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21 マルゴンとカリウス

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一度、治安部隊のカリウス・クアドラスという男が店に来て、俺が戦った時の状況を聞かれた事がある。
爆発魔法を食らったに割に軽症だった事は少し驚いていたが、鍛えてるんだなと感心したように言われた。
体力型は魔法を使う事はできないが、鍛え方次第で魔法に対する耐性は向上するらしい。

30歳くらいだろうか、ソフトモヒカンで色白、彫りの深い顔立ちをしている。
背丈は俺と同じくらいだが、体の厚みがまるで違った。マルゴンと同じく、しっかりと鍛え上げられた筋肉がアーマーの上からでもよく分かる。対峙しただけでその強さを感じ取れた。

ニヒルと言うのだろうか、話の最中、よく片方の口角だけ上げて笑っている顔が印象に残った。
一通り話し終えた後、騒動の件はマルゴンにも全て説明してある事を伝えると、顔つきが険しくなり、マルコスは関係無いと、低い声で吐き捨てるように言った。

カリウスが帰った後、カチュアが教えてくれたのだが、カリウスは3年前まで治安部隊の隊長だったらしい。
しかし、マルゴンが現場で実績をどんどん上げ、周りからの評価がカリウスを脅かすほどになった。

隊長交代の声も聞こえるようになった時、二人は国王から試合を命じられた。
治安部隊は国中猛者の集まり。自分より弱い男の下には付きたくないというのは、やはり本音であり、思想や人望も重要だが、自然と最強の男が隊をまとめるようになっていた。

カリウス派と、マルゴン派で隊が分裂しかけた状態を見て、国王が試合を命じた事は当然と言えるだろう。

闘技場と聞くと、最初に思いつくのがローマの円形闘技場だが、ここクインズベリー国も円形だ。
城の騎士団や治安部隊の訓練、剣士達の対戦などで主に使われている。

勝った方が隊長となる。
試合は闘技場に入りきらない程集まった大勢の国民が注目する中、この円形闘技場で行われた。

両者の装備は、治安部隊の標準装備のナイフのみ。
防御力の高いアーマーを身に付けていては、決着が長引くという理由で防具は一切身に着けていなかった。この世界の試合は命のやりとり。防具も無く死ぬ可能性は高かった。

戦いは体格で勝るカリウスが、序盤から果敢に攻めていた。
首、心臓、肺、手首、と的確に急所を狙い、マルゴンは防戦一方だった。

急所はかろうじて避けているが、頬、肩、腕と確実に切られており、このまま致命傷は負わなかったとしても、出血多量で戦闘不能に陥ることは時間の問題だった。
誰もがカリウスの勝利だろうと感じ始めた頃、勝利を確信したカリウスに気のゆるみがでたのかもしれない。

これまで隙を作らず、慎重で細かく的確だったナイフ捌きが、
トドメとばかりに、大振りにマルゴンの首に振り下ろされたその時、
マルゴンは一瞬でカリウスの懐に潜り込み、腹に拳を一発打ち込み動きを止め、そのまま後ろをとると、カルウスの首筋にナイフを押し当てた。一筋に鮮血がナイフを伝い落ちる。
決着だった。

そしてカリウスは隊長の座をマルゴンに奪われる事になった。
一瞬の油断だった。実力は自分の方が上だと叫び、再戦を要求しているが未だそれは叶っていない。

「だから、カリウスさんはマルゴンさんを嫌っているみたいなの。治安部隊としての仕事も、マルゴンさんの指示は聞かないで、単独行動をしてるみたい。そのせいで最近は、カリウスさんを慕ってた人達も離れてるみたいで、孤立してるみたいなんだよね」

カチュアの話を聞いて、なぜマルゴンの名前を出した時、あんな憎しみのこもった顔をしたのか分かった。戦いに敗れた私怨だ。そしてまだ再戦を諦めていない。

騎士団は半数以上を貴族で占めており、そのほとんどがステータスとして入団しているため、
お飾りとしての剣技しか持ち合わせていなかった。

出動機会もほとんどなく、城内、城近辺の安全地帯にしか配置されておらず、街中での騒動や賊の対処は全て治安部隊が行っていた。そのため国民の目には、治安部隊が国を護るものとして映っている。
協会の治安部隊の隊長を決める試合は、国の最強を決めるに等しいのだ。

