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第1章──幼年期1~4歳──

029 パンパンするのは良いけど

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ちょ、どうするのこれ?!」
「ふむ。致し方ないだろうな」
「な、何を格好付けた物言いしてるわけ?!グーリフ、シアは真面目に困ってるの!」
「くくくっ、怒った顔も可愛いぞ。……あぁ、そんなにむくれるな。フェルのリンナの魔力で、あれを潰せば良い。あの程度のダードでは、どのみち長くは持たないだろうがなぁ」

 フェリシアは眼前に広がる壁穴と床穴を指差しながら、屋外へと移行した戦闘に混乱している。
 兄弟を追い掛けたいフェリシアだが、黒いもやの立ち上る光景に臆し、れて良いものかの判断もつかない為、それ以上足を踏み出す勇気が湧かなかった。──そのあげく、グーリフに八つ当たり的な物言いとなったのである。
 しかしながらグーリフは、そんなフェリシアを見て楽しそうに笑うばかりだ。彼にとってはこの程度、本当にたいした事でないのだろうと思われる余裕の態度である。

「えっと、リンナで……潰す?リンナ・エゼ・コシャプーゼ

 フェリシアはグーリフにもらったヒントのまま、単純にイメージを形作った。
 そして、出来たのがリンナの魔力によるである。──それは見た目だけはキラキラしいが、明らかに暴力的な絵面だった。
 実際には、床や壁に残るダード魔力のもや目掛け、グーパンチが炸裂しただけなのである。──その結果、邸内に残っていた黒いもやは、綺麗さっぱり消え去った。
 それどころか、リンナ魔力の影響で輝いてさえ見える。

「くくくっ、そうきたか。俺の予想の、斜め上をいくよなぁ」
「な、何で?だってグーリフ、潰せって言ったじゃん」
「あぁ、言ったな。くくくっ……で、実際に潰れただろ?」
「あ~……、まぁ……そう、だね。何か、思ってたのと違うけど」

 優雅さの欠片もない、物理的解決であった。
 しかしながら、フェリシアの目的は叶ったので、『終わり良ければ』と思えば容認される結果だろう。

「と、とにかく行くよ、グーリフ。兄様たちを追い掛けないと」
「ん?だが、放っておいても大丈夫だと思うぞ?」
「ダメなのっ。シアが連れ込んだタイが原因なら、シアが解決しなきゃだよ。丸投げは時と場合によるんだから」
「そうか。フェルは今回、違うと思うんだな?分かった。俺はフェルの意思に添おう」
「あ、ありがと、グーリフ。ごめん……。何だかいつも、超面倒掛けてる感じだけど……」
「気にするな、フェル。俺はこれでも、俺のやりたいようにしているつもりだ」
「……あの、シア様」

 グーリフと会話が盛り上がっていたフェリシアは、すっかり忘れていた。──常に己の周囲には人がいるという事を。
 ギギッと音がしそうな強張った動作で振り返ったフェリシアは、困惑したようなミアの姿を見て、更に脳内がパニックになった。
 どれだけグーリフ魔獣と話していたか。それが普通・・でない事は分かっていた筈なのに、タイと兄弟の戦闘に混乱し、冷静さを失っていたのである。

「え……っと……、な、何かな……ミア」

 応じつつも、自然と視線がミアから横へれてしまう程に、明らかな己の動揺が現れていた。
 けれども冷や汗まであふれてくる現状は、既にフェリシアの理性ではどうしようもなくなっている。

「シア様………………素敵ですっ。さすがリンナの申し子ですねっ。あのしき禍々まがまがしい気配を、即座に消し去る事が出来るだなんて、神々に愛されし至高の御方おんかた相応ふさわしいですっ」

 パニックのフェリシアをよそに、ミアは祈るように両手を胸の前に合わせ、しかしその瞳はキラキラと期待するかのように輝いていた。
 ミアの過度なフェリシアびいきは、マイナス方面の事項をまるっと・・・・認識しないようである。しかも何故か、言動が宣教師のごとく、大袈裟に誇張されていた。
 フェリシアは、顔が先程とは違う意味で引き吊りそうになるのをこらえつつ、必死に笑みを浮かべようと試みる。

「あ~……、ダメ元でやってみたけど、消えて良かったよ、うん」
「またそのような御謙遜をっ。その御小さい御身体に、どれ程の秘宝が込められているのか。……あぁ~、このミア、貴女様に出会えた事の喜びに日々うち震えておりますが、このたびはもう、本当に昇天しそうな程に……あああああっ」

 だが、ミアにフェリシアの苦心は伝わらなかった。
 一人、己の身体を包み込むように抱き留め、恍惚こうこつとした表情で天を仰いでいる。

〈え……、マジ?〉
〈くくくっ、面白いなぁ、あの鳥〉
〈いやいやいや、放っておいて大丈夫なの?!何か、目がイッちゃってるんだけど?!〉
〈なぁに、問題ないさ。フェルのリンナの魔力に当てられただけだ〉
〈って、それもどうかと思うんだけど?!えっ、リンナの魔力にそんな効力があるの?!〉

