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第1章──幼年期1~4歳──

011 馬が合う

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 思わず口を開いたまま、目の前を凝視するフェリシア。

「何だぁ?あまりにも俺が素敵で、見とれちまったってか?」
「あ、うん。違っ、えっと……はい」

 楽しげな馬(?)にフェリシアは素直に応じてしまい、ハッと我に返ってから、丁寧語に直した。
 スキル【神の眼】説明書で見る限りでは、彼はかなり年上だからである。

「ふぅん?お前、チビの癖に、ちゃんと教育されてんなぁ」
「ほぇ?あ、いえ……ありがとうございます、親に感謝です」

 突然誉められ、わずかに動揺しながらも礼を返すフェリシア。
 この場合の親は、当たり前に『記憶』の両親だった。──今の親は昨日少し出会っただけだからである。
 夕食時にもいなかったので、二人で仲良しこよししているのだろうと、マルコが言っていた。

「あの……、すみません。不躾ではありますが、幾つか質問しても良いですか?」
「ふん、何だ。暇だから聞いてはやるぞ」

 フェリシアの問い掛けに対して、馬(?)は聞くだけは・・・・・といった具合に返答してくる。
 口調からして見下されているのは感じているフェリシアだが、今のところ情報収集に彼が最適と判断した。

「えっと……。まず初めに、ここは何処か知っていますか?」
「……他には?」

 しかしながら、フェリシアの質問はすぐに流される。
 答える気があるか不明だが、いちいち質疑応答するのは嫌なタイプなのかもしれないと、フェリシアは驚きを隠しながら推測した。
 そして次の質問を促された為、逆に聞くだけ聞いてみようと開き直る。

「では次に、現在の状況です。我々以外にもたくさんの生物が拘束されているようですので、あまり良い結果ではないと推定されますが」
「……次」

 続けた問い掛けもさらりと流されたが、二度目なのでさすがに予想していた。
 この場所は生き物がたくさんいるからか、埃っぽくて臭い。あまり長居すると身体に臭いが移りそうだと思う。
 四つ足の獣タイプである為、フェリシアはお尻を地に付けるようにして座り、彼を見上げていた。
 その状態から、小首をかしげるようにして、これを最後にしようと続けて問う。

「ここ、臭くありません?」
「……ぶっはっはっはっは」

 フェリシアが言い終わり、少しの間を開けてから爆笑された。
 馬でも笑うのかと驚きつつも、初めて表情を崩せたと楽しくもなる。
 けれども大きな体躯で脚を上下されれば、檻に入っているとは言えど、足元のフェリシアにとってはかなり危険だった。

「おいっ、うるせ~ぞっ!」

 突然、怒鳴り声と共に入って来た人物──手に鉄パイプのような物を持っている、黒髪で頭頂部に黒い筒状の耳を持った男。

≪名前……ナッバー
年齢……25歳
種別……ヒト科獣属バク種
体力……E
魔力……E【モコ】≫

「うるせぇんだよ!ドタドタ暴れんなっての!」

 苛立ちを隠す事なく、近くの柱を手にした棒で殴り付けている。そのガンガンと響く音に、周囲の檻から聞こえていた、それまでの騒ぎが消えた。
 けれどもその名前に注視すれば、【賊】と表記されていた。明らかに『敵』である。
 元より、脅しの為に棒切れを振るう事自体が、フェリシアの嫌う『嫌な奴』だ。

「嫌いっ」

 怒りを込めて睨み付ける。自然と腰が上がり、唸る形になっていた。
 それが気に入らなかった『賊1』は、視線を鋭くしてフェリシアに歩み寄ってくる。

「何だよ、チビ犬がっ。ガウガウうるせぇんだよっ。珍しい『色』だからって、お前なんか俺達にしたらただの商売道具だからなっ」

 何故かフェリシアの言葉は伝わらなかったようで、『賊1』は鉄パイプを振り上げた。
 フェリシアは現在、『犬』扱いされ、『珍しい色』だからと『商売道具』らしい。
 それらからこの『賊1』は下っ端で、詳しい情報を知らないのだと推測された。
 けれども状況は変わらず、『賊1』の振り下ろした鉄パイプが檻に──当たる直前、それは回避される。

「やめておけ」

 そんな声に、耳を思い切り後ろに伏せて目を閉じていたフェリシアがハッと顔を上げた。
 目の前には先程の馬のお尻。その向こうには倒れた『賊1』と、床に転がった鉄パイプが見える。
 これは明らかに助けられた状態だ。恐らく、馬の頭頂部の角で跳ね上げられでもしたのだろう。

「ってぇ……。何だ、この魔獣っ」
「おい、何をやっている。商売道具に傷を付けてみろ?お前の首が胴体と『さよなら』すると思えよ?」
「はいっ、すみませんっ。大丈夫です、傷などは付けておりませんっ」

 カッと顔を赤らめた『賊1』が再度鉄パイプを手にしたところで、今度は『壁』の向こう側から静かな制止が入った。
 声音は落ち着いたものだが、それに含まれる悪意は強い。即座に謝罪した『賊1』の態度にも頷けた。
 そしてやはりというか、本当に『商売道具』らしい。──つまりは売り物である。
 フェリシアはもう、それだけで現状を理解してしまった。

「騒ぐなよっ」

 捨て台詞的に言い放つと、『賊1』は『壁』から出ていく。
 どうやら勝手に内部から脱出出来ないように、になるようだ。

「……助けて頂いて、ありがとうございます。それに、色々と分かりました。場所は不明ですが、恐らく賊のあじと。そして売買される為、こうして拘束されているようですね」
「いや……。俺が説明するまでもなかったな」

