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6.ここが魔の森だって知らなかった
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆sideとあるB級冒険者
何だ。何なんだ。
困惑する感情のまま、俺は苛立ちを隠す事なく。足元にあった小石を、思い切り蹴り飛ばす。それは先にあった木の幹を削り取り、勢いを失くす事なく虚空へ消えていった。
俺は元A級冒険者だったが、半年程前。度重なる失態を理由に、一つ下のB級へ落とされてしまった。
それからは全てが上手くいかない。何故だ。B級とは言えど、強者の枠にある筈なのに。C級冒険者とは雲泥の差で。この一つの階級を上げるだけで、五年近くもギルドポイントを貯めなくてはならない。
冒険者というのは依頼を達成して、それをギルドから確認される事で地位を築く。達成ポイントを貯め、昇級試験を受けて階級を上げるのだ。
階級が上がれば報酬が上がる。階級を上げれば報酬額の高い依頼を受ける事が出来るし、認知度が上がれば指名依頼も受けられる。当然、指名依頼は他よりも高額だ。
その分、依頼が達成出来なければポイントが引かれる。一定値を切れば、階級が落とされるのだ。
それとは別に一年ごとに会費が発生するが、それはギルドに所属する故。身元が保証される意味でもある為、やむを得ない。
俺にとっては、全てが金だ。いや、他の冒険者だって同じだろう。
金があれば、地位も女も何だって買える。
少し前までの俺は、それはもう好きなように生きていられた。A級冒険者は数が少なく、その分優遇される事が多い。
俺はその優遇処置を笠に着て、A級と金にものを言わせていた。それこそ疲れる汚れ仕事など、有り余る金で買った獣人にさせれば良かったのだ。
魔の森の奥地が危ない事は、幾度となく耳にして分かっていたが。ヤバい魔物が出てきても、獣人を囮に逃げれば何て事はなかった。奴隷を俺がどう使おうと、誰にも何も言われる筋合いがないからだ。
「それなのに……っ」
俺は暗くなった周囲へ警戒の視線を送りつつも、手持ちの道具が皮袋一つになってしまった事で更に苛立つ。
食料も道具も、全て獣人に持たせていた。
アイツ等は隷属の首輪で俺から一定距離以上離れられないし、反意を抱く事も出来ない。だからこそ、俺は道具としてアレ等を扱った。
苛つけば鬱憤をぶつける。滾れば性欲をぶつける。与える衣食住は最低限でも文句は言わない。
手足がもげて使い物にならなくなった時は、魔物の餌としてそこらの木や岩に縛り付けておいた。魔物がそれを食っている間に攻撃してしまえば、討伐も簡単だったから。
だが今の俺は、何も残っていない。この皮袋にも。空の水袋と、残り幾ばくかの干し肉が入っているだけだ。
重要な道具は数を持つ分の重量がある為、獣人に持たせていたのだが。それが裏目に出てしまうとは。──それでも本来なら有り得ない。
何故か俺の獣人は、突然現れた男に奪われた。
あんな魔法があるのか。不思議な事に、何故か目の前にいてもその容姿をはっきり見る事が出来ない。認識出来ないと表現するしかないが、髪の色も瞳の色も。欠片も記憶に残っていない。
何となく『男』だ、と分かっただけ。
俺は少なくとも二回──いや、三回は獣人を奪われた。恐らく全てが同一犯の仕業だろう。隷属させた奴隷が逃げる事なんて、それまでなかったのだから。
苛立ちを抑え切れない俺の背後で、身体に響く唸り声が聞こえた。振り返れば、森の木々よりも高い位置にある、紅く光る眼光。
──もう終わりだ。
この森が魔の森と呼ばれる由縁。誰も口にしないが、この奥地には黒き竜が生息しているからだ。
黒竜の住む森。
そしてそれは今、俺の目の前にいる。──最悪だ。
喉を鳴らすような重低音の唸り声。
身体の奥底から震えが走る。
本能的に死を覚えた。
足がすくんで動かない。囮にするものもない。
全身に受ける凶悪な威圧感に押し潰され、他の全てに対する時間感覚が麻痺する。
冒険者なんて職についていれば、嫌と言う程『死』を感じる事があった。それを掻い潜り、経験を積んで階級を上げる。
だがそんなもの、圧倒的力の差にはなす術もない。
受ける一撃目で、装備が砕ける音がした。
続く二撃、三撃。骨が砕ける音が。肉が潰れる音が。
固い肉を叩いて潰す時は、筋繊維を断ち切るのだと聞いた事がある。そのものの形を砕かぬように、力加減が必要なのだと。
俺の意識が飛ばないのは、その絶妙な力加減がなせる事なのだろうか。
強制的に意識を保たれた状態で受ける攻撃。
俺が獣人にしてきた事は、こんな感じだったのかもしれない。抵抗なんて出来ない。ただ、耐えるだけ。
