説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第2章──少年期5~10歳──

051 ラングロフの感覚はおかしいのではとベルナールは思う

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

(もう……何だか疲れたぁ)

 暴走気味のヨアキムを追い掛け、ラングロフ領内のリハロア区へ馬を走らせた。
 狂人化バーサク状態になるかと危惧されていたが、ワカー家門の屋敷に突入する段階で、門番を数人のした・・・だけで済んだのは幸いである。──しかもそれらは辛うじて生きているし。

 ベルナールは当初、ヨアキム中将の細君から告げられた言葉に耳を疑った。
 フェリシア自分の娘の危機を、何故分かったのかと疑問に思う。守護の魔道具を与えたとか、それが起動されたとか。常人では理解しがたい内容だったのだ。
 だいたい、おとり捜査に参加させないと言い聞かせた筈である。何故それが本当に誘拐されているのだ。

「よしっ。助けに行ってくる」

 軽い返答だったと、今でもベルナールは思う。
 領内とは言えども、リハロア区は北西の端に位置していた。
 ちなみにかどわかされたのは、ソドン時間サッドの中頃。軽食を兼ねて、リハロア区の下町シェザーで買い食いをしていたらしい。──何故その町を選んだのか。

 そしてそこに程近いマチマ地域に囚われたという娘の為、再度馬を走らせる。ラングロフ邸からニ時間サッド程だ。
 王都クワシーゼでの仕事を終え、ニワイアぶりのラングロフ領への帰還だった。
 それが──疲れを癒すどころか、追加残業確定である。ネアン時間サッドには自宅で休めると思っていたが、無理なようだった。

フェリシア中将娘グーリフ魔獣と下町へ出掛ける事は聞いていたが、護衛を数人つけていた筈。それを喧騒にのまれ見失ったとか、何を考えているのか。後でしっかりみっちりお仕置き──追加鍛練をしてもらおう)

 ヨアキムの通った後に残る、死屍累々としたワカー家門の私兵達だ。
 勿論まだ死んではいないが、ぷっつん半キレ状態のヨアキムから【怪力】スキルでのされ・・・ている。どれもこれも、全くといって良い程起き上がる事は出来ない状態だ。数ヵ所の骨折で済んでいれば良い方だろう。

「私はラングロフ中将の方へ行きますので、これ等の処理を任せます」
「はっ!」

 部下に後処理を任せ、ベルナールはいまだ前方から聞こえてくる戦闘音へと足を向けた。
 ワカー家門の私兵達は名前と所属を確認した後、病院か警邏けいら──もしくは諜報機関の元へ送られる。そうしてここでおこなわれていた事項を公表され、後々王都クワシーゼで正式に家門への沙汰が決まる筈だ。

(屋敷までは、破壊しないでくれると助かるのだが)

 ベルナールは、この場所がウゲイン・ワカーの別邸であると報告から知っている。
 屋敷内には、いまだ見付かっていない子供達が大勢いる筈なのだ。

 そも今回の誘拐事件の犯人である男は、王都クワシーゼへやって来た二十三歳の時、初めてパーティーに参加していたナディヤ現ヨアキム妻を見初めたらしい。──当時五歳の幼女相手にだ。
 しかも何度も婚約の申し込みをしたらしいが、さすがに常識あるナディヤの両親は首を縦に振る事はなかった。だがしつこいワカーの申し込みに恐怖し、十歳になる前にはリンナの魔力を使いこなせていたナディヤは、身の安全の為に医療部へ出入りをするようになっていたのである。

 医療部は魔力の使い手に左右される部署だ。だからこそ、稀少価値の高い魔力持ちを確実に守る。
 もしヨアキムが強引にナディヤに交際を申し込みに行っていれば、二度と会う事が出来なくなる程度には力ある機関なのだ。

(ん?何故屋敷の裏手に……。さすがだな。キレ・・ていても、本能はまともに機能しているらしい。……いや、だからこそか)

 ヨアキムの痕跡が屋敷の裏手へと廻っていた為、ベルナールは素直にそちらへと足を向けていた。そうして、立ち尽くすヨアキムを発見。同時に、その足元に倒れている小さな二つの影を認識する。
 屋敷裏の厩舎近くで、グーリフに抱かれるようにフェリシアがいた。
 二人の意識はなさそうだが、フェリシアは軽傷のようである。そして驚いた事に、グーリフの頭部からは──渇いているがかなりの出血が確認出来た。そしてそれ以外にも外傷が酷い。

「ラングロフ中将」
「……あぁ」
「御嬢様を医療部に……」
「その必要はありません」

 ベルナールの言葉を遮るように、上空から急降下してきた者──降りる直前に勢いを完全に殺してふわりと着地したのは、フェリシアの専属侍女だった。
 確かフェリシアが誘拐された時、同行していた筈である。

「……申し訳ございませんでした。処罰は如何様いかようにもお受け致します。ですが、その前にシア様の治療を……私にさせては頂けないでしょうか」
「………………フェルを頼む。後、ついでにこれ・・も」
「はいっ。ありがとうございます」

