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1.異世界転生なんて本当にあるんだ

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 ※ ※ ※ ※ ※

 ピチピチと聞こえる野鳥の声に、サワサワと揺れる草木の音。
 パチリと目が覚めたように意識が戻れば、オレの視界に様々な緑色が映る。

 村民だったオレは、隣の家まで徒歩十分とか当たり前の山の中に住んでいた。父さんが林業を担っていて、山一つが自分の資産で。
 そんな育ちをしていたものだから、緑の中はとても落ち着く。

「トーリ様?」
「………………イタチ?」

 一人ほんわかしていると、静かに伺うような声音が足下から聞こえてきた。
 聞き覚えのある声に視線を向ければ、思った通りあの白いイタチで。

「はい、トーリ様。イタチでございます」
「あ~……イタチって、名前はないの?」
「名前、でございますか?ぬし様からはお前とかこれとか呼ばれていましたし……、呼称はございません。もし御不都合なければ、トーリ様に頂いても宜しいでしょうか」

 白いイタチは、人間のように身振り手振りでオレに訴えかけてきた。──いや、可愛いんだけど。漫画の昔話的な感じかな?
 それはさておき。
 オレに名付けて欲しいと言われても──ネーミングセンスは、自分でも思うが良くない。

「あ……オレ、センスないぞ?」
「センス、でございますか?」
「あ、いや……セス、でどうでしょうか」
「っ、はいっ!セス、でございますねっ。ありがとうございます、トーリ様。セスはこれから、セスと名乗らせて頂きますっ」

 にっこにこと言って良いのだろう、物凄い喜び方だ。ピョンピョンとオレの周囲を跳びはねながら回っていて、非常になごむ。
 オレの飼っていたフェレットも、こうして背中を丸めて四つ足で同時に跳ねる高度なジャンプ技を持っていた。──あいつら、元気にしてるかな。

「トーリ様。お腹が空かれたのですか?」
「あ……いや、何でもない」

 キョトンとしたクリクリな目で問われて、オレは苦笑いと共に郷愁をき消す。もう振り返っても何もない訳で、オレは今ここにいるオレでしかないのだ。
 自分の感情に区切りを付け、不意に気付く。

「あれ。セス」
「はいっ、セスでございますっ」

 元気良いな。呼ばれるだけで嬉しそうとか、可愛すぎ。

「って、そうじゃなくて」
「はい?」
「あ、違う。えっと、セスはあの空間にいた時のように、オレの心が読めたりしないのか?」
「え、はい、それは勿論です。ぬし様の創造された空間でしたので、あの時は特別仕様でございます。それにトーリ様が御不快に思われるようでございましたので、その特典は拒絶致しました」

 特典──まぁ良いか、そう明け透けに心の中を知られるのは普通じゃ有り得ないからな。

「そうか、分かった。で、口調はそれがデフォか?もう少しマイルドに……」
「デフォ?マイルド?……申し訳ございません、トーリ様。セスは矮小な存在ゆえ、トーリ様の御言葉を全て理解しがたく……っ」
「あ、いや、良いんだ。うん、何かごめん」

 もう少し砕けた話し方をしてもらいたかったのだが、セスのこれは通常モードなのだろう。
 無理をした言葉を使っている訳でもなさそうだし、そもそも神様的な存在の側仕そばづかえみたいだった。丁寧語で会話するのが当然なのだろうから、急に砕けた口調を求めても逆に酷かもしれない。

「トーリ様?」
「あ、何でもない。お腹が空く前に食糧を調達して、寝床も探さないとな。セスは何を食べるんだ?」

 オレは変に考える事をやめた。
 やはりこの何もない誰も知らない世界に、セスが付いてきてくれただけで心強い。それで良いんだ。

「はい、セスはトーリ様の御召し上がりになられるものならば、何でも口にする事が出来る仕様でございます。ぬし様が、セスの周囲の為にトーリ様がお心を砕かれる事のないようにと、そう仰っておられました」
「あ~……、なるほど」

 確かに、やれ生肉だ虫だと用意しなくてはならないのは、結構大変だと思い至る。
 根本的に、オレ自身の食い扶持ぶちの宛てもないのだ。──金も仕事もないオレ、異世界で何をして生きてく?

「って、オレの食事もどうなるか分からないのにな」
「それならば問題ございません、トーリ様。まずは、今御召し上がりになられたいものをセスにお教え下さいませんか?」
「え?食べたい物?ん~……、バーガー?」

 この緑豊かな自然の中で食べるもの。
 サンドイッチとか良いけど、オレとしてはもっとカロリー高めのものが良い。そう思い描いたものは、アルファベットのファストフード店だった。

 バンズに挟まったパティ──熱々な出来立てが一番旨い。勿論ポテトは細長く切って揚げたシューストリングタイプがオレのベストだ。そして飲み物は炭酸ジュース。黒くても透明でも、シュワシュワしてればなんだってバーガーに合う。
 それでピクニックシートを敷いて、草のふわふわ感を楽しみながら座って食べるんだ。絶対旨い。

「バーガー、ですね。かしこまりました。トーリ様、どうぞこちらへお座り下さいませ」
「ん、あ?」

 脳内妄想中だったオレは、そのセスの言葉に意識を引き戻された。そして目を見開く。
 何故か何もなかった緑の中に、ピクニックシートと並べられたバーガーセット──しかも、オレの妄想していたままの様子で。

「セス……これはいったい?」
「はい、トーリ様。セスはぬし様から、トーリ様が御不都合ないようにともぎ取っ……頂いた恩恵がございます」

 今、普通にもぎ取ったとか言ったよね?──ってか、恩恵?

「セスは、トーリ様が心から願うものを実物に出来る仕様となっております」

 何か凄い事になってるんだが。──そもそも、それって仕様って言葉で解決して良いものなの?
 事も無げにセスは告げながら、短い手で色々な食べ物を並べていく。
 それらはオレが先程ピクニックシート上に思い浮かべた品々であり、──家族との思い出の風景だった。

「トーリ様。何処かおつらいのですか?」
「……何でもない。これ、すっごく美味しいっ」

 思わず浮かんだ涙を誤魔化すように、オレは目の前のバーガーを手に取って口に運ぶ。
 口に広がった味は馴染みのあるあれで、ポテトもジュースも同様に美味しくて泣けてきた。

 美味しい美味しいと言いながら涙を流すオレに、セスは何も言わずいてくれる。
 だがさすがに、バーガーを食べるイタチの姿には驚いた。普通に手に持って、美味しそうに食べていたぞ。
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