──早く死…………にたい。
今の俺の脳内は、この一つだった。
何だ。何なんだ。
困惑する感情のまま、俺は苛立ちを隠す事なく。足元にあった小石を、思い切り蹴り飛ばす。それは先にあった木の幹を削り取り、勢いを失くす事なく虚空へ消えていった。
俺は元A級冒険者だったが、半年程前。度重なる失態を理由に、一つ下のB級へ落とされてしまった。
それからは全てが上手くいかない。何故だ。B級とは言えど、強者の枠にある筈なのに。C級冒険者とは雲泥の差で。この一つの階級を上げるだけで、五年近くもギルドポイントを貯めなくてはならない。
冒険者というのは依頼を達成して、それをギルドから確認される事で地位を築く。達成ポイントを貯め、昇級試験を受けて階級を上げるのだ。
階級が上がれば報酬が上がる。階級を上げれば報酬額の高い依頼を受ける事が出来るし、認知度が上がれば指名依頼も受けられる。当然、指名依頼は他よりも高額だ。
その分、依頼が達成出来なければポイントが引かれる。一定値を切れば、階級が落とされるのだ。
それとは別に一年ごとに会費が発生するが、それはギルドに所属する故。身元が保証される意味でもある為、やむを得ない。
俺にとっては、全てが金だ。いや、他の冒険者だって同じだろう。
金があれば、地位も女も何だって買える。
少し前までの俺は、それはもう好きなように生きていられた。A級冒険者は数が少なく、その分優遇される事が多い。
俺はその優遇処置を笠に着て、A級と金にものを言わせていた。それこそ疲れる汚れ仕事など、有り余る金で買った獣人にさせれば良かったのだ。
魔の森の奥地が危ない事は、幾度となく耳にして分かっていたが。ヤバい魔物が出てきても、獣人を囮に逃げれば何て事はなかった。奴隷を俺がどう使おうと、誰にも何も言われる筋合いがないからだ。
「それなのに……っ」
俺は暗くなった周囲へ警戒の視線を送りつつも、手持ちの道具が皮袋一つになってしまった事で更に苛立つ。
食料も道具も、全て獣人に持たせていた。
アイツ等は隷属の首輪で俺から一定距離以上離れられないし、反意を抱く事も出来ない。だからこそ、俺は道具としてアレ等を扱った。
苛つけば鬱憤をぶつける。滾れば性欲をぶつける。与える衣食住は最低限でも文句は言わない。
手足がもげて使い物にならなくなった時は、魔物の餌としてそこらの木や岩に縛り付けておいた。魔物がそれを食っている間に攻撃してしまえば、討伐も簡単だったから。
だが今の俺は、何も残っていない。この皮袋にも。空の水袋と、残り幾ばくかの干し肉が入っているだけだ。
重要な道具は数を持つ分の重量がある為、獣人に持たせていたのだが。それが裏目に出てしまうとは。──それでも本来なら有り得ない。
何故か俺の獣人は、突然現れた男に奪われた。
あんな魔法があるのか。不思議な事に、何故か目の前にいてもその容姿をはっきり見る事が出来ない。認識出来ないと表現するしかないが、髪の色も瞳の色も。欠片も記憶に残っていない。
何となく『男』だ、と分かっただけ。
俺は少なくとも二回──いや、三回は獣人を奪われた。恐らく全てが同一犯の仕業だろう。隷属させた奴隷が逃げる事なんて、それまでなかったのだから。
苛立ちを抑え切れない俺の背後で、身体に響く唸り声が聞こえた。振り返れば、森の木々よりも高い位置にある、紅く光る眼光。
──もう終わりだ。
この森が魔の森と呼ばれる由縁。誰も口にしないが、この奥地には黒き竜が生息しているからだ。
黒竜の住む森。
そしてそれは今、俺の目の前にいる。──最悪だ。
喉を鳴らすような重低音の唸り声。
身体の奥底から震えが走る。
本能的に死を覚えた。
足がすくんで動かない。囮にするものもない。
全身に受ける凶悪な威圧感に押し潰され、他の全てに対する時間感覚が麻痺する。
冒険者なんて職についていれば、嫌と言う程『死』を感じる事があった。それを掻い潜り、経験を積んで階級を上げる。
だがそんなもの、圧倒的力の差にはなす術もない。
受ける一撃目で、装備が砕ける音がした。
続く二撃、三撃。骨が砕ける音が。肉が潰れる音が。
固い肉を叩いて潰す時は、筋繊維を断ち切るのだと聞いた事がある。そのものの形を砕かぬように、力加減が必要なのだと。
俺の意識が飛ばないのは、その絶妙な力加減がなせる事なのだろうか。
強制的に意識を保たれた状態で受ける攻撃。
俺が獣人にしてきた事は、こんな感じだったのかもしれない。抵抗なんて出来ない。ただ、耐えるだけ。
──早く死…………にたい。
今の俺の脳内は、この一つだった。
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