殺すつもりで戦ったカリウスと、殺さずに制したマルゴン。
カリウスのプライドはズタズタにされた事だろう。
カリウスの前では、マルゴンの名前は出さない方がよさそうだ。



俺の生活リズムもパターン化してきていた。
仕事が終わって一人の時は家でしっかりと筋トレ、シャドーボクシング。そして走り込みも始めたのだ。
家は木々に覆われているが、裏手は比較的開けていて、100メートルダッシュくらいならできそうなのだ。そこで暗くなるまでダッシュを繰り返した。

日本にいた頃より体が強くなっているのは感じていたが、100メートルダッシュを、休憩は入れるが、1時間続けてもまだ余裕がある。これほどスタミナが付いているのかと自分自身驚いていた。

腹筋にしても、懸垂にしても、最初はオーバーワークも考え、50回を3セットなどと日本にいた頃と同じ量で行っていたが、余裕があったので徐々に量を増やし、今ではその10倍、500回3セットをこなしている。
シャドーボクシングは変わらず3分×10セットだが、放つパンチの量は桁違いに増え、それに比例してフットワーク、足運びによる運動量もグンと増えた。
それで良い汗をかいたという程よい疲労感になるくらいだ。

今なら世界王者にでもなれるかな?なんて調子良く思ってしまう事もある。


夜は外出できないし、他の人は仕事が終わってから何をしているのか気になったので、仕事の合間にジャレットさんに聞いてみた。

「あの、みんな仕事終わったら帰って何してるんですか?」
「ん?俺やミゼルは真っすぐ帰るのはあんま無いぞ、酒飲みかな?この辺なら、クーちゃんの宿屋だろうな」
クーちゃんとは、宿屋のクリスさんのことだ。ジャレットさんは、まともに人の名前を呼んだことがあるのだろうか?

「でも宿屋じゃないですか?そりゃ酒くらい出すでしょうけど、飲み会なんてできるんですか?帰りはどうするんですか?毎回泊まるんですか?」

「あ~、そういやアラやんは酒飲まないみたいだし、異世界から来たなら知らねぇよな。あのな、今は夜外歩けねぇだろ?だから、夜酒飲みに集まっても帰る事ができない。そうすると、そこに泊まるしかないだろ?それで自然と宿屋が酒場も兼業する事になったんだわ。飲み会やってそのまま大部屋で寝るだけなら、どこも一人5,000~6,000イエンくらいだぞ」
なるほど。宿屋で飲み会ができれば、帰宅の問題も解消できる。
値段も飲んで泊まって6,000イエンなら安いものだろう。

「アラやんも、今度行ってみるか?酒飲まなくてもジュース飲んで、テキトーにつまんでりゃいいよ」

「・・・そうですね。じゃあ今度お願いします。ところで、今は夜外歩けないって、言ってましたけど、以前は夜も普通に歩けてたんですか?」

酒が飲めないので少し迷ったが、ジュースでいいと言うし、どういう場所か興味もあったので行ってみる事にした。そして先ほどの説明で、気になったところを聞いてみた。

今は、という事は、言葉通りにとらえるなら、
以前は普通に夜でも外に出ていた時があったという事だろう。
俺の質問に、ジャレットさんはなぜか指をパチンと鳴らし、感心したように頷きながら口を開いた。

「アラやん!良いね、良いよその洞察力。そうそう、確かにアラやんの言うように、昔は普通に夜も歩けたみたいなんだよ。て言っても200年も前だから、昔はなんて言っても、時代がずいぶん違うけどな。そうだなー、今は査定もないし、良い機会だから教えてやっか。まぁ、俺も店長から聞いた話なんだけどよ。原因は200年前の戦争らしい」

ジャレットさんは壁に寄りかかり、話し始めた。
それは、トバリが夜を支配する事になる始まりの物語だった。

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