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14 夜道を歩くと
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「さて、それじゃあ、もう6時になるし暗くなる前に解散しよっか」
窓の外に目を向けると、夕陽が空を赤く照らしていた。日本でも夏は7時過ぎまで陽があるが、
ここも同じくらいのようだ。
「そうだな、トバリが出る前に帰るとするか」
ミゼルさんが席を立つと、それに続いてそれぞれ帰り支度を始めた。
闇の主トバリ。闇そのものの存在で、夜外を出歩いていると食べられてしまうという。
昨日、俺もその気配に少し触れたが、蛇に睨まれた蛙というのはあんな状態なのかと、
身をもって感じたくらい、圧倒的な恐怖だった。
「アラタ、しばらくあの空き家使っていいよ。そのうち、ちゃんとした住まい見つけなきゃだけど、当面は自由に使っていいから。食べ物はあるもの自由に食べていいし、自分の家だと思ってくつろいでいいよ。店は朝9時開店だから、それに合わせて来てね」
そう言ってレイチェルは、俺に鍵を渡してきた。
「え?いいの?」
「いいに決まってるじゃん。と言うか、駄目って言ったらどこで寝るんだい?あ、暗くなったら外に出ちゃだめだよ」
「大丈夫だよ。俺も昨日のでヤバイってのは分かったから」
「え、アラタ君、もうトバリを見たの!?」
帰り支度をしていたカチュアが、驚いたように声を上げ俺を見た。
「あぁ、昨日の夜、なんとなくカーテンを外して窓から外を見たんだ。何も見えなかったけど、
何かに見られてる感じがあって、冷や汗が出たな」
「うわぁー、アラタ君って本当にビックリだね。昨日来て、いきなりそんな事するなんて。
もう夜カーテン外しちゃ駄目だからね。本当に食べられちゃうよ」
「・・・なぁ、トバリってのは、本当に人間をたべるのか?その、文字通りバクッて?」
口を開けて噛みつく真似をする。
「・・・私は直接見た事はないんだけど、悲鳴は・・・聞いた事あるよ。
暗くなってるのに、外で大声で話しながら歩いている人達がいて、お酒飲んでたのかな?
私、カーテン越しに大丈夫かなって思ってたの。
そしたら急に悲鳴が聞こえて・・・何人も何人も・・・5分くらいかな、もっと短かったかもしれないけど、悲鳴が止んだらシーンと静まり返って、それっきりなにも聞こえなくなったんだ」
カチュアは思い出すのも怖かったのか、伏し目がちにゆっくりと答えた。
「僕は少しだけ見たことがあるよ」
ジーンも話に加わってきた。
持ち物らしい物は持っておらず、手ぶらのようだ。
「ここで働き始めた頃だったから、6~7年くらい前かな。トバリの事は十分気を付けていたつもりだったけど、その日の内に仕上げたい仕事があって、他のみんなが帰っても僕だけ残っていたんだ。つい没頭して、終わった時にはすっかり暗くなっていてさ、悩んだけど帰る事にしたんだ。
そのまま店に泊まれば良かったんだけどね・・・」
レイチェルもカチュアも初めて聞いた話のようで、少し驚いたような顔をしたが、
黙って話の続きを待った。
「夜、一人で外を歩いたのはその時が初めてだった・・・本当に誰もいないんだ。
通り過ぎる家の窓から明かりは漏れてるし、話し声も聞こえるけど、どれだけ歩いても外には誰もいない。不思議な感覚だったよ。
しばらく歩くと、ふいにうめき声が聞こえてきたんだ。そこは一本道だったんだけど、
家と家の間に、体を横にすれば通れるくらいの隙間があって、
そこからかすかに声が聞こえたんだ・・・背筋がゾクリとしたよ。
逃げた方がいい、そう思ったけど、
助けを求めているのは間違いないから、僕は声をかけてみたんだ・・・大丈夫ですか?って、
そしたら・・・
突然目の前に苦痛に顔を歪めた男が飛び出してきたんだ。いや、正確には男の顔だけが・・・
首から下は見えなかったよ。空中に顔だけが浮いている感じだね。
いくら暗かったといっても、目の前にいるのに首から下は全くなにも見えなかったんだ。
ただ・・・闇が動いているようには見えた・・・まるで男の体を食べているように・・・
情けないけど、僕はなにもできなかった・・・恐怖で体が動かなかった。
やがてその人の顔は下から少しづつ、闇に溶けてるように消えていったんだ・・・」
ジーンは悲しそうに目を伏せて、話を終えた。
俺もレイチェルもカチュアも、なにも言葉をかけられなかった。
知らない人だとしても、目の前で助けを求められて何もできなかった。
それを悔やんでいるのだろう。本当に優しい男だと思う。
「・・・さて、あと30分もすれば暗くなる。もう帰ろうか、他の皆はとっくに帰っちゃったよ」
