上 下
24 / 60
第1章──幼年期1~4歳──

024 疎外感はダメージ大?

しおりを挟む
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ところで中将、こちらはとある筋からの情報で、私が独自に調べさせて頂いた例の件に関する報告です」

 そうして、一枚の書類をヨアキムに差し出すベルナールである。
 子供達を見送って静かになった執務室で、ようやく仕事モードになったヨアキムは、黙ってその書面に目を走らせた。しかしながら、その視線は徐々に鋭くなっていく。

「何だ、これは」
「報告の通りです」

 ヨアキムの地を這うような声音にも、ベルナールはいつものように澄ました表情を崩さない。──元より、彼が怒りを覚えると予想していたからこそだろうと思われた。
 報告の内容は、フェリシア誘拐事件の詳細である。これまでも有力な商家や、軍部の重要ともいえる人物の子息令嬢が少なくない数、かどわかされていた。
 更にここ数年はそれが酷く、名のある家々の者達は、各人に護衛をつけるなどの対処に追われていた程である。

「ぐぬぅ~……まさか、変化の魔法液シハー・リュイドもちいての誘拐、売買をしていた等と……」

 牙を剥き出して唸るヨアキムは、それが他者ばかりではなく、己の娘にまで及んだ事により苛立ちを募らしていた。
 魔法薬の一種である変化の魔法液シハー・リュイドは、強制的に使用者の体格を変化させる為、なかば命を削るようなものである。尚更、それを年端もいかない幼い子供に使われた事もあり、今回救出された被害者達の多くは、いま解呪の魔法液シルア・リュイドを使えずにすらいた。
 理由は簡単である。解呪する事にすら、その身を引き千切られんばかりの苦痛を与えてしまうからだ。

「しかし、御息女は無事、ヒト型に戻れて宜しかったですね」
「……うむ」

 ベルナールの言葉に首肯するも、ヨアキムは腑に落ちない。
 マルコの強い薦めで、ミアをフェリシアの治療に当たらせた。だが、実際に中で何がおこなわれたかは知らされず、娘の無事な姿にその場を誤魔化された感がある。
 後々ミアにも直接聞いてみたものの、彼女自身は体力の回復をしただけであるとの事だった。
 肝心のマルコは【神託】があったのだとだけ言い、それ以上の仔細については、一切口をつぐんでいる。

「犯罪組織の方は、いま大本おおもとに辿り着けてはいませんが、亜人族の動向を伺いつつ、ホーチュメディング少将に監視をつけております」
「あぁ、そうしてくれ。……ところで、本当にあれらの動物達は、誘拐された被害者なのか?」
「はい、信じがたい事ではありますが。実際に家族達に対面させたのですが、その反応は明らかに動物と異なりました。さすがにいくら仕込んだとしても、獣にヒトの生活様式全てをマスターさせられはしないでしょう」

 ベルナールは、自身の捜索部隊からの疑問を解消させるべく、発見された動物達全てに実験を受けさせていた。
 動物としては──いくらか知能がある猿は別かもしれないが──、四つ足で歩くような獣に対し、カトラリーの使い方やトイレなどの使用方法を見たのだ。勿論、獣の手足で出来る事は限られているが。
 それは生活道具だけではなく、ヒトとして生きていたならば必ず使う魔道具に至るまでである。相手が子供といえども、姿が異なるのだからやむを得なかった。──それには家族も了承しており、勿論本人達の承諾も得ている。
 言葉も話せず、一見いっけんしてただの動物である彼等だ。けれども接していれば、普通の動物とは異なると分かる。
 そして結果的に、捜索部隊が救出した動物全て、誘拐された被害者だと家族達にも認めさせたのだ。

「さすがと言うか、何と言うか」
「子供は上は十歳から、下は五歳まで。その年齢でしたら、当たり前に身の回りの道具は使いこなせている筈ですからね。ラングログ中将の御息女だけ、孵化したばかりという異例です。あ、彼女の場合は、銀狼である事が功を奏しただけですね。月が出ていて良かったですよ」

 若干苦い顔をしたヨアキムだが、ベルナールは事も無げに告げる。
 いつも目にしているヨアキムの色を、暗がりとはいえ、月明かりの下で見間違える筈もなかった。勿論、そんな事を口にはしないが。
 ヨアキム自身、誘拐される前にフェリシアと対面したのは、抱卵室の一時ひとときだけだ。もし獣型の彼女と出会ったとして、有りがちな色を纏っていたとするならば、動物と区別がついたか自信はない。
 いくらフェリシアの匂いをさせていても、通常、ヒトは獣型になりはしないという固定観念が邪魔をするのだ。

