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第2章──少年期5~10歳──

035 他家での初御茶会

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 家族でのお茶会でヨアキムからの申し出を承諾したフェリシアは、後で少しだけその時の自分を恨んだりもした。
 当然の事ながら、格上の相手に対面する際の礼儀や衣装制作、その他諸々の些事に悩殺される日々を求められたからである。
 これまで屋敷からほとんど外出する事もなく過ごせたのは、全てがフェリシアを守る為といって過言ではないラングロフ家一同の総意だった。家長のヨアキム含め使用人に至るまで、二度とフェリシアに危険を近付けてなるものかとの思惑があったからだ。
 それをくつがえしたのが、今回の『大将とのお茶会』である。

〈なんか既に疲れてるし、行く前から憂鬱になってきたんだけど〉

 馬車の中でだらしなく椅子に身体を預けているフェリシアは、隣に座っているグーリフの肩に額をすり付けていた。
 フェリシアが参加すると決めた日から既に二クタヴテが経ち、ようやくお茶会当日となったのである。今まさにその現場に向かうべく、ラングロフ家の紋章入り箱馬車で、大将であるコノネン邸に向かっていた。

〈俺が馬車これを引けば早いんだがなぁ〉
〈それは知ってるけど、それこそ不味いでしょ。でも実際、先方の領地まで三日掛かるって……聞いた時にはけそうになったよ〉

 前世の記憶があり、かつあまり外に出ないフェリシアは知らなかった事実である。
 この世界の一般的な交通は、基本的に馬車か徒歩だ。誘拐された時くらいしか屋敷の外を知らないフェリシアにとって、敷地外はほとんど未踏の地である。
 それを他者の領地に行かねばならぬと知って、更にその距離が馬車で三日と示された。──気楽に茶会へ参加するなどと、答えるべきではなかったのである。

〈それでも、俺の足で一日だろ?〉
〈そうなんだよねぇ。本当に、グーリフがいてくれて良かったよ。こんな狭い乗り物の中でガタガタ揺らされて三日とか……物理的にお尻が死んじゃう〉

 結果的にとった策は馬車を先行させ、フェリシアとグーリフは先方の屋敷近くで追い付く形で昨日合流したのだ。
 そうして最寄りの街で一泊し、ようやく茶会の舞台であるコノネン邸へ到着する。

「お嬢様、到着致しました」

 停車した馬車の扉が軽く叩かれ、いつもより余所行きの緊張したようなミアの声が届いた。
 フェリシアの返答を受けて開かれた向こうは、さすがに大将の屋敷というべき豪奢なたたずまいである。
 ラングロフ邸よりも大きく、黒を基調とした重厚な雰囲気の御屋敷だ。

〈おぉ~、何か凄いねぇ。この世界の建物って、木造建築なのに構造が複雑なんだよね。職人さんの腕が良いんだろうなぁ〉
〈本当にいつ見ても、ヒトの住みは大仰だよな〉
〈あはは。自然界で暮らすものからしたら、そんな感想になるのかもねぇ〉
「ようこそいらっしゃいました、フェリシア・ラングロフ様」

 ミアの手を借りて馬車から降りたフェリシアは、思わずといった感じで屋敷を見上げる。
 そんなフェリシアに、静かに掛けられる声。視線を向ければ、ピッシリと身体に合った黒服を着た執事らしき男だ。黒髪と青い瞳で、身体の線は細い。けれどもフェリシアには、彼がただの執事に見えていなかった。

≪名前……エヴシェン・ピンカヴァ
年齢……50歳
種別……ヒト科獣属ヒョウ種
体力…… +D
魔力…… +D【ソドン】≫
 
 スキル【神の眼】説明書に彼の情報が出され、その能力から戦える人員である事が分かる。ヒョウ種のなかでも、黒豹なのだろうなと毛色から判断された。
 けれどもその表情は穏やかで、年相応のシワが刻まれた目元は、見る者へ全く敵意をいだかせないものだった。

「お招き頂き、ありがとうございます。フェリシア・ラングロフです。こっちはグーリフ・シール」

 フェリシアは習ったばかりの挨拶その一──スカートを両手で軽く摘まみ上げて腰を落とす──で、自分と隣のグーリフを紹介する。
 当然の事ながらグーリフは招待されていないが、事前に伴う事を伝えてあった。本来ならば他の家族が同伴者としてついていくべきなのだが、何故か色々と邪魔──妨害──急務等が重なったのである。──明らかに何者かの意図が感じられた。
 その為フェリシアの同行者は、グーリフ以外に使用人枠でミアだけなのだ。ちなみに馬車を先行させるにあたって御者をしていた使用人は、最寄りの街が実家であり、そこで妹の結婚式だという。
 つまりは本当に三人でここへ来た訳で、五歳児の御使いにしてはかなり有り得ない事例である。

「はい、うけたまっております。どうぞ、こちらへ」

 エヴシェンは猫科独特のしなやかな動作で、フェリシア達を屋敷へと招いた。
 年齢をあまり感じさせないのは、この世界の寿命が魔力値に準じるからかもしれない。一般的な魔力値の上位である『+D』なので、三桁の後半数値があるのだ。普通に寿命をむかえたならば、軽く百歳は越える筈である。