 状況はあまりかんばしくないが、ともかく助けられた事実は礼に値する。フェリシアはいつの間にか地に付けていたお尻を上げ、深く頭を下げて感謝の意を表した。
 対する馬は、ゆっくりと身体を反転させてフェリシアと視線を合わせる。

「では、本当に最後にもう一つだけ。貴方の名前を聞いても良いですか?あ、シアはフェリシアって言います」
「……魔獣属に他者から呼ばれる名前はないんだな、これが」
「それなら、好きに呼んでも良いですよね?だって、不便でしょ?」
「……何だ、その言い分は」

 フェリシアの勝手な物言いにも怒る事なく、あきれたような対応の馬だ。
 けれども拒絶はされなかった為、フェリシアは都合の良い解釈をする事にした。

「そうですね。……グーリフさんと呼ばせてもらいます」
「何だかなぁ。まぁ、勝手にしろよ。けど、敬称はいらねぇ」
「はいっ、グーリフ」
「……敬語も不可だ、かゆくなってくる」
「ありがとう、グーリフ。シアの名前は……」
「はいはい、フェルだよな。うぉっ、何で泣く?!」

 ニコニコと笑顔で好き勝手名付けたフェリシアだったが、馬──グーリフが自分を呼んだ事で涙腺が決壊する。
 頭では『何故泣くんだ』とか、『獣型でも泣けるんだ』とか、関係のない事を思っていた。
 ──既に精神的にいっぱいいっぱいだったのである。

「ごめ……、何かもう……」
「はいはい、泣かないってのぉ」

 ぐずぐずと泣き崩れるフェリシアの対処に困ったのか、グーリフはなだめながらも軽々と檻を角で破壊した。
 それはまるでクッキーを崩すかのように、物悲しい音を立てて金属の檻が真っ二つになる。そして驚きで涙が止まったフェリシアに、スリスリと艶やかな顔がり付けられた。

「……な、何と言うか……。豪快だね、グーリフ」
「何がだ?」

 フェリシアのあきれを含んだ驚きを事も無げに返され、改めてグーリフを見る。
 そしてあんぐりと口を開けた。

≪名前……グーリフ
年齢……206歳
種別……魔核科魔獣属ツノウマ種
体力……+C
魔力……+D【ネアン
称号……【フェリシアの??】≫

 何故か、初めにスキル【神の眼】説明書を見た時よりもレベルアップしていたのである。

(何で?どうして?しかもシアの何??)

 思わせ振りな【称号】も更に混乱を招いた。『名付けた』からなのか、『魔獣属』だからなのかは不明である。
 けれども事実、目の前に掲示されていた。

「えっと……グーリフ?な、何か変わったところとか……、おかしいところとかはない?」
「ん?何が言いたいんだ、フェル」
「だ……だって名付けたら、グーリフのステータスが変わっちゃったんだもん!」

 フェリシアは、もはやどうとでもなれとばかりに叫ぶ。
 いや、自分の中で留めていられなくなったからだ。

「すて、す?何だ、それは」

 しかしながらグーリフに単語が通じなかったようで、その場に腰を下ろされる。つまりは説明しろとばかりに、顔を寄せられた。
 フェリシアはその行動に驚いたが、何しろ見上げるのにも首が痛くなってきたくらいである。
 そこで座り込んだ事に対しては言及せず、ステータスの説明を始めた。

「つまりは他者……生き物に関わらず、相手の能力値が見えるという事かぁ。凄いな、フェル」
「え?いや、これは……」
「だが、他の誰にも告げない方が良い」

 転生特殊プレゼントだと言おうとして、続けられたグーリフの言葉にフェリシアは息を呑む。

「今は子狼のなりをしているけどさ、フェルはヒトだろ?そんな匂いがするしぃ」
「……匂いって、何か嫌……」
「まぁ、それはともかくだ。大概の奴は、そんな力なんて持ってない。つまりは恐怖な訳だな?」
「恐怖……?」

 ゾクリとした感情と共に、フェリシアの全身の毛が逆立った。

「強いふりをしている奴。弱いふりをしている奴。思惑はそれぞれだが、自分をいつわっている者は多い。ヒトだけじゃないけどな。……分かるか?それをあばかれる恐怖」

 グーリフから問われ、コクコクと頭を上下に振る。
 確かにグーリフに言われるまでもなく、みずから察するべきだった。まだ他の誰にも言ってないが、口にしてはダメだと思いもしなかったのである。

「まぁ?さいわい俺の言葉は、ヒトには通じないし?誰にも教えてやる気なんてないし?」
「グーリフ……、ありがとう。そして、勝手に能力値を見てごめんなさい」

 慰めるかのようなグーリフの言葉に、フェリシアは再び涙が込み上げてきた。
 けれどもここで涙を流すのは違うと、必死にこらえながら感謝と謝罪を告げる。

「勝手に見えちまうんなら仕方ないさ。それにフェルに名前を貰って、やけに力が湧いたのも事実だからな。この黒い箱だって、壊せるって普通に思えたんだ。感謝を言うのは俺だ。ありがとう、フェル」
「うわぁ、照れる。顔が熱い……ってか、全身?」
「何だ、可愛いな」
「えっ、ちょっとやめてよぉ。恥ずかし……って、さっき思い切り叫んじゃった!」

 どうやらフェリシアが名付けた影響は悪いものではなく、グーリフにとっては強化だったようだ。
 彼から感謝され、無性に羞恥を覚えたフェリシアは、身体をくねらせてしまう。だが、不意に我に返って再び叫ぶフェリシア。
 それに対し、自分の声に更に驚いてしまった。
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