説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第2章──少年期5~10歳──

049 ひとりでできるもん

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 フェリシアは焦っていた。
 己の半身たる、グーリフと連絡が取れない。

<フェ……、聞こ……る……?>
<え、グーリフ、どうしたの。聞こえにくいんだど>
<チッ……。……ま……き…………る。ふぅ……せ…………。よぅ………………し……っ>
<ちょ、嫌だ?何っ?!えっ?グーリフっ?>

 この途切れ気味のスキル【以心伝心】テレパシーを最後に、あれから何度も呼び掛けているけれど繋がらないのだ。

 スキルが阻害される『何か』がある。それだけは分かった。でもだからといって、それ・・が何であるのかは全く分からない。
 フェリシアのスキル【神の眼】説明書は、視界に納めない限り発動しない──あくまでもその『もの』に対する『説明書』でしかなかったのだ。

(もぅ、いったい何?どうなってるっての?)

 フェリシアは一人、客室のような──質素でありながらも整った部屋に通されていた。
 自分以外誰もいない。連れてきた使用人らしき男は、案内だけするとすぐにいなくなったのだ。そも部屋に入ってきてもいない。

 他にいた子供達とも離されて不安だったのに、先程のグーリフとの不安定な会話だ。
 既にフェリシアの精神は、ピシッピシッと音を立て崩れ落ちそうである。

(も……、キツ……)

 フェリシアはこの世界に誕生してから、これまで幾度となく危険な目にあっていた。それでも自身に対する被害がほとんど何もなかったのは、全てにおいてグーリフがいたからである。

 顔を覆い、フェリシアは力なくその場に座り込んだ。
 不安に押し潰されそうで、身体が自然と震えてくる。酷く──心細い。

 フェリシアは『記憶』がある為か、年齢にそぐわない落ち着きを持っていた。
 本人にしてみれば、誕生した時点で十歳以上の精神が確立していたのである。周囲にはそれを理解する事は出来ないだろうが、変な矜持プライドが簡単に涙を流す事を認めなかった。

 それでも──フェリシアは涙に濡れていた。
 もう意識的に止める事が出来ない。どうしたら良いのかも分からず、ただ身体を小さく丸めて座り込んだ。

(グーリフ……グーリフ……グーリフ……)

 気配は感じる。
 完全に断ち切れた訳ではないので、【グーリフのソウルメイト】として繋がってはいるようだった。

スキル【神の眼】説明書、使えない。状況を把握出来ない。これじゃあ……単に守られているだけの方が、誰の迷惑にもならなかったじゃないかぁ……)

 フェリシアは今回、好奇心と偽善の為に動いたようなものである。

 エリアスまでが学園に行ってしまい、屋敷にいなくなるのが寂しい。
 領内で子供の誘拐事件が多数起きているのが嫌で──またいつ自分に降り掛かるか分からなくて不安だった。
 解決出来るだろうと発案すれば、関係ない子供が対象になってしまった。
 グーリフがいれば何とかなる。

 全ては自身の慢心だったと、気付かされた。
 フェリシアだけでは何も出来ない。
 グーリフにおんぶに抱っこで、頼って依存しているだけ。
 まだフェリシアは小さな体躯でしかなく、体力も武力も魔力も──魔力。

(魔力、あるじゃん。まだ+E普通レベルだけど、バンガソドンリンナがある。えっと後は……【獣化】。獣の姿なら、今よりもっと素早く動ける)

 鬱々と己の内側に沈んでいたフェリシアの心は、不意に光に弾けた。
 元より『なるようになれ精神』の楽天的な性格である。時には反省もするし落ち込みもするが、それが長くは続かないのだ。

 だが、生きていくにはそれくらいがちょうど良いのかもしれない。思考にふけるのは大切だが、身動きが全く取れなくなってしまうのは無意味でしかなかった。

(よし、【獣化】)

 ふわりと魔力が身体を包み込む。
 スキルの一つではあるが、魔力を使うようだ。これには肉体の変化だけではなく、身に纏った洋装すら変化させているので、恐らくは装備変化に魔力を使っているのだろうと勝手に思っていた。

 フェリシアは、ふわふわな四つ足の狼型になった自分を視認する。
 ピョンピョン跳び跳ねても、己の肉球で物音すらしない。ヒト型の時には当然きちんと爪を切り揃えられているので、カチカチと不快な爪音すら鳴らなかった。

 そこまで確認出来ると──獣姿ではあるが、力強く頷く。
 フェリシアは自信が湧いてくるのを感じつつ、窓に面した壁側の棚裏へ身体を潜り込ませた。

(よしっ、ここならすぐに見付からない筈。ん~……バンガは、これが木製の壁板だから燃えるとダメで……っと。リンナ・ペア・細くユーゼ長く・ネアードそれを・メト・切断するレンリィ

 棚の裏側で壁に向け、フェリシアは獣の前足を伸ばす。
 そして、リンナの魔力を思い浮かべた。更にレーザーをイメージし、光を細く長く放出する。
 そうして集約されて圧縮されたリンナの魔力が目標物を貫通したのを感覚で察すると、そのままゆっくり──クルリと丸く円を描くように壁を切り取った。

(はぁ、はぁ……ちょっと疲れた。集中するからかな?……それとも、獣姿もふもふだから?)

