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第2章──少年期5~10歳──

045 報・連・相の意味ある?

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「…………………………」
「…………………………」

 先程からフェリシアの前には、渋面じゅうめんのまま無言のヨアキムが座っている。
 ヨアキムの隣にはエリアス、後ろにはベルナールだ。エリアスの対面、フェリシアの隣にはグーリフで、後ろにはミアといった面々である。

 先イトネの話をヨアキムに告げた後、当然のようにこの空気になった。そしてそのまま、いつの間にか外はかなり日が傾いている。
 勿論グーリフの采配による情報収集とフェリシアの守り魔道具は、既に報告書と共に応接間の机目の前に置かれていた。

<ねぇ。これ、いつまで続くかな>
<そうだなぁ。……結局銀色は、俺が噛んでいる事が気に入らねぇんだ>
<え~、そこぉ?>
<くくく、単純でありながらも複雑なんだろうさ>

 バンガ時間サッドにヨアキムと面談を開始してから、直角に背筋を伸ばして長椅子ハセアに座っているフェリシアだ。しかしながら、もうかなりの時間サッドが経過している。
 精神年齢は別として、八歳の肉体にこの仕打ちは酷なものだった。──これならば、頭ごなしに怒鳴られた方が楽ですらある。

 そしてヨアキムが言葉を発しないからか、ベルナールも何も言わなかった。二人ともミアが作成した資料を読んでいるのにも関わらず、ナディヤが作った魔道具に至っては手もれていない。
 これでは進展されているのかも、判断がつかないのだ。──とはいえ、全てはヨアキムの心情次第だとフェリシアは思っている。

<……あ、ヤバい。寝そう>
<ん?そうだな。いっそのこと、気絶するように倒れてみろ>
<そんな事して、後でどうなるか知らないよ?>
<大丈夫さ。それがフェルに向けられる事はねぇからよ>
<ん、分かった。後はお願いね>
<任しとけ>

 スキル【以心伝心】テレパシーでグーリフと相談した後、フェリシアはパタリとグーリフにもたれ掛かれように横たわる。
 周囲──おもにヨアキムが、ギョッとした表情で腰を浮かべた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「シア様っ」
「……父様、シアを虐めた」
「………………寝ているのではありませんか」

 慌てたようにミアがシアの横へひざまづくと、エリアスは隣で中腰になっている状態のヨアキムに胡乱な視線を向ける。
 ベルナールは唯一状況を冷静に判断出来る立場である為、正面のフェリシアの様子を観察した結果を告げるだけだ。

「ど、ど、ど、ど、ど、ど」
「落ち着いて下さい、中将。あまりにも中将の反応がない為、待ち疲れて眠ってしまったようです」

 中腰のまま半端な位置で両手を突き出しているヨアキムは、フェリシアの姿に混乱真っ只中である。
 思考も回っていないようで、軋むような動きでベルナールの方へ振り返って青ざめていた。

(今までの拒絶の姿勢は何処へ行ったのか。だいたいおとり捜査など、下の者に金を握らせてその子供にやらせれば済む話だ。私としてはどちらでも構わないが、中将の娘がする事でもあるまい。それを伝えて完全にダメ出しすれば良いだけなのに。全く……自分の娘にはとことん甘いのだから、こちらの方が調子が狂ってしまう)

 内心で溜め息をくベルナールだが、フェリシアを抱き留めているグーリフ魔獣が動じていないのが答えだと認識している。
 本格的に娘に問題が生じたのであれば、このように落ち着いてしてはいない筈だった。

「それで、どうなさるおつもりですか?領地内の事とはいえ、これ程の細部に渡る報告は私も初めて目にしました。事件のあらましは報告を受けていたのですが、児童のかどわかしは要職の家族に被害は出ていないようなので、これまで腰を据えての捜査には至っておりませんでした」
「うっ、フェルが……」
「だから眠っているだけです。グーリフ殿も御嬢様専属侍女も、中将程慌ててはいらっしゃらない。異常がある訳ではないのです、落ち着いて下さい。それよりも早く結論を出される方が宜しいのではないかと愚考致します」
「お、お前、冷たいな」
「中将が慌てすぎなのです。ダメならダメと告げれば良いだけの事ではありませんか。要はこのかどわかし事件が解決すれば問題はなくなります。御嬢様も好きでおとり捜査を申し出た訳ではないでしょうから、我々がこの報告書を元に精査すれば良いだけの事ではありませんか」

 いまだに狼狽えているヨアキムをよそに、淡々と事実を述べるベルナールである。──勿論、内心のあきれを隠して。
 そして同じく、報告書を書いた者がミア専属侍女という事実にも驚いている。いくらワシ種レンナルツ家門の者であるとはいっても、所詮は成人して間もない若者だ。レンナルツ側外部にも情報が漏れている可能性も考慮しなくてはと、ベルナールは脳内メモに控える。

(それよりも今は目の前の案件だ。当然のごとく、前回のコノネン大将邸茶会事件よりも断然解決しやすいが)