「ところで、お散歩・・・で打ち解けられましたか?」

 溜め息をついて背凭れに身体を預けたヨアキムに、ベルナールは容赦なく追求する。
 そもそも共に過ごす時間サッドのなさと、娘への接し方が分からず、戸惑っていたヨアキムだ。そこへ更なる追い打ちでの、フェリシア誘拐事件。
 帰ってきた娘は見ず知らずの男──正確には魔獣にとられ、容易に近付けなくなってしまっている。

「もう俺、泣いちゃいそうだ」
「やめて下さい、みっともない。そもそも、相手はまだ生まれて間もない幼児です。共に食事を取るなり、いくらでも接し方はあるでしょう」
「いや、そうは言うが……。侍女の話じゃ、ミア以外が近付くと魔獣が怒るらしい。それに、食事の時間サッドは大抵寝ているらしく、フェルの食事はミアが与えているとか」
「完全に疎外されていますね、それ」
「だろ?まぁ俺だけじゃなく、息子達も同じようなものらしいが」

 何とも情けない家族であると、ベルナールは小さく呟いた。あいにくと、項垂れているヨアキムには聞こえなかったようであるが。
 しかしながら、ベルナール自身、家族仲は悪くもないが良くもない。基本的に力ある者はそれなりの地位についている為、家族といえども共に過ごす時間サッドは少ないのが当たり前だった。

「奥方はどうされているのです?」
「あぁ、ナディヤは医療部に毎日のように行っている」
「そうでしたね、リンナの魔力持ちでいらっしゃいました。今は誘拐被害者の救助に向け、解呪の魔法液シルア・リュイド以外の治療法の模索中であると報告を受けていました」
「元々、ナディヤは医療部にいたしな。俺も、ベルナールから動物化されたという被害者の話を聞く前は、また魔道具の製作でもしているのかと思っていた」

 守秘義務の観点から仕事事情を家で話さない為、互いに何をしているのか詳しく知らないのがヨアキムの普通である。
 そしてナディヤは、魔道具の力の源である魔法石──魔核の化石──の取り扱いにけていて、魔力の素質も三種持ちというレアな存在だ。結婚して引退したとはいっても、いまだ勧誘されているし、リンナの魔力持ちもそうそういるものでもない。

「そうですか。では後はもう、御息女に嫌われないようにすべきですね。甘い顔ばかりではいけませんが、何かをいる時には、言葉で説明をして納得させなくてはなりません。一個人として接してあげてください。これは、私が年の離れた妹に対処する時の心構えです」
「あ~……、そういえばいたな、妹。うん、参考になる」

 ベルナールは元より──ヨアキム以外には──物腰の柔らかなタイプだが、これは兄妹における年齢差から構築されてきたようだ。
 対してヨアキムは男兄弟に囲まれ、更には脳筋が多い軍部で苦もなく生きている。女人に対して免疫がないのも、仕方のない事でもあった。

力業ちからわざが通用するのは同性に対してのみですから、『オラオラモード』は極力避けてください」
「お、おぅ……、善処する。フェルに嫌われたら俺、絶対生きていけない」
「……全く、中将ともあろうお方が。とりあえず、部下の前だけは体裁を保って下さいね。私が取り繕うのも限度がありますので」
「わ、分かってるよ……」

 二人きりであるだけに、ベルナールはいつもよりもヨアキムに容赦がない。けれどもその距離感は、ヨアキムにとって心地好いものだ。
 裏も表もなく、ベルナールを一番信頼が出来る。軍部でそれなりの地位にいるヨアキムにとって、周囲は全てが警戒すべき存在だ。
 勿論、部下は部下として、上官は上官として信頼してはいるが。払い落としに来るものは、一定数はいるものである。

「とにかく、フェルとの時間サッドを作らないとな」
「そうですね。それでは、これらの書類の確認を終えたら、本日は終了です」

 そうしてベルナールから示されたは、少し頑張った程度では到底なくならない高さを誇っていた。
 ヨアキムは思い切り情けない表情を浮かべるが、残念ながらそれ以上の山がベルナールの執務机にある事を視線の先に見つけ、顔が強張る。

「わ、分かった」
「えぇ、素直で宜しい事です」

 補佐官であるベルナールの机にあるという事は、それらは結果的にヨアキムの仕事にも繋がってくるのだ。
 とりあえず少しでも現状を片付けておかなくては、更に酷い事になるのは考えなくても分かる。机上の仕事が苦手だなんだと言っている場合でもなく、少しでも時間サッドを作りたいならば努力するしかないのだ。
 ヨアキムは一番上の書類に手を伸ばす。しかしながら、その文字は独特の筋と化していて、読み進めるだけでも眉間にシワが寄ってしまう程だった。

