上 下
56 / 60
第2章──少年期5~10歳──

056 ぴかぴかすっきり

しおりを挟む
 そうして戻ってきたグーリフの手に掴まれている茶色の毛玉。侵入者であるリスのタイだろう。ぐったりとしているが、かろうじてピクピク動いているので生きてはいる。──とても元気そうには見えないが。
 けれども、連れてきた筈のグーリフがそれをフェリシアに差し出す事もせず、チラリと見せただけで解放すらしなかった。

「怪我してるの?」
「いや?……だが臭いし、汚い。とてもじゃねぇが、一度洗ってからでないとフェルに見せられねぇな」
「それはいけませんっ。シア様に病原菌がついては困りますから、早急に洗浄致しましょう。リンナ・シィギ・求めるシドス・清涼なる瞬きイェテマニ
「な……くっ?!」

 グーリフの言葉に、すぐさまミアが両手を突き出す。するとキラキラ輝く光の粒子が、雨のようにグーリフの上から降り注いだ。
 それにグーリフは一瞬驚いたように目を見開いたが、顔をゆがめたまま大人しく魔法を受ける。

≪名前……リンナ・シィギ・求めるシドス・清涼なる瞬きイェテマニ
種別……光魔法
用途……浄化・洗浄
特長……光の魔力が降り注ぎ穢れを落とす≫

 フェリシアの視界に、スキル【神の眼】説明書が開かれた。
 その表記内容に、フェリシアは驚いて席を立つ。

「てめぇ!急に何しやがるっ」
「ちょっと、グー。大丈夫っ?」

 キラキラの光が消えた後、グーリフがミアに向けて牙を剥く。
 確かに『洗浄』とあるだけあって、駆け寄ったグーリフの馬耳や髪がいつもよりも艶やかに見えた。だがそれよりも『浄化』だ。

 フェリシアはグーリフのあちらこちらをみやり、異常がないか確認する。
 魔獣であるグーリフに、先程迷いなくミアがリンナ魔法を使ったのだ。不死人アンデットではないので傷を付ける効果がないだろうと思いつつも、自分の目で見て確認しなければ不安だった。

「……はぁああぁ、良かったぁ」
「どうしたんだ、フェル」
「グーに何かあったらと、怖かったんだもん」
「くくくっ、かぁわぃ。大丈夫だって、洗浄の魔法くらい。それに、俺はリンナに耐性があるからな」
「えっ、初耳っ」
「いや、俺も知らねぇけど。……そんな気がするんだ」
「何、それぇ」

 駆け寄って安堵したフェリシアの頭部を撫でながら、柔らかい表情を浮かべるグーリフである。
 実際に耐性があるか否かは別として、ミアの放った魔法が自身を傷付けるものではないと判断した上での行動だったようだ。いかに至近距離と言えども、回避するすべはあったのだから。

 それでもフェリシアは不安に思ったのだ。
 それに今後も大丈夫であるか確実ではないのだから、フェリシア自身グーリフに対してリンナ魔法を向ける事はないだろう。

「グーリフが大丈夫なように、シアが守る」
「はあ?フェルが俺を守るってぇ?おま……何、可愛い事言ってんだよ」
「だって。シアはグーがいないとダメだから」

 小さな拳を二つ胸の前に掲げると、ふんすと鼻息荒く宣言したフェリシアだ。──が、すぐに顔色を悪くする。
 グーリフが強い事は知っているけれど、不死ではないし怪我をしない訳でもない。当然ながら痛みを感じるし。それに今まで見た事はないが、病気にだってなるかもしれないじゃないかとフェリシアは思い至った。

「グーリフ、病気になる?」
「はあ?また何でだ。どうした、フェル。これが何かヤバいものでも付けてきたか?」

 グーリフが困惑したようにそう言いながら、ぶら下げていた右手の毛玉を視界に映す。

「あ……」

 そこでようやく、フェリシアはリスのタイを思い出した。
 グーリフの手に尻尾を掴まれ、ぶらぶらと不安定に身体を揺すられる茶色の獣。ミアの放った洗浄魔法のおかげだろうが、艶やかなふんわりになっている。

