りが少なくなってきた。
夏場で陽が長いとはいえ、この世界では暗くなる前に家に帰る事が習慣として根付いているのだろう。

ここも5時閉店なので、そろそろ陳列を直したり、落とし物のチェックなど、閉め作業に入ろうとすると、出入口付近で、金属が激しくぶつかるような、耳をふさぎたくなる大きな衝撃音が鳴り響いた。
あまりに大きな音に店中の視線が一斉に、音の方に向いた。

何事かと急ぎ駆けつけると、お客同士が転げながら激しく組み合っていた。
周囲にはディスプレイの剣や鎧が散乱し、ショーケースも割れて、ガラス片が飛び散っている。

「なにやってんですか!?喧嘩はやめて・・・!?」

仲裁に入り気が付いた。上に乗り、拳を振り上げた男の顔は、目の焦点も合わず、
口の端からはだらしなく涎を垂らし、聞き取れない奇声を発している。
どう見ても正常じゃない。

「まさか、これはあの時の?」

それは二ヵ月前、初めて俺が戦った時と同じ症状の男だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...