上 下
38 / 60
第2章──少年期5~10歳──

038 コミュニケーションとは

しおりを挟む
 フェリシアは、フェツィエナの状態異常へ意識を向ける。
 すると先程のように、対象の心情を表すかのような文字が溢れ出てきた。

≪【わたくしをかばってくれた】【あの娘よりわたくし?】【わたくしは可愛くないのに?】【何故ライモ様はわたくしを選んでくれたのかしら】【いいえ、パアック家との繋がりの為よね】【わたくし自身に価値などないわ】≫

 フェツィエナが落ち着きを取り戻したからなのか、フェリシアの視界に羅列された文字量は、先程と比べて圧倒的に少ない。
 その分、一つ一つの内容を確認する事が出来た。

(とりあえずこの人ってば、自分の魅力に自信がないみたい。こんなに綺麗で格好良いのにな……あ、睨まれた時の圧は半端ないけど)

 フェリシアはグーリフの背から半分だけ身を出した状態のまま、まじまじとフェツィエナを観察している。──フェツィエナもライモの背後に半分身を隠している為、端から見たら微妙な状態だろう。
 更に言えばライモとグーリフも対峙した状態で、殺気立っていないだけで欠片も友好的ではない。少しでもどちらかが下手な動きをすれば、対する側が攻撃を加えるだろう明らかな気迫が漂っていた。

「フェツィエナ様。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか」
<フェル、何を……>
<ちょっとこの人と二人・・で話してみたい>
<おい>
<その間、クマさんをお願い出来るかな>
<~~~っ……たく。わぁ~ったよ、何かあれば呼べよ?すぐ来るからな>
<うん。ありがとう、グーリフ。頼りにしてるから>
<ったく……可愛くお願いして、俺をおだてりゃ良いって思ってんなよ>
「……少し、なら」

 フェツィエナに声を掛け、時を同じくしてフェリシアはスキル【以心伝心】テレパシーでグーリフを説得していた。結果的に渋々ながらも了承してもらえたので、相変わらずフェリシアに甘いグーリフである。
 対するライモは、『フェリシアがフェツィエナに近付く』分には反対しないだろうからと、フェリシアは彼には笑みを向けただけである。そして予想通り、返答に対してライモは視線をフェリシアとフェツィエナに向けただけだ。
 その態度すらフェツィエナに悪印象を与えるのかもしれないが、現時点では対応策がない。

「ありがとうございます」

 ペコリとお辞儀をして、フェツィエナのそばに歩み寄るフェリシア。ライモは静かにその場を譲り、グーリフの方へ足を向けた。
 グーリフはしばらくフェリシアを見ていたが、己の横を通り過ぎたライモに付き従うように背を向ける。
 そんな二人の立ち去る背中へ視線を向けていたフェツィエナだったが、静かに元いた椅子に腰を掛けた。

「……どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 先程までは一脚しかなかった椅子も、いつの間にか周囲の者によってフェリシア用に椅子──ちゃんと御子様用である──が用意されている。
 着席を促したフェツィエナに礼を告げ、フェリシアが腰を掛けようとするとすぐさま彼女を抱き上げて座らせてくれるミアだ。
 彼女も気配を消してはいるが常にフェリシアと共にいたので、自然とコノネン邸の使用人に混ざっている。

「あの、ですね。単刀直入にお聞きしますけど、大将様の事をどうお考えですか?」
「………………」

 茶器が二人の目の前に置かれたが、フェリシアはそれには手をつけずにフェツィエナに問い掛けた。
 先程茶会をした事を聞いているだろうから、すぐに口をつけずとも変には思われないだろうと判断した事もある。

「…………………………」
「……………………………………」

 問い掛けた側フェリシア問い掛けられた側フェツィエナの間を、何とも言えない無言の空気が漂っていた。
 聞こえるのは、温室内にいるであろう鳥の囁き。

「………………………………………………」
「………………………………………………………………」

 周囲にいる侍女達は、ただの壁のように静かだった。
 フェリシアの後ろに控えるミアも、当然のように気配を断っている。

(え~~~~、何この空気。シアの声、聞こえているのかなぁ。もう一回聞いた方が良い?それとも、答える気はないっていう意思表示かなぁ)

 フェリシアは内心半目になりながらも、必死に笑みを浮かべたままフェツィエナの反応を待っていた。
 フェツィエナは両手で包み込むようにしてカップを持ったまま、視線を紅茶に落としたまま動かない。

「………………ぁす」
「えっ」
「……お慕い……………………して、おります…………」
「あぁ…………」

 どのくらい時間サッドが経ったのか、確実に紅茶が冷めた頃にようやく聞こえてきたフェツィエナの声だった。
 あまりの小声にフェリシアは思わず問い返してしまったが、二度目の声は何とか聞き取れる。
 しかしながら、先程フェリシアに向けた鋭い印象は何処へやら、き消えそうな今のフェツィエナ。
 ギャップが激しすぎて、フェリシアは漏れるようにして返すのが精一杯だ。

(はっ!いやいや、現実逃避するところだったマジで。ってか好きなら良いじゃん、好きならっ)

 心の中の突っ込みは誰にも聞こえないのだが、フェリシアは現状のストレスから内心で牙をむく。胸中ででも吠えないとやってられなかったのだ。
 だがすぐに、温室ここに大将とやって来て初見の奥方の印象を思い返した。

(いや……あれ、好きな相手に向ける空気じゃなかったよねぇ?)