ジーンはなんでもないように顔を上げると、事務所を見渡して言った。
そうだね、とレイチェルも同意するとカチュアと俺も後について部屋を出た。
窓の外に目を向けると、夕陽が空を赤く照らしていた。日本でも夏は7時過ぎまで陽があるが、
ここも同じくらいのようだ。
「そうだな、トバリが出る前に帰るとするか」
ミゼルさんが席を立つと、それに続いてそれぞれ帰り支度を始めた。
闇の主トバリ。闇そのものの存在で、夜外を出歩いていると食べられてしまうという。
昨日、俺もその気配に少し触れたが、蛇に睨まれた蛙というのはあんな状態なのかと、
身をもって感じたくらい、圧倒的な恐怖だった。
「アラタ、しばらくあの空き家使っていいよ。そのうち、ちゃんとした住まい見つけなきゃだけど、当面は自由に使っていいから。食べ物はあるもの自由に食べていいし、自分の家だと思ってくつろいでいいよ。店は朝9時開店だから、それに合わせて来てね」
そう言ってレイチェルは、俺に鍵を渡してきた。
「え?いいの?」
「いいに決まってるじゃん。と言うか、駄目って言ったらどこで寝るんだい?あ、暗くなったら外に出ちゃだめだよ」
「大丈夫だよ。俺も昨日のでヤバイってのは分かったから」
「え、アラタ君、もうトバリを見たの!?」
帰り支度をしていたカチュアが、驚いたように声を上げ俺を見た。
「あぁ、昨日の夜、なんとなくカーテンを外して窓から外を見たんだ。何も見えなかったけど、
何かに見られてる感じがあって、冷や汗が出たな」
「うわぁー、アラタ君って本当にビックリだね。昨日来て、いきなりそんな事するなんて。
もう夜カーテン外しちゃ駄目だからね。本当に食べられちゃうよ」
「・・・なぁ、トバリってのは、本当に人間をたべるのか?その、文字通りバクッて?」
口を開けて噛みつく真似をする。
「・・・私は直接見た事はないんだけど、悲鳴は・・・聞いた事あるよ。
暗くなってるのに、外で大声で話しながら歩いている人達がいて、お酒飲んでたのかな?
私、カーテン越しに大丈夫かなって思ってたの。
そしたら急に悲鳴が聞こえて・・・何人も何人も・・・5分くらいかな、もっと短かったかもしれないけど、悲鳴が止んだらシーンと静まり返って、それっきりなにも聞こえなくなったんだ」
カチュアは思い出すのも怖かったのか、伏し目がちにゆっくりと答えた。
「僕は少しだけ見たことがあるよ」
ジーンも話に加わってきた。
持ち物らしい物は持っておらず、手ぶらのようだ。
「ここで働き始めた頃だったから、6~7年くらい前かな。トバリの事は十分気を付けていたつもりだったけど、その日の内に仕上げたい仕事があって、他のみんなが帰っても僕だけ残っていたんだ。つい没頭して、終わった時にはすっかり暗くなっていてさ、悩んだけど帰る事にしたんだ。
そのまま店に泊まれば良かったんだけどね・・・」
レイチェルもカチュアも初めて聞いた話のようで、少し驚いたような顔をしたが、
黙って話の続きを待った。
「夜、一人で外を歩いたのはその時が初めてだった・・・本当に誰もいないんだ。
通り過ぎる家の窓から明かりは漏れてるし、話し声も聞こえるけど、どれだけ歩いても外には誰もいない。不思議な感覚だったよ。
しばらく歩くと、ふいにうめき声が聞こえてきたんだ。そこは一本道だったんだけど、
家と家の間に、体を横にすれば通れるくらいの隙間があって、
そこからかすかに声が聞こえたんだ・・・背筋がゾクリとしたよ。
逃げた方がいい、そう思ったけど、
助けを求めているのは間違いないから、僕は声をかけてみたんだ・・・大丈夫ですか?って、
そしたら・・・
突然目の前に苦痛に顔を歪めた男が飛び出してきたんだ。いや、正確には男の顔だけが・・・
首から下は見えなかったよ。空中に顔だけが浮いている感じだね。
いくら暗かったといっても、目の前にいるのに首から下は全くなにも見えなかったんだ。
ただ・・・闇が動いているようには見えた・・・まるで男の体を食べているように・・・
情けないけど、僕はなにもできなかった・・・恐怖で体が動かなかった。
やがてその人の顔は下から少しづつ、闇に溶けてるように消えていったんだ・・・」
ジーンは悲しそうに目を伏せて、話を終えた。
俺もレイチェルもカチュアも、なにも言葉をかけられなかった。
知らない人だとしても、目の前で助けを求められて何もできなかった。
それを悔やんでいるのだろう。本当に優しい男だと思う。
「・・・さて、あと30分もすれば暗くなる。もう帰ろうか、他の皆はとっくに帰っちゃったよ」
ジーンはなんでもないように顔を上げると、事務所を見渡して言った。
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