説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第2章──少年期5~10歳──

048 生存本能を刺激する(※流血あり)

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 グーリフは嫌悪感を内心に留めたまま、周囲の音を慎重に探る。
 そしてこの屋敷では動いているヒトの数が極端に少ない為、別邸なのだろうという見解に落ち着いた。
 だが、かなり下──恐らく地下だろう。小さな呻き声が幾つか聞こえる。言葉としての意味を持っていない為、それ相応の待遇をされているのだと推測出来た。
 そしてこの階の上にも、息をし殺しているだろう小さな呼吸音がある。全て小さな生体だろう事も、量や間隔から推し量る事が出来た。

<グーリフ……これから、どうなるのかな>
<あ~……まぁ、この手のやからは単純だからな。要は、『発散』してぇだけだろうな>
<発散……?ストレス解消的な?>
<すとれす、ってのも前に聞いたな。鬱憤だったか。そうだな、それだ>
<え~……、悪い感じしかしないじゃん>

 若干怯えたようなフェリシアのスキル【以心伝心】テレパシーに、グーリフは内心で苦笑を漏らす。
 思い切りが良いのに、本当は繊細な存在。グーリフの唯一なのだ。絶対に何があっても守らなくてはならない。

「おい。これだけ四階だ。これとこれは三階にやっとけ。……お前とお前はオレについて来い」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」

 ウゲインが子供達を割り振る。フェリシアは四階らしく、現時点ではヒトの気配がないところへやられるようだった。ウゲインの背後の使用人に促されている。
 ビクリと震える身体に、グーリフはなだめるようにその腕をさする。

<フェル。魔道具を起動させろ>
<え……、やっ>
<俺がそばにいない間、誰にもれさせるんじゃねぇぞ>
「グー……」
「こいつを引き離せっ」
「大丈夫だ」

 不安そうな顔で追いすがろうとしたフェリシアだったが、ウゲインの苛立ったような声がそれを阻害した。
 ビクッと跳ねたフェリシアの肩に、グーリフは優しくれる。そして安心させるように小さな笑みを向けた。

<グーリフっ>
<フェル。魔道具の起動だ>
<う、うん。『起動スタート』……でも、グーリフがっ>
<俺が強いのは分かってるだろ?>
<だからって>
<大丈夫だ。それに、魔道具を起動させればあっちに信号が飛ぶんだろ?>
<そ、そうだけど……っ>
<目の前にいなくても、俺とフェルは繋がっているじゃねぇか。大人しくしてろよ?>
<うぅ……っ>

 互いに別方向へと連れて行かれつつ、フェリシアの不安そうな顔は今にも泣きそうな程にゆがんでいる。
 だが、下手にここで反抗的な態度をする訳には行かないのだ。ここに連れてこられるまで、幾度も他の子供達は暴行を受けている。それをフェリシアに向けさせる訳にはいかなかった。

「早く来いっ」

 苛立っているウゲインの声に、グーリフは自身の怒りをし殺す。
 魔獣ゆえの気配を放出してしまえば、目の前のウゲインはどうなっても良いのだが、他のさらわれてきた子供達の安全が確保出来ないのだ。

(イラつくなぁ、ったく……)

 ただでさえフェリシアと離されて神経が尖っているのに、加えて威圧的な態度をされると我慢していても毛が逆立ってしまう。
 グーリフは己の背後を見やり、びくつくもう一人の子供を確認した。そして深く呼吸をする事で、何とか気持ちを鎮める。

 子供の歩幅を気にしない傲慢な歩調に、どうしても小柄なグーリフともう一人は早歩き気味についていくしかなかった。
 そうして階を二つ降りたところで、やけに鼻につく臭気に顔をゆがませる。

(ひでぇ臭いだな、ここは)

 窓のない四方を壁に囲われたそこは、魔法石の灯りによって左右に幾つかの扉が見えた。
 だが一帯に生ゴミのようなえた臭いと、アンモニア臭が充満している。そして、生臭い鉄臭さ。

(鼻が曲がりそうだ。……ん?)

 そこでグーリフは、己自身を取り巻く違和感に気が付いた。
 初めは酷い臭気のせいで息苦しいのかと思っていたが、どうやらそんな生易しいものではないらしい。この場所──地下は、全て封魔石の壁で覆われているのだ。

 封魔石とは、魔力を吸収してしまうものである。強度はD普通だが、魔力を吸い取る特徴から魔法攻撃耐性に特化していた。
 そして魔獣であるグーリフにとって、魔力を削られる事はその存在値を脅かすものに等しい。

<フェル、聞こえるか?>
<……グー……フ、…………した……。聞こ…………く…………だ……>
<チッ……。封魔石がある。封魔石だ。用心しろっ>
<…………ゃ……>

 最後に微かに聞こえた、混乱したようなフェリシアの声。
 地下の通路を奥へと進んで行っている為か、最早それ以上フェリシアの声が届く事がなかった。

(マズいなぁ。逆に泣かしちまったかもな……)

 警告をしようと思ってのスキル【以心伝心】テレパシーだったが、スキルもまともに使えなくなっている。
 原因が封魔石にあるのか、それともグーリフにあるのかは明確ではなかった。けれども通常では有り得ない程、力が消費されているのは嫌でも感じる。

