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20 二ヵ月

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夕方5時、家に帰った俺は、
両手のカゴいっぱいに詰まった飲み物や野菜などの食材、石鹸などの生活用品をキッチンに下ろした。

昼休憩の時、昨日に続きカチュアが外食に誘ってくれたのだ。
朝、昼休憩の時にでも、日用品を買ったらどうかと勧めてくれた事を覚えていてくれたのだろう。
本当に親切な子だなと思う。

キッチン・モロニーで昼食をして、その足ですぐ向かいにある「モロニー・マーケット」で必要な物を買いそろえてきた。

日本のスーパーマーケットのようなところで、食材、生活用品などが一通り購入できる。
キッチン・モロニーの店主ディック・モロニーさんの奥さん、イリア・モロニーさんが経営を行っていた。

大柄な旦那さんと違い、小柄で細身な人だった。
おそらく旦那さんと同じくらいの年齢だろう。簡単な挨拶をしたくらいだが、素朴で人当たりの良さが伝わってきた。カチュアはいつもここで買い物をしているらしい。

買い物代だが、レイチェルが支度金として15万イエンを用意してくれた。
元々空き家だから家賃は無し。電気ガスというものは無く、それらに代わる物は魔道具で補うため、固定費はかからない。水は井戸だった。

そのため、日用品、食料など必要な物しかお金を使う必要が無いので、15万イエンあれば一か月は十分持たせることができそうだった。
レイチェルは必要経費だからと返済は不要と言ってくれたが、それはさすがに甘えすぎだと思う。
給料をもらったら、分割になると思うが返していこう。

買ってきた食材を冷蔵庫や棚にしまい、石鹸や歯ブラシなどを洗面台へ置き、一通り整理を終えると、俺はカゴの中から最後に残しておいた、花のイラストの紙に包まれたパンを取り出した。

ワックスペーパーという紙だろうか。こんな感じの紙に包んであるパンを食べたことがある。
帰りがけにシルヴィアさんが、良かったらお腹空いた時にでも食べて、と言って持たせてくれたのだ。
リカルドから聞いていただけに、これが噂の、と思ったが、俺はパンは普通に好きだし有難くもらっておいた。

包み紙を開けると、レーズンの入ったシュガーパンと、ウインナーロールが入っていた。
「うん、美味いな・・・」
ウインナーロールから食べてみたが、パンはもっちり、ウインナーはカリカリでとても美味しかった。

シルヴィアさんはパン屋を始めた方がいいんじゃないか?
そこそこお腹も膨れたし、夜ご飯はこのパンで済ませる事にした。

昨日はリカルドとカチュアが、一昨日はレイチェルが一緒だったが、今日はこの世界に来て、初めて一人で夜を迎える事になる。
暗くなったら外に出なければいいだけだが、それでもカーテンは全て閉めて、できるだけ部屋の明かりが漏れないようにしたりなど、注意はしておかなければならない。

夕方5時30分。夏の陽は長くまだまだ十分に明るいが、使っていない部屋を見て回り、今のうちにカーテンを閉めたり、窓を閉じたりと、戸締りをやっておく。

食事をとり、戸締りも済ませてしまうといよいよやる事が無くなってしまう。
この世界では、テレビも無ければ、漫画やゲームも無い。絵を描いたり、芸術的な趣味があれば別だが、そうでも無ければ一人で家で過ごすための娯楽が全く無いのだ。漫画は無いようだが、魔導書があるなら、小説はあるのではないだろうか。今度レイチェルに聞いてみよう。

しばらく家の中をウロウロしてみたが、やる事が全くないので筋トレをする事にした。
まずは腹筋を、50回を1セットとして、1回1回をゆっくりと左右にひねりを加え、
できるだけ負荷をかけてこなしていく。
3セット終えたら、次は懸垂をやる事にした。
ドアの上枠に指をひっかけるくらいの幅はあったので、逆手で握り50回3セット。
そして、シャドーボクシングを3分×10セットこなすと、夏の暑さと相まって全身汗でびっしょりだった。
しかし、体力的にまだまだ余裕がある。日本にいた頃より疲労感が全然少ないのだ。

これが異世界に来たことにより得た俺の力なのだろう。
この世界でいうところの体力型であり、そしてあの戦いや、周りの反応、レイチェルに言われた事を考えると、この世界の平均より、おそらくかなり強いのだと思う。

外も暗くなってきたし今日はこのくらいにして、風呂に入って寝る事にする。
それにしても仕事が終わったら筋トレをして、風呂に入って就寝というのは、日本にいた頃には考えられない生活リズムだった。