 思い返したくもないが、あの時のヨアキムの壊れキレ具合は久々に手が付けられない程だった。今にもコノネン領地大将邸に飛び込み、御子息マットの首根っこを掴みに行きそう──というか、行こうとしていたのである。

 とりあえずヨアキムをノルト執事と協力して落として鎮めてから、ラングロフとして正式に大将コノネンに申し立てをおこなった。
 非公式ではあったが、ライモ大将自ら謝罪する事で表向き・・・の決着をみせている。

「そ、それはそうだが。でもこの報告書を見る限り、見目の良い子供を集めているようだ。フェル以上の可愛い子供など、そうそういないだろうし」
「中将。本音が漏れています。それなりの見目の子供は他にもいます。別に中将令嬢を求めている訳でもないのでしょう。部下の中から、対象年齢の子息令嬢を一覧に出します。その中で報酬を支払う契約でおとりになってもらいましょう」
「え……、そんなんで引っ掛かるか?」
「掛かるかどうかではありません。掛ける・・・のです」
「お、おぅ……」
「では、そういう事で。御嬢様にはこの件に関わらないように御伝え下さい」
「あ、あぁ……。でもフェルからのお願いだったし……、断ると嫌われるかも、とか」
「大丈夫です。既に好かれてはいないようです」
「えっ、ヒド……。ほ、本当に?」
「それ、おれに聞く?……まぁ、少なくとも母様と話す時には笑顔があったな」
「が~~~~ん」

 ベルナールの言葉にされつつも承諾しそうだったヨアキムは、思い出したように葛藤していたらしき内心を明らかにした。
 それに対し、ベルナールは冷淡に切り捨てる。困惑したままエリアスにも問い掛け、更に悲しい事実を聞くはめになっていたが。
 それ以上にベルナールは、親として子供からの情を求めてどうなるのかという思いもあった。

 ヨアキムの二歳下になる、現在二十八歳のベルナール。
 しかしながら婚姻は愚か、婚約者等の特定の異性もいない。浮いた話すらなかった。そしてオスマン家の嫡子でありながら、家門は十歳下の妹に譲ると公言している。
 見目は悪くないし収入も十二分にあるので、異性からの人気もあるのだが──何せ、本人は関心がない。

 下に妹が誕生したのを確認し、ベルナールは十一歳の時に軍へ入籍した。家門を継ぐ気がなかったからだ。
 ヨアキムと出会った事で考え方が少し変わったベルナールだが、それでも親兄妹他家門に愛着はない。自分が愛された記憶もないし、誰かを愛する事は出来ないとすら思っている。
 単に、唯一無二の存在が『自分』から『ヨアキム』に変わっただけだ。

「お、俺はやっぱり、フェルのお願いを」
「必要ありません。この魔道具の有用性を疑う訳ではありませんが、危険でしかありません。傷物にしたいのですか」
「そ、そんな訳ないだろっ」
うるさい」
「あ、悪……って、何で俺が謝らなくてはならな」
「フェルが起きる」
「あ、はい………………」

 ヨアキムが再びフェリシアのおとりの件を認めようとした段階で、ベルナールは被せるように言葉を阻害する。そしてあからさまなあおり文句に声を荒らげたヨアキムは、今度はグーリフに注意された。
 本当にこの家族はフェリシア至上過ぎると、ベルナールは頭を抱えたくなる。

「では、この件は私の方で進めさせて頂きます。宜しいですね、中将」
「うぅ~……。ベルナール、やっぱりもう少し話を詰めてからにしよう。確かに俺は、フェルに危ない橋を渡ってほしい訳ではないんだ。でも」
「半イトネ掛かって出ない結論を、今すぐどうにか出来るものでもないでしょう。取り急ぎ私は一覧を用意致しますから、それまでに御心を決定して頂ければ宜しいかと」
「あ、あぁ……」
「グーリフ殿も、今回はここまでとさせて頂きます。御嬢様が御休みになられた状態では、これ以上この話を進める事はならないでしょうから」
「あぁ、良いぜ。んじゃな」

 閉会の意を告げれば、分かっていたとばかりにグーリフはフェリシアを抱き上げて退室していった。もとよりそのつもりだったのか、今回の面談では一切言葉を発しなかったのである。
 フェリシアの手を握ったままもくして座っているだけのグーリフ魔獣に対し、ベルナールは妙な威圧感を感じていた。そも今回の策は彼の発案のようである。

 これまで魔獣とは討伐する対象であり、獣よりも強者であるだけの知能ない存在であると認識していた。それがこのグーリフ魔獣はフェリシアと共に有る事を望み、見聞きする能力は明らかにヒト以上のものである。──決して外見に騙されてはならない。
 ヒトとして形を成してから早七ロミ。姿もロミと共に成長をみせている為、最早このラングロフ邸内でも彼を『魔獣』と記憶していない者も多かった。
 ベルナールは人知れず、その事実に恐怖を感じていたのである。
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