 フェリシアはあの時感じた、『まるで親のかたきにあったような』と言い表してもおかしくない程の、そんなピリッとした刺すような空気を思い出す。
 魔獣であるグーリフですら、フェリシアを守るように動く程だったのだ。

「え……っと、フェツィエナ様も大将様の事を好いていらっしゃるのですね」
「…………………………」

 あまりの事に反応が遅れたが、フェリシアは相思相愛なのだと言葉を返す。けれどもフェツィエナからの反応はなかった。
 視線は変わらずカップに落としたままで、表情も特別変化が見られない。唯一異なるのは、彼女の尻尾が大きく動かされている事だ。

(あ~……、興奮気味?反応が見えなさすぎて、スキル【神の眼】説明書を使わないと会話出来ないレベルじゃん)

 目の前の人物に対してスキルを使う事は、『内面を盗み見るような感じがする』為、フェリシアは普段ならばけている。
 けれども大将ライモにしても奥方フェツィエナにしても、もはやスキル【神の眼】説明書がないと全く通じ合える気がしなかった。

≪【言っちゃった】【お慕いしていますって】【きゃ~っ】【きゃ~っ】【きゃ~っ】≫

 意を決してフェツィエナの状態を視れば、想像以上にキャピキャピとした内面が伺える。
 フェツィエナは、物凄く・・・内心を表に出さない御方のようだ。

「大将様も、とてもフェツィエナ様の事を気に掛けておいででした」
「………………」
≪【それは嘘よ】【彼はわたくしの事など何とも思ってらっしゃらないわ】【わたくしの価値などない】【ただパアック家の令嬢という事だけ】≫

 会話に必要な情報化の為にスキルを使いながらも、フェリシアは言葉を続ける。
 音声での会話はほとんどない為、周囲からはフェリシアが一方的に話しているようにしか見えない。──事実、そうなのだが。
 そんな中、再度出てきた『パアック家』という単語。それはフェリシアが大将邸ここに来る前に叩き込まれた知識から、少将以上の位を持つ人材を多く輩出している家門であると判断出来た。

 実力主義の軍事国家であるシュペンネルは、強さを何処よりも重要視していた。そしてフェリシアが視た中でも、Cクラス強者レベルは実父ヨアキム魔獣グーリフ大将ライモ奥方フェツィエナしかいない。
 魔力までCクラスなのは今のところグーリフだけだが、つまりはフェツィエナも並び立つ程の能力を持っている。

「大将様と奥方様は、御両家の当主様方が古くからのお知り合いだったとかで、幼い頃からの婚約者だったと聞いています」
「………………そう………………」
≪【血筋を残す為の道具】【ライモ様はとても素敵な御方】【本来ならばあと何人か】【でも……】≫

 遠回しに政略結婚だろうと問い掛けたフェリシアに対し、フェツィエナの心の返答はそれ以上にネガティブなものだった。
 けれども互いの立場を考慮するならば、それこそ恋愛結婚は珍しい──というかほとんど不可能に近い。
 父親ヨアキム母親ナディヤは恋愛結婚ときょうだいから聞いているが、これは本当に珍しいのだ。

 血筋からも質を求められるし、重ねた血筋は更に重要視される。だが血筋が良いと言っても、中身が伴わない者も当然出てくる。
 実力主義をうたうからには血筋だけではなく、個人の質も見定められるのだ。軍に属するのならば力量を。領地を持つならばその成果を示さねばならない。
 明確に期間も定められており、軍では五年・七年・十年の三回の審査という名の試験がある。遅くとも十年以内に『他者から認められる』功績が必要なのだ。
 領地に至っては少し期間が長く、『三世代以内に』となっている。
 けれどもそれらが重視されるのは男性であり、純粋に力量を比べられると女性にとっては不利だ。排卵など、男性には代わる事の出来ない役目もある。
 それでも有能だと認めさせる事が出来れば、当然のように領主にもなれるし、軍で役職を得る事も可能だ。

 などと説明が長くなったが、フェリシアは先程のフェツィエナの言葉に引っ掛かる部分があった。
 政略結婚で、血筋を残さなくてはならないのは分かる。そして現状は第一子しか御子おこがいないのだから、第二子以降が求められる事も理解出来た。──それゆえ、『でも』の続きは何だろうか気になる。
 けれども今は、それを一人で考えたところで答えは出ない。フェリシアの前の記憶にも今も、当然ながら子供を作った事はないのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

処理中です...