説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

022 柔軟な対応が出来ない

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「な、何だってこんな事に……」
「どうしたの、ガウ兄。あ、マル兄もエリ兄も、久し振り~」
「あ、あぁ、シア。一ワイア間ぶりだ。思ったよりも元気そうで、少し安心した」
「ん、おれも。安心」

 目を見開き、硬直しているガウリイルの呟き。フェリシアは、小首をかしげながらそれに問い掛けつつ、後ろにいた他の兄達に手を振った。
 マルコは、本来あるべき魔獣の危険性を全く感じていない様子のフェリシアに対し、戸惑いながらも言葉を返す。エリアスはこの場に違和感を感じていないのか、言葉少なに頷いている。

「この場で混乱しているのは、ガウリイルだけのようだな。さすが、マルコは柔軟な考えをしているようだ。エリアスは……いつものエリアスだよ、うん」

 大人が一人の現状で、ヨアキムは客観的に観察していたようだ。
 実際は息子達が魔獣へ対し、即座に敵対行動に出なくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろしている。
 屋敷内に侵入した襲撃者に対し、ヨアキムは彼等の好きにさせていたからだ。排除方法に口を出したりしないし、仮に息子達が怪我をしても、その処置まで含めた全てを任せてある。
 その他、必要な物資については全て、執事のノルトに言うようにしてあった。ノルトからは、特別おかしな報告もなかったと、ヨアキムは記憶している。
 これはラングロフ家の特殊な血統が原因だが、強くなければ生き抜けない──実力主義のこの国では、至極当然の事だった。そして『実力』とは、物理的な力だけではなく、頭脳面も関係している。

「父様、うるさいです。何故そのように冷静でいられるのですか」
「あ、俺に逆ギレ?待てよ、ガウリイル。言っとくけどあの魔獣はな、フェルに危害を加える事は絶対にない。そして今、フェルが一番気に入っている。以上だ。文句あるか」
「………………シアが」
「何て単純明快な言葉なんだろうね、父様。シアが気に入っているなら、それで十分だよ」
「ん。おれもそう思う」

 ガウリイル以外の息子達は、『シア至上しじょう』で良いと判断したようだ。ヨアキム自身も、これ以上フェリシアから嫌われたくはないのが本音である。
 窓の外ではこちらの意図が伝わっていないようで、相変わらず小首をかしげているフェリシア。──可愛い。
 魔獣グーリフは、それらのやり取りを、なかあきれたように見ているようだった。

「ガウ兄。グーリフ、嫌い?」
「あ、いや、そ、そんな事はなくて……ですがっ」
「じゃあ、グーリフと仲良ししてくれる?」
「も、ももも勿論ですよ、シア」

 微妙な空気を察したのか、フェリシアは上目遣いでガウリイルに問い掛ける。──いや、これは誘導尋問だ。完全にガウリイルは、フェリシアに都合の良い答えを言わされている。
 これはヨアキムでも気付いた事なので、視線を向けた先では、マルコがわずかに眉根を寄せていた。
 今回は相手がフェリシアだから良いのだろうが、完全に後々のお説教コースであると、ヨアキムも予想がつく。

「ありがとう、ガウ兄っ」
「ふふふっ。シアのお願いを、このわたしが断る訳がないではありませんか」
「……兄様、調子に乗りすぎ。ダメなものはその時にきちんと言わないと、後々シアが困るんだ。ぼくとしても今回は良いけど、そんな簡単に言質を取られてどうするの。自分の首を絞めたいの?マゾなの?」
「や、やですねぇ、マルコ。そんなつもりはありませんよ」
「ねぇ、『マゾ』って何?」
「あ、あぁ……。それはだな……」

 にこやかなフェリシアと、それに対し全てを認めてしまい兼ねないガウリイル。マルコはダメ出しをして、いつものように痛い言葉を投げ付けていた。
 エリアスに至っては、そんな事など関係ないとばかりに、聞き慣れない単語をヨアキムに問い掛ける。応じるヨアキムも苦笑いだ。

「何やら、賑やかですね」

 そこへ現れたのは、ヨアキム的救世主、ベルナールである。
 執務室の扉が開け放たれている為、そのままノックをしたようだが、どうやら誰も気付いてくれなかったようだ。──右手がそのまま、ノックをしただろう状態で停止している。

「あ、ベルナール」
「補佐官殿、お疲れ様です」
「こんにちは」
「ちは」

 ヨアキムの後に、ガウリイルとマルコ、エリアスの挨拶らしきものが続いた。窓の外では、フェリシアがこちらを伺っている。
 ベルナールは一通り見回し、状況判断をしたようだ。いつものようにヨアキムの執務机へ歩み寄り、追加とばかりにかかえていた書類を未処理置き場におく。──ヨアキムの顔がわずかにひきつったのは、仕方がない事だった。

「皆様がこちらで御揃いとは、珍しい事もあるようですね」
「あぁ、まぁ……そんな感じだ。それよりも、呼び出しの件は良かったのか」

 ヨアキムは、ベルナールの問いに苦笑いで返す。そして戻ってきたのだからと、出掛けていた用件が問題なかったのかを確認した。
 呼び出しの相手は第3師団の情報担当でもある、ユグ・ミククス第2大隊少佐である。黒髪で、天に向かって伸びた弓形の尖った角を持つ、スイギュウ種。筋肉質の大柄な肉体を持つが、細かな気配りが出来る、見た目に反して繊細な男だ。