 冗談ともつかないグーリフとのスキル【以心伝心】テレパシーだったが、一人身をよじっているミアをそのままに、グーリフは構う事なく、空いた穴から外へ出ていった。
 勿論、背にはフェリシアが乗っている為、必然的にミアだけを屋内に放置となる。

〈まぁ、鳥は放っておいても構わないさ。今はフェル、ガキ共が気になるんだろ?〉
〈あ、そうだったっ。兄様達、無理しないと良いんだけど〉
〈本当に、フェルは優しいよなぁ。アイツ等も、あの影使いに劣る訳ではないんだぞ?〉
〈それでも色々と心配だって。そもそもタイだって、シアが連れて来なければこんな事には……〉
〈待て、待て。そう、自分を責めるなっての。だいたい、フェルが連れ帰って来なくても、リスはここに侵入してきただろうなぁ。……あれは血の臭いが強い〉
〈へ……?〉

 グーリフの慰めから続けられた言葉に、フェリシアは驚きを示した。
 けれどもその返答をもらう前に、激しい激突音が耳を突く。既に現場へ到着していたようだ。
 そしてそれは、フェリシアが想像していたよりも凄まじい戦闘であり、かつ、三対一にも関わらず、タイの攻防は押し負けていない。
 激しくぶつかる剣戟。それは火花まで見える程で、フェリシアが思う、子供同士の剣術とはまるで違った。これで『E』レベルである。
 短剣を持ったガウリイルとエリアスが、タイの持つ黒い刃物──湾曲に反り返った剣──と打ち合わせた。
 その隙に脇から、マルコがサジルの魔力を使い、レイートの槍を放つ。けれどもそれは、タイの周囲に揺らめく影が腕のように伸びてきて、ガキッと激しい音を立てつつ叩き折られてしまった。
 それでも続けられる、双方の攻防。

〈な……、何これ……。こ、こんな、まるでゲームの戦闘シーンのような……。え?マジで?ワイヤーアクションとかCGとか、そんなんじゃないよねっ?!〉
〈わいやぁ、とか、しいじぃ、とか分からんが、とりあえずこれは本物だぞ?当たれば肉体が損傷するし、最悪死ぬ事もある〉

 あまりにも激しい戦闘シーンを目の当たりにして、フェリシアは困惑と恐怖に顔をひきつらせる。
 グーリフは、時折飛んでくる石礫いしつぶてを己のネアンの魔力で難なく叩き落としつつ、戦況を見ていた。
 確かに、互いにまだ成長しきっていない、細く幼い子供。明らかに力だけでみれば、筋骨粒々の大人には敵わないだろう。
 この世界の強さは、フェリシアの想像するレベルとは格が違うようだった。

〈とにかく、あのダードの魔力は強力だな。加えて、リスの動きも洗練されている。見るからにあれは、暗部の世界に身をおいて長いだろうな〉
〈ちょっ、呑気にそんな感想なんていらないよ?!グーリフ、あれ、どうにかしてよっ〉
〈待て、フェル。今、首を突っ込むのは……〉

 いてもたってもいられず、フェリシアがグーリフのたてがみを強く引く。
 普段から鞍などがない状態で、一心同体のごとく二人は共にいるのだ。この程度の事は常であり、じゃれあいの一種なのである。
 しかしながら、今回は違った。
 まるで待ちわびていたかのように、グーリフの意識がフェリシアに向けられたその時を狙われる。突如として地面から飛び出す、黒い筋状の物質が二人に襲い掛かったのだ。

「チッ!」

 即座にグーリフは、ネアンの魔力でそれを跳ね返そうとする。だが、網のように広げられたそれは目が粗く、ネアンを易々と交わしてしまった。
 そして意思ある動きで、グーリフを大きく取り囲み、半球状に大地へ根を張ってしまう。

〈えっ……、えっ?何、これ~っ!〉
〈……フェル。スキル【以心伝心】テレパシーで叫ぶのは、勘弁してくれ。頭に直接響くからよぉ〉

 目の前で兄弟達の戦闘は続いているが、グーリフとフェリシアは囚われの身となってしまった。
 まさに、鳥籠とりかごに入れられたようなものである。グーリフの巨大な馬体が体当たりしたところで、びくともしなかった。

〈あ~……、捕まった?〉
〈そうだなぁ。少し不味いかもしれんなぁ〉

 唖然としつつ、フェリシアはグーリフに問い掛ける。しかしながら、それに応じるグーリフは、あっけらかんとしたものだ。
 危機感がフェリシアに伝わって来ない。
 つまりは、その程度という事か。

〈ちょっと無理をすれば出られるんだね?〉
〈まぁ、な〉
〈ん。じゃあ、このままは気分良くないから、シアが頑張っちゃおうかな〉
〈くくく、フェルの方が穏便に実行可能か?〉
〈え?……分かんないけど、この檻の材質って、影……ダードでしょ?〉
〈そうだな〉
〈んじゃ、問題ないかな~〉

 フェリシアに特別知識がある訳ではないが、本能的に感じる優劣はこの世界の『真』だった。
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