≪名前……タイ・ミバル
年齢……15歳
種別……ヒト科獣属リス種
体力…… D
魔力…… D【サジル
称号……【脱走者】【影使い】【矯正】【誓約】≫

 反射的にスキル【神の眼】説明書で確認すると、何やら初見の時より気になる点が増えていた。

「忘れてた。タイ、ガウ兄から言われて来たの?」
「頷いてるな。お前、人化じんか出来るんだろ?話が出来ねぇんじゃ、どう対処するか考えるのが面倒だろうが。殺すぞ」

 フェリシアの問い掛けに小さな頭を縦に動かしていたリスだが、続けられたグーリフの言葉にかぱりと口を開ける。リスなので顔色は伺い知る事が出来ないものの、言い表すならば『ガーン』だろうか。
 その後で必死に両手を振り、身振り手振りで何かを伝えようとしている。

「ダメだよ、グーリフ。ガウ兄から何かをお願いされてるかもしれないでしょ?」
<それに称号に【脱走者】【影使い】の他、【矯正】と【誓約】って追加されてる>
<何?ふむ……なるほどなぁ。首にリンナ魔法の首輪がつけられてるぜ。これがチビ銀のニオイの素だな>
「首輪っ?!」
「あぁ……。これは『誓約の首輪オジェポソロス』といって、魔力による隷属魔法の一種ですね」

 グーリフとのスキル【以心伝心】テレパシーでの会話で驚きの声をあげると、フェリシアの背後からミアが静かに教えてくれた。

≪名前……誓約の首輪オジェポソロス
種別……隷属魔法
用途……魔力による誓約
特長……魔力所持者により異なる。対象者の承諾が必要≫

 隷属というからには、奴隷のように対象の自由意思を奪うものである。首輪をつけるにあたって承諾が必要とはあるが、『はい』しか言えない場合の『はい』は『はい』とは言えない。
 本当ならば許可されたとみなせないのだが、それはそれ。『死』か『隷従』の二択を、自らが選ばざるを得ない状況は幾らでも作れるのだ。

 フェリシアは自らの長兄であるガウリイルに思うところがなくはないが、実際に侵入者であったタイは目的を失敗した時点で強者にひざまづくしか生きるすべは残されていなかった。
 ガウリイルは【真心】というスキル持ちなので、全てが彼の偽りや飾りのない真実の心ゆえの言動である。フェリシア馬鹿な兄だが、だからこそ不利益になる事はしないと思いたかった。

「ガウ兄、これが言いたかったのかな」
「何だ、チビ銀は通信で何も言ってなかったのか」
「うん。相変わらずのイミフな会話。何かを送った的発言はあったけど、内容まで伝わって来なかったんだよね」
「ったく、本当に使えねぇな。フェルを悩ませんじゃねぇっての、アホどもが。おい、鳥。チビ銀に通信繋げろ」
「ごめんね、ミア。さっき切れたばかりだけど、通信魔法石トホァン使える?」
「はい、シア様。お繋ぎ致します」

 充填された魔力が絶えた事で先程のガウリイルとの通信が切れたのだが、ミアの魔力であればすぐに加工魔法石を充たす事が可能である。そしてミアは言われるまでもなく、既に魔力を充填していた。
 グーリフの言葉には動かないが、フェリシアが申し訳なさそうに問い掛ければすぐさま通信魔法石トホァンを取り出す。先程繋がっていたばかりのガウリイルに通信する事は簡単なようで、さして間を置く事なく魔法石が青く輝き始めた。

『シア?!』
「うん、ガウ兄。聞きたい事があるんだけど」
『何ですか、何でも聞いて下さい。あぁ幸せだ先程通信が切れた時にはもうこの世の終わりかと思ってたいたのにまたシアの可愛い可憐で愛らしい声が聞けるなんて』
うるさい、チビ銀。こちらの用件を聞け」
『……何ですか』