(酷い……。嫌がらせのようだ……)

 内容を理解させる気がないのか、書いたぬしは、かなりの角度で性格がひねくれているようである。
 しかし、ヨアキムが助けを求めて視線をベルナールに向ければ、真顔で書類と対面している姿が映った。そしてベルナールは、ヨアキムの数倍の速度で処理を進めていく。

(頼めない……、か)

 ヨアキムは諦めたように大きく溜め息をき、そして改めて暗号のような書面の解読にいそしむ事にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。 誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。 そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。 剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。 そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。 チートキタコレ! いや、錆びた鉄のような剣ですが ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。 不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。 凸凹コンビの珍道中。 お楽しみください。

虐待して監禁してくるクソ親がいるので、仮想現実に逃げちゃいます!

学生作家志望
ファンタジー
かつて、主人公の父親は国王だったが、謎の失踪を遂げ、現在は主人公の母親が女王となってこの国の政治を任されている 表向きは優しく美しい女王、カンナ・サンダーランド。 裏では兄を贔屓、弟の主人公を城に監禁して虐待しまくるクソ親。 子供のころから当たり前になっていた生活に、14歳にもなって飽き飽きしてきた、主人公、グラハム・サンダーランドは、いつもの通り城の掃除を任されて父親の書斎にやってくる。 そこで、録音機が勝手に鳴る、物が勝手に落ちる、などの謎の現象が起こる そんな謎の現象を無視して部屋を出て行こうとすると、突然、いかにも壊れてそうな機械が音を出しながら動き始める 瞬間、周りが青に染まり、そこを白い閃光が駆け抜けていく────── 目が覚めると...そこは俺の知っているクルパドックではなく、まさかのゲーム世界!? 現実世界で生きる意味を無くしたグラハムは仮想現実にいるという父親と、愛を求めて、仲間と共に戦う物語。 重複投稿をしています! この物語に登場する特殊な言葉 オーガニゼーション 組織、ギルドのこと 鳥の羽 魔法の杖のこと

元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん
ファンタジー
元エリート (?)銀行員の高山左近が異世界に転生し、コンサルタントとしてがんばるお話です。武器屋の経営を改善したり、王国軍の人事制度を改定していったりして、異世界でビジネススキルを磨きつつ、まったり立身出世していく予定です。 元エリートではないものの銀行員、現小売で働く意識高い系の筆者が実体験や付け焼き刃の知識を元に書いていますので、ツッコミどころが多々あるかもしれません。 もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。

妻が森で幼女を拾い、我が家の養女に迎えました。

黒炎 瑠懿
ファンタジー
俺、レオン・グラッセは妻のユリアと一緒に森の中でハイキング(狩猟)を楽しんでいた。そんな時、ユリアは小さな少女が倒れているところを発見。 体は病魔に侵されてはいるものの、灰銀色の髪に片方は濃いアメジストの瞳もう片方は包帯で見えないが、かなりの美女になるだろうと思われる。そんな少女にユリアが一目惚れ? 家に連れて帰り、大きな屋敷で家族と秘密と少しの勇気と共に少女が幸せになっていくお話。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

神獣に転生!?人を助けて死んだら異世界に転生する事になりました

Miki
ファンタジー
学校が終わりバイトに行く途中、子供を助けて代わりに死んでしまった。 実は、助けた子供は別の世界の神様でお詫びに自分の世界に転生させてくれると言う。 何か欲しい能力があるか聞かれたので希望をいい、いよいよ異世界に転生すると・・・・・・ 何故か神獣に転生していた! 始めて書いた小説なので、文章がおかしかったり誤字などあるかもしてませんがよろしくお願いいたします。 更新は、話が思いついたらするので早く更新できる時としばらく更新てきない時があります。ご了承ください。 人との接し方などコミュニケーションが苦手なので感想等は返信できる時とできない時があります。返信できなかった時はごめんなさいm(_ _)m なるべく返信できるように努力します。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

竜神に転生失敗されて女体化して不死身にされた件

一 葵
ファンタジー
俺、遠野悠斗は平凡な日常をそれなりに受け入れていた。そんなある日、自分の誕生日にほんの些細なご褒美を買ってご機嫌に帰る途中、通り魔に襲われそうになっている女性を見つける。とっさに庇う俺だったが、通り魔に胸を突き刺され、気づけば巨大な竜が目の前にいた!? しかもなんか俺女の子になってるし!? 退屈を持て余した封印されし竜神と、転生失敗されて女の子にされた俺の織り成す、異世界満喫ストーリー!  皆様のおかげでHOTランキング13位まで登ることが出来ました。本当にありがとうございます!! 小説家になろう様、カクヨム様でも連載中です。

処理中です...