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【23 家族の形】

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いつからだろう。息子を恐れるようになったのは・・・。
8歳の頃には師であるブレンダンを上回る魔力を備え、
今では国中の魔法使いが束になっても、敵わないかもしれない。

そんな息子の強さに、一時はこの国を率いる世継ぎにと期待を寄せていた。
だが、あの日・・・最初はそう、タジームが7歳の時だった。孤児院でタジームの修練を見ていると、金品目的の賊が院内に入り、子供を人質に取った。

その時、タジームはブレンダンや、護衛の兵士を差し置いて真っ先に飛び出したのだ。
風魔法で子供を押さえる賊の腕を切り落とすと、次の瞬間には賊の体を炎で焼き尽くしていた。
振り返り、終わったよ、と言って返り血を浴び無邪気に微笑むタジームを見た時、まだ7歳の幼き息子に、得も言われぬ恐怖を感じたのだ。


ブレンダンとの修練自体は順調だった。ブレンダンは実力で自身を超えられても、経験と豊富な知識で、タジームに対して魔法の応用や、より効率的な使い方、戦術なども教えていき、タジームもそれに応えどんどん吸収していった。
しかし、幼くして最強の力を持ったからだろうか、無邪気な残酷さがあった。


【父上、消せばそれで済む話じゃないですか?】

タジームが10歳になったある日、タジームの希望で共に狩りに出た。
この頃にはあまりタジームと顔を合わせなくなっていたが、タジームとの関係をなんとかしたい気持ちはあり、良いきっかけになるのではと思った。

獲物を追い、はしゃぐタジームを見て、年相応の子供に思えた。
思えばこの時がタジームと笑って話した最後の瞬間だった。

油断があったのだろう。背後で護衛兵が馬から落ちた事に気付き、振り返った時には、もう矢は眼前に迫っていた。
時が止まったように、全てがゆっくりに見えた。私は死ぬ。ハッキリと死を感じた瞬間だった。

だが、矢は私の頭を貫かず、目の前で燃え尽きた。
事態を飲み込めず、無様にも狼狽していると、少し離れた木々の上から何者かが落ちて来た。

私を狙った刺客だった。
恐らくブロートン帝国の手の物だろうとは思った。我に返り、護衛兵に取り押さえるよう命じると、
突然刺客は宙に浮き、苦しそうに身悶えをしている。

聞きたいことは山ほどある。口を割らせなければならない、誰が魔法を使っているのか!?すぐに止めるよう命じると、後ろから無邪気で楽しそうな声が聞こえた。

「父上、消せばそれで済む話じゃないですか?」
「タジーム!?止めろ!こやつには尋問せねばならんのだ!」

だが、私の声は届かなかった。刺客は空中で一瞬にして燃え尽き、灰が風に乗って飛び散った。
タジームは無邪気に笑っていた。私は恐ろしかった。
その日以降、タジームには会っていない。

今回、3年ぶりに対面した息子は、声変わりをして、少年から青年へと成長をしていた。
息子の顔を見た時、懐かしさと成長への喜びに、思わず一言声をかけようとは思った。
だが、言葉がでなかった。脳裏にあの時の、賊を焼き殺し微笑むタジームの顔が、刺客を灰にした時の無邪気な笑い声がよみがえり、恐怖で口を開いても声が出せなかった。

そして、どんな理由があろうと、これまでずっと蔑ろにしてきた息子に、今更なんと声をかければいいか分からなかった。タジームへの愛情が一切無くなったわけではない。だが、子供と向き合ってこなかった親に、話しかける資格などない。
愛情と恐怖と後悔、どうしようもない感情に国王は目を伏せるしかなかった。

そして今、父親を見つめる息子の目には、父と子の絆、愛情というものは何一つ見えなかった。

本来であれば息子といえど、タジームの国王に対しての態度は、不敬として厳罰を与えねばならないが、
この底の知れない闇を持つ息子への恐怖、そして負い目が国王を黙認させていた。

そしてもう一つの理由にブレンダンの存在が大きかった。
ブレンダンはもはや、タジームの父親同然だった。

本当の親であり国王でもある自分が、息子に対して背を向けている。
そしてそんな自分の代わりを務めてくれる者がいる。もはや息子が見えなくなっていた国王ラシーンは、タジームの事に関してはブレンダンの判断に任せるようになっていた。

国王ラシーンは目を伏せ、タジームの顔を見ようとしなかった。
諦めか失望か、あるいは悲しみなのか、僅かに目を細めタジームは国王を見据えていたが、
やがて背を向けるとそのまま部屋を出て行った。



夕焼けの空は赤く染まり、街は照り付ける太陽の熱からやっと解放されていた。

バッタの襲来まで1時間と迫っていた。
タジームがバッタを迎撃すると決まった日、国民の混乱を避けるため、表向きは全魔法使いによる一斉攻撃で迎撃をすると声明が出された。

不安はあるものの、魔法大国として名をはせるカエストゥスの、全魔法使いの一斉攻撃ならばと、大きな混乱は起きずにいた。

カエストゥス国 首都バンテージ。
30メートルはある高い城壁に囲まれ、首都の中心に城を置いた作りになっている。
通常は数百人規模の監視兵が警備にあたっているが、
今、城壁の上にはタジームとブレンダン、ブレンダンの弟子のウィッカーとジャニスの4人。
そして、ほんの100名足らずの魔法兵がいるだけである。