 弾けるようなガウリイルの音声が聞こえて来たので、フェリシアはタイの事を聞こうと口を開いた。だがしかし、ガウリイルは問い掛けに答えようとしながらもいつもの暴走が始まってしまう。
 それを苛立ち紛れに一蹴するグーリフ。通信時間サッドが限られている為、少しの無駄も許さない構えのようだ。

「こっちにリスのタイが来たんだけど……」
『あぁ、シア。やっと着いたのですね。やはり想定通りでした』
「それを送ったのはお前だな。何のつもりだ」
『……シアにつかえさせる為です』
「はあ?不要だ。引き取れ」
『……お断りします。彼は学園を卒業したので、ここにいる理由がありませんから』

 フェリシアの言葉にすぐ喜色の乗った声で応じてくれるガウリイルだったが、話が脱線する前にとグーリフが話を続ける。これには不満をありありと声に乗せたガウリイルだったが、問い掛けには答えてくれた。
 グーリフの刺々しい応酬にも淡々とながら答えてくれたので、フェリシアはようやく話の筋が通った感覚である。

 つまりタイは現在、ラングロフに所属しているようだ。首に誓約の首輪オジェポソロスがあるものの、だからこそガウリイルのものだと視覚的にも分かる。
 隷従はあまり対外的印象が良くないものの、領地不法侵入者であるので犯罪奴隷扱いが可能だからだ。

 シュペンネルこの国自体実力主義で能力重視なので、所属登録がない者は名乗り出た者の好きに出来る。家族にしようが奴隷にしようが、己の強さを証明する能力がない者が弱者と判断されるからだ。
 弱肉強食の理論はそこまで対象。
 仮に親に捨てられた子供で所属登録すらなければ、拾って喰われようが責任の是非は問われない。生き延びて自身の力と存在を示さなくては、己の生きる道すら選べないのだ。

 だからこそ、ウゲイン・ワカーのような輩が堂々と出来る。善悪の判定はあくまで他者の判断であり、一般的基準ではないからだ。
 略奪や侵略を好む者が強者なら。
 それが国の中枢をになう者ならば。
 シュペンネルは、ことごとく世界を喰い尽くす存在になるだろう。

 なれど、力とは腕力にあらず。
 現時点で国家間の安寧がある事実は、結果論でしかないが『そう望む者が強者だから』なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

無能力剣聖~未知のウイルス感染後後遺症で異能に目覚めた現代社会、未感染だけど剣術一筋で生き抜いていきます~

甲賀流
ファンタジー
2030年、突如として日本に降りかかったアルファウイルス。 95%を上回る圧倒的な致死率で日本の人口を減らしていくが不幸中の幸い、ヒトからヒトへの感染は確認されていないらしい。 そんな謎のウイルス、これ以上の蔓延がないことで皆が安心して日常へと戻ろうとしている時、テレビでは緊急放送が流れた。 宙に浮く青年、手に宿す炎。 そして彼が語り出す。 「今テレビの前にいる僕はアルファウイルスにより認められた異能に目覚めた者、【異能者】です」 生まれた時から実家の箕原道場で武道を学んできた主人公、『箕原耀』。 異能者が世界を手に入れようする中、非異能者の耀はどうやって戦っていくのか。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

竜神に転生失敗されて女体化して不死身にされた件

一 葵
ファンタジー
俺、遠野悠斗は平凡な日常をそれなりに受け入れていた。そんなある日、自分の誕生日にほんの些細なご褒美を買ってご機嫌に帰る途中、通り魔に襲われそうになっている女性を見つける。とっさに庇う俺だったが、通り魔に胸を突き刺され、気づけば巨大な竜が目の前にいた!? しかもなんか俺女の子になってるし!? 退屈を持て余した封印されし竜神と、転生失敗されて女の子にされた俺の織り成す、異世界満喫ストーリー!  皆様のおかげでHOTランキング13位まで登ることが出来ました。本当にありがとうございます!! 小説家になろう様、カクヨム様でも連載中です。

処理中です...