「えぇ、例の件を調査させていましたので、その定期報告でした」
「……そうか。後で聞こう。ではお前達は、外で遊んできたら良い」
「うわぁ、追い出しにかかったよ。大人って、こういうところが卑怯だよな」
「……仕方がないですよ、マルコ。許可が出たのですから、わたし達はシアと外に行きましょう」
「ん。おれ、シアと遊ぶ」

 言葉を濁したベルナールから、ヨアキムは子供へ聞かせるべきではないと判断する。
 それに、フェリシアと会えなかった事で執務室に乗り込んできたのだからと、まとめて娘の元へ行かせる事にした。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「フェル。兄達といるんだぞ」
「え……。まぁ、遠吠えが聞こえたから来ただけだし。うん、別にシアは父様に用事はないし。分かった。グーリフ、行こう」
「くくくっ、少しは心配だったくせに」
<ちょっと、グーリフ。シアが反論出来ないじゃん、図星過ぎて>
<素直で可愛いなぁ、フェル。んじゃあ、フェルの兄弟達と遊んでやるか>
<うんっ。あ、でも、相手は小さい子だからねっ>
<くくくっ……小さい子、かぁ>

 退室する息子達を見送った後、ヨアキムは窓の外へ視線を向け、フェリシアに告げる。
 指示を受けた事で、わずかに不満そうだったフェリシアは、ふいと視線をらして捨て台詞だ。けれどもそれは、ヨアキムを喜ばせる以外の効果を持たず、逆にグーリフに笑われる。──フェリシアは気付いていないが、ヨアキムの締まりのない顔がその心情を示していた。
 けれどもシアは声で反論する事が出来ず、フェリシアはスキル【以心伝心】テレパシーの会話でグーリフに文句を言うに留めた。
 グーリフは楽しそうに長い尾を揺らしつつ、ヨアキムの執務室を離れていく。彼に至っては、フェリシアと共にあるだけで楽しそうであるが。
 そうして訪れた屋敷の東側。ミアから聞いていたが、ここには馬房から通じている、シア専用の馬場があった。そこには大きな木が陽を遮ってくれる、涼しいテラスも併設されている。
 そして、きょうだい達はそこにいた。

「さすがに魔獣というのは、普通の馬より大きいですね」

 感心したような言葉を向けてきたのは、既に自分の馬に乗っているガウリイルである。マルコとエリアスは、まだそれぞれの馬の横に立っていた。
 フェリシアはグーリフに騎乗したまま、馬場に近付いていく。すると、明らかな体格の違いが分かった。

≪名前……ハヒーユ
年齢……2歳
種別……生物科動物属馬種
体力……-E
魔力……-E【モコ】≫

 ガウリイルの騎乗している馬は、栃栗毛とちくりげ──黒味がかった黄褐色の体が艶やかな牝馬で、馬丁のイーモンが丁寧に愛情をもって世話をしていると分かる。
 けれども体高は大人の肩ほどもないのだから、グーリフと並べば大人と子供の違い程に見えた。

「ふん。俺をただの馬と比べる方がおかしいってんだ」
<まぁ、まぁ。悪い意味で言っているんじゃないと思うから、あまり気を悪くしないでよ。それに、グーリフが凄いって事はシアが知ってる。他の誰に乗せる気もないし、別に他者の評価なんていらないもん>

 ブルルッと鼻を鳴らすグーリフは、ガウリイルのコメントに憤りをみせている。フェリシアはその首筋を撫でながら、スキル【以心伝心】テレパシーの会話なだめていた。
 実際、馬上の六歳児ガウリイルの頭部は、グーリフに騎乗しているフェリシアの視線よりも低い。他の馬達がグーリフを警戒し、小さく体を震わせているのは仕方がない事だった。

「兄様。ぼく達を置いて先へ行くとは、さすがに鬼畜過ぎだよ。共にシアとの時間サッドを過ごそうと、先程約束したばかりだと言うのに。あの言葉は、ぼく達をたばかるものだったのかな」

≪名前……タンド
年齢……1歳
種別……生物科動物属馬種
体力……-E
魔力……-E【バンガ】≫

 憮然とした表情のマルコが、綺麗な栗毛の馬に騎乗しながら近付いてくる。
 乗っている馬は、牡馬にしては肉付きが良く、しなやかだ。つまりこれは、セン馬のようである。

「ガウ兄、マル兄。おれ、置いてく。酷い」

≪名前……セツェス
年齢……1歳
種別……生物科動物属馬種
体力……-E
魔力……-E【ネアン】≫

 青鹿毛の馬に騎乗し、遅れてやってきたのは、エリアスだ。
 ほとんど全身が黒色で、鼻の周辺の一部が褐色である。こちらも、綺麗な牝馬だった。
 魔獣であるグーリフがいてもびくつく事なく、落ち着いたただずまいをしている。既に馬房で顔見知りである為か、危害を加えられないと分かっているようだ。──もしくはエリアス同様、楽観的なのかもしれない。
 何にせよ、低年齢ながらも、きょうだい全員が自分専用の馬を持っているようだった。
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