「しかし、本当に俺達以外誰もいないな。みんな家に閉じこもってんだ?」
ウィッカーが街を見下ろしながら軽口を叩く。

30メートルはある壁上からは街中を一瞥できるが、
どの家も玄関や窓枠は分厚い板を打ち付け補強しており、隙間には布を詰めるなどして、徹底的にバッタの侵入を防ぐ備えを行っていた。
どこに目を向けても、子供一人姿が見えず、鳥のさえずりがやけにハッキリ聞こえる程静まり返っていた。

サラリとした金色の髪をかき上げ、ウィッカーは溜息をつく。
ややタレ目がちで、長身だが体の線は細く、一見ひ弱そうに見えなくもない。

膝まで丈のある深い緑色のマントは、風の加護を受けており、僅かだが魔力を増幅する効果がある。
ブレンダンもジャニスも、王宮魔法兵達も、皆同じ物を身に着けており、
少しでも戦う力を上げるための備えであるが、
これだけの人数しかいない現状と、数百億のバッタという途方もない数に不安を消せないでいた。

「我々だけでは国民も不審に思うでしょうし、首都を護るんですから、少なくとも千人くらいは用意すると思ったのですが・・・ここまで露骨にされるとは・・・まったくあの大臣には困ったものです。王子、嫌われてますね」
ジャニスは口元に手を当て、からかうようにタジームに視線を送るが、
当のタジームは聞いているのかいないのか、
ただバッタが来るであろう東の空に目を向けていた。

「・・・全く、王子は相変わらずですね。冗談ですよ冗談。無視しないでください、泣いちゃいますよ?」
ウィッカーと同じ深い緑色の風のマントを羽織り、明るい栗色の髪は一本結びにして流している。
髪と同じ栗色のパッチリとした瞳に、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、隣に立つ、いつのまにか自分より背の高くなったタジームを見上げていた。

「・・・うるさい、勝手にしろよ」
タジームはジャニスに顔を向けると、一つ息をついて口を開いた。
「はい、勝手にします。じゃあ、王子はそのままバッタを警戒しててください」
ジャニスはクスクス笑いながら、タジームの背中を軽く叩いた。

ジャニスの行動に周りで見ていた魔法兵たちが、びくりと反応し、タジームの様子を窺うように目を向けたが、タジームは眉一つ動かさず、ただ東の空だけを見ていた。

17歳のジャニスは、孤児としてブレンダンに拾われ育てられてきた。
人見知りをせず、いつも笑顔のジャニスはすぐに他の子供達とも仲良くなり、
父と母、家族は知らずに育ったが、精いっぱいの愛情を注いでくれたブレンダンを父として、
そして同じ孤児院の子供達を姉弟として、今では本当の家族と思っている。

王子でありながら国王に恐れられ、遠ざけられたタジームはもう3年も孤児院に寝泊まりをしていた。
王宮を追い出されたわけではなく、タジームが自発的にそうしているのだ。

王妃を早くに亡くし、母の愛情を知らずに育ち、父は自分を恐れ遠ざける。
少年の心は閉ざされ、荒んでいく。ジャニスはそんなタジームを放っておけなかった。

「今日から私が王子のお姉ちゃんになります!どんどん甘えてください!」

ブレンダン以外、誰とも話さず、いつも一人でいたタジーム。
他の子供達もそんなタジームを怖がり、誰も近寄ろうとしなかった。

どんなに無視をされようと、ぶっきらぼうに扱われても、毎日話しかけ続けるジャニスに、タジームは少しづつだが言葉を返し、変化を見せるようになっていった。

「師匠、俺はジャニスみたくはできないです。あれはすごいとしか言えない」

「王子だからな。背中を叩くなど本来処刑されてもしかたない行いだ。
それにいつしか悪魔王子などと呼ばれ、我々以外、皆王子を恐れているからな。だが、ジャニスは本当の姉としていつも王子と接してきた。口には出さんが、王子もそれを受け入れておる。
だからもう、あれが自然なのだよ。」

19歳のウィッカーは、10歳の時、魔法の才能を見いだされブレンダンの弟子となった。
同年代の子供達より、頭一つも二つも抜きんでた魔力の強さに、本人も自信を持っていたが、
最初の修練で、当時4歳だったタジームが見せた、桁違いの魔力量に、その自信はコナゴナにうち砕かれた。

だが、ウィッカーは腐らなかった。自分よりずっと小さい子供が、自分よりはるかに強い魔力を持っている。それは10歳の子供には、嫉妬の感情が沸き上がって当然であろう。

しかしウィッカーの心には、嫉妬の感情ではなく小さな子供なのに自分より優れている、という驚きと感嘆が尊敬の念として生まれていた。
それ以来、ウィッカーは孤児院に通い、タジーム、ジャニスと共に修練に励み続けた。
話しかけても反応の薄いタジームに、なかなか打ち解けられないと悩んでいるが、今でもあの日タジームに対して持った尊敬の念は消えていない。

「なぁウィッカー、私はお前も王子にとって、大切な一人になっていると感じているよ」

ブレンダンの言葉にウィッカーは言葉を詰まらせ、少しの間、顔を逸らしていた。
「・・・師匠、俺も王子と話してきます」
ウィッカーがタジームに声をかけ歩み寄る、タジームは少しだけ顔を動かし返事をしたように見えた。

ブレンダンは目を細め、ジャニスとタジームとウィッカー、3人の背中を見つめていた。
それはまるで、子供の成長を見守る親としての眼差しのようだった。
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