そして、季節は8月の終わり、俺がこの世界に来て二ヵ月近くが過ぎた。
まだ買取りを一人ではできないが、仕事にも大分慣れてきた。ジャレットさんの教え方は実に分かりやすく、商品知識は確実に付いてきている実感もあった。

仕事中はそれぞれが担当コーナーにいる事が多く、あまり顔を合わせないので、必然的にジャレットさんと話す事が多くなる。

見た目や言葉使いとは正反対の、仕事熱心で仲間思いな人間。というのが俺のジャレットさんに対する認識だ。ただ、時折もっと肌を焼いたらどうだ?とか、趣味嗜好を押し付けてくるのは勘弁してほしい。

他の皆は慣れているのか、ほとんど相手にしないで流しているが、同じ部門でほぼ一日顔を合わすし、仕事を教えてもらっている立場を考えると、なるべく無下にはしたくない。


「アラタって、そんな気を遣うんだね?ユーリはやりすぎなとこあるけど、皆みたく流せばいいんじゃないかい?ジャレットも慣れてるからさ」

一度、それとなくレイチェルに話してみたが、やはり俺が真面目に考えすぎているようだった。
あまり深く考えずに、次は軽く対応してみようとは思う。

ユーリはとにかく口数が少ない。最初の頃は怒ってるのか、嫌われてるのかと思うくらい話しができなかった。必要が無ければ、永遠に口を開かないのではないかとさえ思ってしまう。


「ユーリはね、話すのが嫌いなんじゃなくて、うまく気持ちを言葉にできないみたいなの。それで、最低限の言葉でしか話さないようにしてるみたい」

カチュアとユーリは仲が良い。この店で知り合ったみたいだが、同い年だから話しも合うのだろう。
ユーリもカチュアといる時は、表情が柔らかいし、相槌を打っている事が多いが、他の人と話すより言葉が多い。

カチュアにその話を聞いてからは、ユーリといる時にあまり無理に話題を振らず、自然体でいるようにしてみたが、その方がなんとなくだが楽になった気がした。
なにか話さなければという空気がユーリにも伝わり、それがおかしな緊張感になっていたのだろう。
気を付けなければならないのは、ユーリは怒るとすぐに手を出すことだった。
ジャレットさんはユーリを、ユーリン、と呼ぶのだが、その度に腹にパンチを食らったり、スネを蹴られたりしている。

最初のころ、これはジャレットさんだからやられているのかと思ったが、そうではなかった。

ある日、ミゼルさんが宿屋のクリスさんと店の外でなにやら口喧嘩をしていた事がある。
どうやら、ミゼルさんが他の女の人と一緒にいたところ見て、それで詰め寄られていたようだったが、それを見ていたユーリは、スタスタとミゼルさんの前に歩いて行き、なんの躊躇も無く、ミゼルさんの腹に拳をめり込ませたのだ。

クリスさんも、その場で見ていたヤジ馬も全員が固まってしまったが、ユーリはそんなのおかまいなしに、ミゼルが悪い、とだけ言い残し、腹を押さえうずくまるミゼルさんをよそに立ち去ったのだ。

クリスさんも毒気を抜かれてしまったのか、その後ミゼルさんが平謝りに徹したこともあり、なんとか収まったが、ユーリは女性の敵に容赦しないのだろうと認識をした。

そんな事もあり、店の皆の性格はだいたい分かったつもりだ。

気になるのは、店長ともう一人の補助魔道具担当が、まだ出張から帰っていないため、入店から2ヵ月経っても会えていないことだ。

なんでも希少な薬の材料を仕入れに、かなり遠くまで行っているらしい。
長期間になる可能性が高い、とは事前に話してあったそうで、皆、気にはしているが、待つしかないと考えているようだ。

こういう時、電話があればと思うが、無いものねだりをしてもしょうがないし、
写しの鏡は五千万イエンもするので、現実的ではない。
日本では当たり前に使っていた電話でも、どれだけ便利な道具だったかあらためて感じてしまう。

そしてこの二ヵ月の間に、数回の騒動があった。
いずれも俺が最初に戦った時と同じように、突然街中で変貌した男が、近くの人に襲いかかるというものだった。

最初に俺が戦った日以降、治安部隊が街中に常駐するようになったため、
騒動が起きても治安部隊の隊員がすぐに駆け付け、数人の軽症者を出しただけですんだのは、幸いだっただろう。

しかし、一度に複数人が変貌するようになってきており、街中の緊張感は増してきている。
外出を控えるようになってきたのか、街を歩く人も少なくなってきているし、
この先どうなるんだろうという不安が胸にあった。
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