 ペタリと尻を床につけ、切り取られて屋外が見えるようになった情景を確認する。
 焼き切った部分にも燃焼の兆候が見えない為、このまま火災が起こる事もなさそうだ。

 同時に耳をすまして警戒していたフェリシアは、誰も来ない事を確認してからそっと外へ顔を出す。
 現在地は四階だ。しかしながら各階にひさしが突出している構造の為、小柄な子狼状態のフェリシアはそこを歩く事が可能である。

(ちょ……怖いけど。まさか部屋の扉から廊下には出られないだろうし)

 怖々と階下を覗くと、さすがに地上は遠かった。
 わずかに後退しながらプルプル首を振りつつ、気を引き締めてしっかりと四肢を踏ん張る。

(大丈夫。出来る。シアは出来る)

 最早自己暗示の世界だろうが、気持ちが負けては恐らく失敗してしまう。
 目指すはグーリフのそばへ。

 目標を一つに、とにかくがむしゃらでも良いのだ。失敗を恐れていても何も解決しない。
 今より一歩先へ。

 フェリシアは足を前へ、一歩踏み出した。
 進み始めてしまえば、後は気持ち次第である。

(グーリフ……グーリフ……グーリフ……っ)

 せめてスキル【以心伝心】テレパシーが届く範囲。出来れば顔を見たい。声を直接聞きたい。そしてその体温を感じたい。

 要は、一人が──今が不安だった。
 安心したい。
 心が安らぎたい。
 ほっとしたい。

 壁に沿うように移動しながらも、三階のひさしから二階のひさしへ続く部分を見つけた。
 立体的なあみだくじみたいに、ヒトの身体では到底不可能な動きで階下を目指す。

(感覚的には、グーリフはもっと下にいる)

 いまスキル【以心伝心】テレパシーに反応がないグーリフだったが、フェリシアには大まかな位置が自然と伝わってきていた。

 元より見張りの数が少ないのか、フェリシアが外壁伝いに階下へ向かっていても、誰一人として気付く者はいない。

(緊張する……けど、やらなきゃ。進まなきゃ)

 そうしていつの間にか、フェリシアは建物の裏手に来ていた。
 そこは少し雑多な様子で、小物やら汚れ物が散乱している。更には厩舎きゅうしゃがあるようで、小さめの小屋近くに、山となった藁が見えた。

(うん。あの上に飛び込めば、大きな怪我はしなさそう)

 ネコ系統ではない為、高所からの飛び降りはヒトと同じ感覚である。
 意を決して飛び降りれば、藁の端々が身体のあちらこちらをかすめた。それでも獣型特有の長毛に覆われた全身は、外部刺激からしっかりと肌を守ってくれる。

(むっちゃ……ドキドキしたぁ。良かったぁ、怪我とかしなくてぇ)

 しばらく心臓を落ち着ける為、フェリシアは藁の山の中に埋もれていた。
 その間にも耳をすましていたが、やはりいまだにフェリシアの不在に気付いていないようである。

(逆に、放置しすぎじゃない?いくら子供と言ってもさぁ)

 扉に鍵を閉めて閉じ込めておけば、何の問題もないと思われているのだろうか。それとも何か違う──別の問題が発生したのかだ。

 どちらにしてもフェリシアにとっては、自分を追い回す存在がいない方が良い。
 グーリフのように周囲の気配に敏感な訳ではないのだから、実際に耳に届く音で判断するしかなかった。

(あれ?……グーリフ、もしかして地下?)

 大地に降り立ったフェリシアだったが、何故かグーリフの感覚がいまだに己の位置よりも下にある。
 地上以上の建物であれば窓などありそうだが、地下にいるのならば確認しようがなかった。

(え~っ、どうしよう……。シア、モコとかネアンとか持ってないんだけど……)

 地中に影響を及ぼす事が出来る能力を考える。そも、ここに長居は出来ないのだ。
 フェリシアが持つ魔力の性質は三つ。──バンガソドンリンナで、何が可能だろうか。

(建物の中に入って、地下に通じる階段を探すとか無理。それならここからグーリフを探すのが最善で……、捜査、詮索、探索……探知?レーダー?電波……だから、ソドンで……ソドン・ペア・拡がりエニナそれを・メト・探すアールア

 魔法を全て感覚で使っているフェリシアは、前世の知識を参考にする事が多かった。

(ん?地下に四角い……ブラックボックス??……これって、魔力を通過しない物質って事……だったり……)

 フェリシアの脳内に映し出された探索魔法の結果は、建物の地下に同じ程度の広さの黒い空間が存在する事だったのである。
 何故か全く中身が見えない。他の周囲は反応が正常に返ってきている事を表すように、意識を集中すれば生体や物質の大きさや形まで分かるのにだ。
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