「何をやっている。ガキの癖に、オレを待たせるのかっ」
「ひっ」

 長居するのは得策ではないと思考を巡らせていたグーリフだったが、少し前方で立ち止まっていたウゲインからの怒声に意識を引き戻された。
 グーリフの後方からついてきていた子供は、それに対し酷く怯えた声をこぼす。

「早くしろっ。ここに入れっ」

 威圧的に怒鳴り付ける事しか出来ないのか、ウゲインは苛立ちに任せるように足を踏み鳴らしてすらいた。
 グーリフは開け放たれた扉を、仕方ないとばかりにくぐろうとする。それをウゲインは、鬱憤を晴らさんばかりに足蹴にしてグーリフを中へと押し込んだのだ。

「ぐっ!」

 力加減のない蹴りに、八歳の体格であるグーリフは軽々と弾かれる。
 そして思った以上に狭い室内だったので受け身を取れず、そのまま壁に頭部を激突するはめになった。

 口の中に鉄の味が広がり、脳が強く揺さぶられた事で目眩がする。
 意識を保とうと歯を食いしばっていると、同じようにもう一人の子供も蹴り飛ばされて飛んできた。そのまま壁に当たると危険と判断し、咄嗟にその小さな身体を受け止める。
 だが元より体勢が崩れていた為、勢いを殺し切れずに再び壁に己の背中を打ち付ける事となった。

「くっ……はぁっ……はぁ……っ」
「うぅっ、痛いよぉ。怖いよぉ……っ。お母さ……」

 封魔石の壁に肉体がれると、更にビリビリと痺れるように魔力を削られる。
 子供は震えながら涙を流し、小声で弱音を吐いていた。大声で泣きたいのだろうが、そうすると今以上に恐怖と苦痛がやってくると理解しているのだろう。存外賢い子供のようだ。

「ふふん。オレに逆らうからだ」

 打ち付けた頭部が外傷を受けたようで、グーリフの視界に滴る鮮血が映る。
 やたら鮮やかな発色だ。この程度ならば脳に異常を来す事はないと、グーリフはふらつく頭を押さえながらもそう判断する。

 魔力を削られる為か、物理攻撃の耐久性が低くなっているようだった。
 本来であれば、この程度で損傷する肉体ではない。思った以上に危機的状況にあるのではと、目の前のウゲインを睨みながら考えた。

「どうした?ああ?急に痛みで怯んだか?」

 ウゲインは自分が優位に立ったと思ったのか、見下すようにグーリフ達を笑う。
 だが実際、グーリフがここで本気を出したらどうなるだろうと考えた。

 ウゲインがやたら元気なのは、封魔石の影響を受けていないからだろうか。それとも、何らかの対抗策を持っているからだろうか。

「……離れていろ」
「うぅ……っ」

 グーリフは、抱き留めていた子供に小さく告げた。先程のように、グーリフのついでに危害を加えられるかもしれないからである。

 涙を飲み込みながらも、その子は這いつくばりながらグーリフとウゲインとは反対に位置する壁に背中を張り付ける。
 怯えはそのままだが、グーリフが自分を守ってくれた事は理解しているのだろう。わずかにその瞳には、グーリフを心配しているような色を乗せていた。

「他人の心配をしていられるなんて、随分と余裕だなぁ?」

 ウゲインは大股で歩み寄って来ると、グーリフの身体を片手で掴み上げる。
 肩口の服を引っ張られた為、首筋にピリッとした痛みが走った。

 持ち上げられた事でウゲインの顔が近付き、思わずグーリフは宙に浮いたままの足で回し蹴りをしてしまう。

「うっ……、このっ!」

 だが上手く力が入らなかった為、ウゲインの肩に当たるだけで終わった。
 当然、ウゲインから反撃がなされる。掴み上げられた状態から、壁に叩き付けられたのだ。

「が……っ、ぐっ……っ…………っ…………っ……」

 何度も何度も壁に打ち付けられ、防御として自然と頭部を守るようにする腕ごと血に染まっていく。
 そして最後に床に投げ捨てられた。

「はぁ……はぁ……はぁ……っ。どうだ、クソガキが……、参ったか……っ」

 体力が尽きたのか、気が済んだのか。ウゲインは肩で息を吐きつつ、ゆがんだ笑みを浮かべている。
 グーリフは横倒しになったまま、両腕で顔を覆ったまま動かなかった。 否、動けない。

(あ~………………、マズイ……。キレそ…………)

 生存本能としての自分が湧き出てきそうで、身体を固くしていたのである。
 そばには別のヒト族の子供がいるのだ。今理性を失くしてしまえば、同じ室内にいるその子供は確実にほふってしまう。──ウゲインはどうでも良い。というか、殺りたい。ぐちゃぐちゃに、したい。

「どうした?ああ?もうおしまいかぁ?……っ。な、何だ??」

 動かず横たわったままのグーリフに、ウゲインは再び暴行を加えようとした。
 その身体を踏みつけよう──としたところで、ギッと鋭く睨み付けてくるグーリフと視線があったのである。思わず身体が硬直するウゲインだ。

 持ち上げた片足を前に踏み出せず、よろめくように後退する。自分が優位に立っていた筈なのに、何故か本能的に身体に震えが走って止まらなくなったのだ。
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