 互いにわずかに睨み合った後、ヨアキムはリンナの魔力持ちである専属侍女にフェリシアを預ける事にしたのだ。
 そのヨアキムの冷静とも思える判断に、ベルナールは内心驚いている。

 当然、治療を受けさせる為にラングロフの屋敷へ戻るかと思っていたが、それでは少しばかり時間サッドが掛かり過ぎる。
 今、目の前に治療出来る者がいるのだ。心情はどうであれ、ヨアキム自分が雇用している使用人でもある。使わない訳はなかった。──グーリフに対する態度は相変わらずだが。

「ベルナール。屋敷内を捜索する。ついてこい」
「はっ」

 完全に中将たる思考に戻ったのか、ヨアキムは表面上は冷静さを保っている。
 先程まで暴走していた者とは思えないが、少なくとも今のところ誰一人として殺していないのだから、本当にはキレ・・ていないのだ。

(立派になったな)

 フェリシアが関わると、相手が大将だろうが掴み掛かるヨアキムである。それが軽傷とはいえ実際に傷付いた娘を、使用人に一任してその場を後にしたのだ。
 ベルナールは内心、感無量だった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ──のは、気のせいだったようである。

 ワカーの屋敷へ入った途端、上から下までヨアキムは嵐のように暴れ狂った。
 建物内に残っていた十数人の使用人らしき者を薙ぎ倒し、ウゲイン・ワカー本人はそれこそ雑巾のように絞られたのである。殺しそうな勢いであった為、ベルナールが必死に止めに入る程だった。

 そして発見された子供はわずか十四人である。内、六人は生きているのが不思議な程の状態だ。
 肉体的損傷が激しく、精神面は既に壊れ掛けている。王都クワシーゼの医療部でも治療可能か、疑う程だった。このまま絶命させた方が、この子供達には良いのではと思えるくらいに。

「残りは既にむくろになっていますね」
「あぁ。……ん?あの扉は何だ?」
「…………ラングロフ中将、魔獣のようです。封魔石の壁に囲われた中ですので、我々は不利であると思われます。一度戻っ……て」

 封魔石に囲われた地下を捜索していた時、最奥さいおうにやたら頑丈な扉を発見したのだ。そして開けてみれば驚愕の事実。ウゲイン・ワカーは、魔獣の育成まで手を出していたようである。
 さすがにこのままにしてはおけないが、せめて封魔石対策をしてからでないと目の前の大型魔獣を処理する事は難しい。──そう判断してのベルナールの制止だったのだが、ヨアキムは違ったようだ。

「中将っ」
「大丈夫だ。まだ暴れたりない」
「はあっ?」
「頭だけあれば良いよな?」
「そ、それはそうですが……」
「んじゃ……、少し発散しとく」
「っ!」

 言い終わるが早いか、ヨアキムはスルリと魔獣の檻へ入っていく。──通常ならば、封魔石対策の魔法石を身に付けるべきだ。

 稀に鉱山でも、封魔石の原石がある場合に取られる処置である。
 ヒトの身体には魔力が流れ、魔法を使わなくても体調自体を整えている必要不可欠な要素だ。封魔石は魔力を吸収してしまうので、長くその場にいれば魔力枯渇に陥ってしまう。──そうでなくとも倦怠感に襲われる為、本能的に距離をおきたくなるのだ。

 それをヨアキムは封魔石の地下この状況で、己の二倍以上の体躯を持つ魔獣相手に、腰にいた長剣一本で立ち向かう。
 銀色の閃光がひた走り、三体いた魔獣が次々と床に倒れていった。

 ベルナールは、その目に映る光景に見入る。
 魔獣の返り血を浴びながら、笑みを浮かべているヨアキム。銀色の瞳は、薄暗い地下の中でもその輝きを損なう事はない。
 そもこの体躯の魔獣を、一刀両断になど到底ヒトの力では不可能なのだ。刃が届かない事は当然として、それ以上に固い肉相手である。突き刺す事は出来ても、刀身を沈める事すら無理だ。
 それをヨアキムは、まるで相手が野菜か果物かのように容易たやすく輪切りにする。【怪力】スキルがあってこそだが、これは諸刃の剣なのだ。──過剰な力は、通常の生活すらままならなくさせる。
 それを可能とするのが、ラングロフ銀狼なのだ。

「さすがです、ラングロフ中将」
「おぅ。……一つで良いよな?」
「はい、荷馬車がありませんので」

 すっきりした顔で、魔獣の頭部を一つ肩に担いで戻ってきたヨアキムだ。
 そも頭部だけでも抱え切れない大きさである。犬と猪を合わせたような不細工な戦利品を、幾つも騎馬で持って帰りたくはなかった。

 屋敷の外へ出ると、粗方捜索と片付けが終わったらしき部下達が数人立っていた。──ヨアキムの抱えていた魔獣の頭に、さすがに目を見開いていたが。
 まだこの後の処理に時間が掛かる為、数イトネはここに残らなくてはならない。少なくもと、ベルナールは。
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