説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

023 もふもふになりたかったわけじゃ

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<うん、うん。皆、綺麗な馬さんだねぇ>
<あぁ、そうだな。金持ちらしく、ぼうも手入れが行き届いていたぜ>

 ほのぼのとしたスキル【以心伝心】テレパシーの会話をグーリフと交わしながら、フェリシアはきょうだい達の馬を再度観察する。
 グーリフと違い、普通・・の動物は『生物科』という種別だ。魔獣属は『魔核科』という種別であり、その身の内の何処かに魔力を有する核がある。
 フェリシアは少しずつではあるが、この世界の生物バランス等の知識を、スキル【神の眼】説明書で学んでいくのだった。
 しかし、グーリフの言った『金持ち』という単語を思い出し、フェリシアは溜め息が出そうになる。これはあくまでも、生まれた環境が良かっただけ。そう──『運』なのだ。
 まだこの世に誕生してから間がないが、それでも現在の自分の環境が、かなり恵まれているものだとフェリシアは気付いている。

<ねぇ、グーリフ>
<んあ?何だよ、急に改まって>

 それまでの楽しげな雰囲気から一転、フェリシアの固い表情にグーリフは気付いたようだ。けれどもフェリシアは、あの誘拐された時へ意識が向いている。
 薄暗くて狭い、様々な臭気が立ち込める空間。あの場所には、フェリシアとグーリフ以外にも、たくさんの生物がいた。あれらがヒトであろうがなかろうが、己の意思に反して連れてこられた事は明白である。
 フェリシアはグーリフによって、『運良く』救出された。けれどもあのまま時が過ぎれば、何らかの『幸福ではない』未来が待ち受けていたと推測される。

<この世界って……生きづらい?>
<は?何だよ、突然>

 唐突なフェリシアの問い掛けに、グーリフがヒトであったならば、眉根を寄せていただろう。
 あいにくと馬面うまづらである為、判断がつきにくくあったが。

<うん……。力がなければ、生きていくのは大変なのかな、って>
<まぁ~……、そうだな。俺は魔獣属だから、ヒトの世界は詳しく分からねぇけど。ヒトの集落の外では、簡単にその命を散らす。それはヒトも魔獣も関係なく、等しく平等だ。まぁ、フェルは俺が守るがな>
<等しく平等、かぁ。うん、そうだよね。ここはグーリフがいる、シアの世界だもんね。分かってたけど、分かってなかったよ>
<何言ってんだよ、フェル。難しい事ばかり言ってっと、そのふさふさの尻尾を………………。何で獣化してんだ?>
<ほえ?>

 フェリシアの質問に、グーリフはそれまでの短くはないせいを振り返ったようだった。
 聞いた話では、フェリシアのソウルメイトになる前、グーリフの力は強くはなかったらしい。この大きな体躯をもってしても、世界は優しくないようなのだ。
 しかしながら、それよりも最優先される気になった点は、グーリフからの指摘事項である。『獣化じゅうか』と彼は告げたが──フェリシアは改めて自分の手を確認し、驚きに目を見開いた。
 それは、明らかにヒトとは異なる形。

「ちょ……、シア!どうしたのですか!?」
「シアっ?!」
「ふさふさ……」
うるさい、黙れ!……大丈夫か、フェル。良いか、落ち着けよ?」

 何やらきょうだいの叫び声──と、それを制する為のグーリフの怒声となだめるような声──が遠くに聞こえるが、フェリシアの耳には、異常な程に早い己の鼓動が大きく響いていた。
 現状を把握しようと、フェリシアは混乱して鈍くなる頭を振る。四肢で立っている為か、尾の先端まで震わせても、体勢を崩す事はなかった。
 そしてグーリフの大きな背中は、フェリシアが体を振るわせる程度ではびくともしない。

(落ち着け、シア、落ち着け、落ち着け……。と、とりあえず何が起きた?獣型になっているって事は、また変化の魔法液シハー・リュイドか?……いや、でも痛くなかったし……)

 フェリシアは先程までを振り返るが、苦痛を感じはしなかったし、何の前触れもなかった事に思い至る。──そうであれば、原因は他にある筈だ。
 そして視界の端に、初めてではない表示を見つけ、ガックリと項垂れる。

『能力値を補正』
≪スキル……【神の眼】【天使の微笑み】【以心伝心】→【神の眼】【天使の微笑み】【以心伝心】【獣化】≫

 またしても、フェリシアの能力が知らない内に上方修正されていた。
 ガウリイルから聞いた話では、フェリシア達ヒト科は形態変化が出来ない。それに比べ、亜人科は二種類の形態を持っていて、獣ベースや爬虫類ベース等様々な種族としての形になれるのだ。

<大丈夫か、フェル>
<あぁ~……、うん。シアってば、また新しく【獣化】スキルついちゃった>
<は?………………ったく、毎度の事ながらすげぇな。この世界はフェルに優しすぎんじゃね?>
<ははは……。それ、シアの管轄外だもん>
<くくく、確かにな。でもまぁ、貰えるもんは貰っとけ>
<うんっ>

 これがどれだけ異常な事なのか、フェリシアには判断がつかない。しかしながら、グーリフと一緒であれば、たいした事ではない気もするのだった。
 そんなスキル【以心伝心】テレパシーの会話のやり取りをしていたフェリシアとグーリフだが、見守る側の心労は計り知れない。