「少々こちらで御待ち下さいませ。準備が整い次第、再度お声掛けさせていただきます」
「はい」

 案内された先の応接間で、行儀良く長椅子ハセアへ座った。
 座面は固過ぎも柔らか過ぎもせず、ふわりとフェリシアの身体を支えてくれる。

≪名前……長椅子ハセア
材質……ゲーペル木製・ヒヨギ製
用途……座る・寝る
強度…… -D
特長……耐久性・撥水性に優れている≫
≪名前……魔物の革ヒヨギ
材質……魔核科魔物属の革
特長……なめしてある為、耐久性・耐熱性・柔軟性に優れている≫

〈ソファって言わないんだねぇ。革張り……しかも魔物の革って事は、見た目だけの高級感だけじゃなく、本当に高価なんだよねぇ?〉
〈魔物でもヒト族が食える肉があるからな。状態異常を持ってねえ魔物をバラすんだろ。当然動物よりは手に入れる手間が掛かるだろうが、耐久性が違うからな〉

 スキル【神の眼】説明書とグーリフからの話で、どうやらこの世界では生物だけではなく、魔物も様々な素材にするのだとフェリシアは知った。
 同じく隣に腰掛けたグーリフとスキル【以心伝心】テレパシーで話しつつ、退出するエヴシェンを見送る。
 フェリシアは彼の能力値を知らない筈なので、分かっていても名前を呼ぶ事は有り得ないのだ。
 それからしばらくして、再びエヴシェンが戻ってくる。茶会の場所まで案内してくれるとの事だった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ──うあ~……、もこもこふわふわだぁ。

 少し遠い目をしつつ、フェリシアは眼前の人物に対峙する。見た目だけで言えば、大きなクロクマ耳さんが茶会相手だった。
 茶会の為に用意された場所は中庭なのか、花弁の多い赤系統の大きな花が多数咲き誇る場所だ。そこへ真っ白な円卓が置かれ、上には色取り取りの軽食が並べられている。

「御初に御目にかかる、フェリシア嬢。私はライモ・コノネンという」
「初めまして、フェリシア・ラングロフです。となりはグーリフ・シール。本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 既に子供用の座面の高い椅子に座っている為、フェリシアはペコリと会釈するだけに留めた。──グーリフの視線は、先程から目の前の食事に釘付けである。
 改めてフェリシアはライモと名乗った大柄な男へ真っ直ぐ視線を向けた。

≪名前……ライモ・コノネン
年齢……41歳
種別……ヒト科獣属クマ種
体力…… +C
魔力…… +D【モコ
スキル……【剛力】
称号……【シュペンネル大将】≫

 黒髪で金色の瞳は、中々に威圧感のある色彩である。更にはその体格の良さと、目に見える場所にある多数の傷が、彼がその地位にいる事が飾りではないのだと察する事が出来た。
 そしてスキル【神の眼】説明書の数値から見ても、フェリシア父・ヨアキムよりも強い。さすがは大将といったところだ。

「こんな強面こわもてのおじさんが相手では茶の味も分からんかもしれんが、取って喰う事はないから安心してくれ」
「……はい」

 表情をやわらげるでもなく告げるライモだったが、彼が主催者なのだからフェリシアに否やはない。それに、隣にグーリフがいてくれるだけまマシというものだ。
 けれども緊張をしないという理由にはならず、どうしても身体に変な力が入ってしまう。

「なぁ、もう食って良いのか?」
「ちょ……、グーリフ!」
「ハッハッハ。そうだな、待たせてすまない」

 ここでの態度としてはあまりお勧め出来ないグーリフの言動も、ライモからしたら幼年だからこそ許せるのかもしれなかった。──もしかしたら、単に子供好きという可能性もなくはないが。
 そうして主催者からの言葉に、すぐさまわずかにあった遠慮を取り払ったグーリフ。早速とばかりに色合いの鮮やかな軽食へと手を伸ばし、口いっぱいに頬張っていた。
 実際、妙な緊張感から朝食を食べられなかったフェリシアに遠慮して、まともな食事は本日初めてなのである。
 見た目からして子供向けなのだろうが、この世界で裕福な家庭に生まれ育ったフェリシアですら、それらは目を奪われる食べ物ばかりだった。──勿論、フェリシアの視界にはスキル【神の眼】説明書の文字が並んでいる。

「さぁ、フェリシア嬢もどうかね。口に合うかは分からぬが、小さな客人の為に料理人が頑張ってくれたようだ」
「はい、どれも綺麗で美味しそうです。ありがたく頂きます」

 そしてライモに笑みを返し、フェリシアも一番手前にあった小さな前菜に手を伸ばす。新鮮な野菜を生で食べる事が出来るのも、素材の味を殺さない絶妙なソースが掛かっているからだ。
 そしてフェリシアのスキル【神の眼】説明書では、それらの素材まで認識する事が出来る。つまり彼女を毒殺する事は不可能であり、同様に何等かの薬物を摂取させる事も出来ないのだ。──グーリフに対しても野生の嗅覚と勘により、フェリシア同様の効果がある。
 こんな二人の並外れた能力を知るよしもないライモは、己が提供した食事を警戒なく口にしてくれる事に、温かな眼差しを向けるのだった。
    
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