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5.自然と仲良し過ぎて一つの村みたいになってた

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆sideソロ

「ハッハッハ」
「……どうなされたのですか、お祖父様」

 リドツォルの屋敷、ヴォストの執務室。
 そこでワシが急に声をあげて笑い出したものだから、部屋のあるじであるヴォストまごから怪訝そうな声が掛けられた。
 だが、笑わずにいられるものか。

 イタチの精霊様を肩に乗せた、小柄な少年を思い浮かべる。彼は出会いからして目を引く存在で。
 七色の精霊に好かれるの少年、トーリ。口数が少なく、表情もあまり変えない彼。しかしながらその黒曜石の瞳は、トーリの心をこれでもかと映し出していた。

「トーリが安住の地を得たようだの」
「っ?!」

 ワシがトーリの名を出せば、面白いように感情を表に出すヴォスト。
 本来この孫は冷徹で。仲間と認めた部下には懐の深いところを見せるが、それ以外に対しては──火魔法を使う癖に、氷のような性格だった筈。

「……そう、ですか」
「あぁ。既に多くの慕う者がそばにいるようだの」
「………………そばに」

 トーリが独りではないのだと告げれば、明らかに気落ちしたような呟きが聞こえた。
 だが、此度こたびはヴォストに非がある。距離感を誤ったのは愚孫。
 あれ程に精霊に好かれる者であれば、何処でも生きていける。言うなれば、このように小さな町では息苦しいだろう。
 それを見誤り、の者を手中に納めようとしたヴォスト。リドツォルの保安騎士団など、竜を溜め池に留めようとするも同義。

 竜などとは、いかにも伝説上の生物──存在すれども、その姿を目にして生きている者はいない──だが。トーリもまた、七色の精霊を纏う者。伝説上の生物と肩を並べよう彼は、我々のような凡人の思考は持つまい。
 金も──地位も権力も、彼には不要だろうて。実際にツェシェルアの徽章ブローチを押し付けた時も、迷惑そうだったからな。

「では、ワシも手紙を書きに自室に戻ろうかの」
「………………はい」

 ワシは生気が抜けたようなヴォストを執務室に残し、退室する。
 ヴォストの迷子のような気配は、爵位を継いだ頃ぶりかの。伯爵位とはいえ、あの時は二十をわずかばかり過ぎた若者。取り回すには、少しばかり荷が重かったかもしれぬが。

 それはそうと。
 手紙のやり取りをする為にトーリから使わされた大型の鳥類は、幼子くらいならば連れ帰れそうな立派なものだ。幾度か野菜なども配達してくれた事があるが、中には見た事もないようなものもあった。
 おそらくトーリは、こことは異なる離れた土地にいるのであろう。野菜の鮮度が非常に良いのは、彼の能力であるとしか思えない。──いや。存外近いのか?
 あの大型の鳥類であれば、かなりの距離を飛べそうな気もするが。

 ※ ※ ※ ※ ※

 ソロに手紙を送り、オレはセスとクマ耳獣人ダヴィスの家に来ていた。
 彼は物知りで温和なので、村人の纏め役をしてもらっている。皆の意見を取り纏めてオレに話してくれるので、とても助かっているのだ。──それでも個々に相談しに来る事はなくならないので、コミュ障のオレは都度神経をり減らしている。

「……って感じだ。それでも、基本的にはこれまでと変わらない」
「そ、そのような事が……。さすがは精霊に好かれたトーリ様。この村が安全に保たれるのであれば、異空間だろうが異世界だろうが構わないです」
「……そうか」
「はい。いつもながら、我々の事を気に掛けて頂いてありがとうございます」

 一応の状況説明はしたが、オレの不器用な言葉で理解されたのか不明だ。
 だがどうであれ、嫌であればここから出ていってもらうだけ。オレの事が好むと好まざるは関係なく、内部でゴタゴタしなければ良いのだ。

 ダヴィスはオレの説明に終始感動しているといった言葉を続け、最終的にいつものように感謝を返してくる。
 村の獣人たちもふもふを助けたのはオレだが、ずっとその謝意きもちを持ち続けられる意味が分からない。それ程に、過去が酷い扱いだったのだろうと推察するだけだ。

「村人に告げるかは任せる」
「かしこまりました。恐らく、外部の者以外は気にもしないと思われますが。皆、トーリ様に感謝しかないのですから」

 にこやかにダヴィスが続ける。
 その彼の右耳が欠けているのは、前の酷い主人のせいだと聞いた。可愛い丸耳が、片方だけ半円になってしまっている。

「……その耳、少し触っても良いか?」
「え?……あぁ、勿論です。どうぞ」

 一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにダヴィスはオレに頭を向けて差し出した。
 こうも無防備で大丈夫かと思ったが、それ程にオレを信頼してくれているのだろう。

 オレはその掌サイズの丸いふわふわに、そっとれた。固い毛質なのかと思っていたが、意外ともふっと指が沈む。
 断面は毛がないのが余計に残念で、失われたもふもふを思い浮かべた。──すると、周囲から黄色の精霊たちが集まってくる。
 黄色は光の精霊。そうして治療を得意とするこの小さきものたちが離れると──どうしてか、丸いクマ耳に戻っていた。

「……お………………俺の……耳、が……」

 オレは内心、『あ、治った』くらいだったが。
 ダヴィスは滂沱ぼうだの涙を流していた。それはもう、喋れない程の興奮状態で。
 子供がいてもおかしくないくらいの年齢の男が、それこそダバーッと感涙だったのである。
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