「ど、どうなっているのですか。シアが……獣化?え……っ?!」
「そんなのぼくに分かる筈がないよ、兄様。とりあえず、今はあの魔獣と、何か凄く楽しそうってのは分かるけどね」
「シア、もふもふ。可愛い」
「あ、それならわたしにも分かります。素敵に銀色に輝いて、あぁ……あのふわふわに顔をうずめたいです」
「うわっ、出たよ、兄様の動物好き。そんな事をシアの了承なしにやったら、確実に嫌われるからね?しかもセクハラ」
「シアは、どんなシアでも可愛い」
「「それ、当たり前」です」

 ガウリイルとマルコ、エリアスの三者三様のコメントだ。総じて、フェリシアが可愛くあれば良いといった結論に落ち着いたようである。
 そんな己を取り巻く周囲に、フェリシアはようやく気付いた。やってしまった感があるものの、既に後の祭りではある。
 大きく深呼吸をし、フェリシアは開き直る事にした。そのまま元のヒト型に戻り、きょうだい達へスキル【天使の微笑み】を発動する。

「えへっ」
「「「可愛い」な」です」
「ちょろいな、フェルのきょうだい」

 グーリフのあきれ満載のコメントなどは、今のフェリシアは完全スルーだ。
 とりあえずのところ、着ていた服もそのまま身につけているようで、フェリシアはそれにもホッと胸を撫で下ろす。
 今は思い切り幼児なので、裸体をさらしたところで──極一部の特殊な性癖を持つ者を除き──問題はないと思えるが、将来的にはかなり困るのだ。フェリシアの『記憶』での性別は今と違うが、仮に男であっても嫌だと断言出来る。
 風呂でもないのに、外で肌を──しかも他者に見せる趣味など、フェリシアは持ち合わせていないのだ。

「兄様達、駆けっこする?」
「「「する(しま)」さ」す!」
「くくく、よりによって駆けっこ……。乗馬での意味だろ?」
<勿論、当たり前じゃん、グーリフ>

 フェリシアのスキル【天使の微笑み】によって魅了されてしまっている為、ガウリイル他の面々に異存はないようである。もっぱら突っ込み役はグーリフだが、彼もフェリシアに異を唱えるつもりは毛頭なかった。
 常歩なみあしから速足はやあしに移行するグーリフに続けとばかりに、ガウリイル達も馬を操る。それぞれ、馬の腹に足が回っている訳ではないが、その扱いはたいしたものだ。

<へぇ……上手いね、皆>
<そうだな。良く指示を聞いている>

 観点はフェリシアとグーリフでは違うようだが、互いに誉めているのは同じである。
 勿論、フェリシアがしているのは『乗馬』とは異なり、グーリフの守護によってその場にいるのだ。その為、はっきりいって寝ていても落ちる事はない。
 グーリフは、他の馬達を試すかのように馬場内を軽く回っていたが、大きな馬体には狭すぎた。

<ふふふ、物足りない感じだねぇ、グーリフ>
<まぁな。かといって、俺が本気で走る訳にもいかねぇだろ>
<だよねぇ~。ありがとう、グーリフ>

 フェリシアはグーリフにスキル【以心伝心】テレパシーの会話で話し掛ける。けれどもあおる事が悪手なのは分かっている為、逆にこれに付き合ってくれているグーリフに感謝を返した。
 本来なら生命の危険がなければ、己をセーブする必要のない魔獣である。それをこうして、フェリシアと共にいる事で抑圧的な環境に甘んじているのだ。
 そして獣化出来るようになった彼女自身もまた、恐らくはそれを秘する事で、ヒトの世で生きていかなくてはならないとフェリシアは推測する。

(シアはまだこの世界の事をほとんど知らないけど、力があるからこその鬱憤もあるんだよねぇ)

 内心で愚痴ったところで、今のせいが恵まれている事も察しているフェリシアだ。
 これ以上贅沢を言ってはダメなのだと理性は訴えるが、せっかく異なる世界に生まれたのだから自由に飛び回ってみたいとフェリシアは思っている。

(自由を得る事が可能かどうかの問題は別として、一先ひとまずシアの成長が必要不可欠だよね。一歳児じゃ、何を言っても無駄だもん)

 若干項垂うなだれつつも、フェリシアは自由を得る為に何をするべきかを考えた。
 一に成長、二に知識。長女とはいえ、四人目の子供ともなれば、多少の選択の余地があると思いたいフェリシアである。

<何だ、フェル。また面白そうな事を考えているのか?>
<えっ、マジで?シアって、何か企んでそうな顔してる?自分で自分の表情なんて見えないから、そんなんだったら困る~>
<くくくっ、そうじゃねぇよ。第一、俺はヒトじゃねぇから、表情なんてぇのは分からん。だがな、何となくだが、フェルの感情が伝わってくるんだ>
<マジでか。これ、グーリフに対して悪巧みが出来ないって事?>
<何だ、フェル。サプライズでもしてくれんのか?>
<……サプライズ、知ってるんだ。ってか、こっちにもあるのね>

 馬場内を回りながら、フェリシアとグーリフはスキル【以心伝心】テレパシーの会話で、そんな穏やかともいえる会話を続けるのだった。
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