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第1章──幼年期1~4歳──

002 素敵異世界転生してみない?

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 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

『ねぇ、少年。“素敵異世界転生してみない?”』

 突然見知らぬ女性から声を掛けられたのだが、対する少年・・は現在進行形で死にそうになっている。
 しかも比喩ではなく『現実的リアル』にだ。
 彼は平和な島国で生まれ育ち、それなりに可もなく不可もない人生を送ってきた十四歳。だが今はカーテンを締め切った薄暗い自室で一人、割れんばかりの頭の痛みに耐えている。
 実は彼の両親は共働きで、本日は風邪気味の息子を家に残して出勤する事をいていた。
 しかしながら共に決算前の忙しい月末。欠勤する訳にもいかず、さらには少年の後押しもあり、後ろ髪を引かれつつも揃って仕事へ行ったのである。

『ねぇ、少年。聞いてるのか?』
(……うるさいな、このおばさん。俺が今、非常にヤバいんだって事が分からねぇかっつうの!)

 彼は自分のベッドの上で、枕に顔を押し付けるようにして痛みに耐えていたのだ。
 それでも空気を読まずに声を掛けてくる声からして女性──しかも明らかに若くはない──は、聞いた事がない感じの不法侵入かつ不審者。
 さらには苦痛を耐えるようにと身体を丸める少年の、中学入学時に買い揃えてもらった白地に紺色の縦縞パジャマを無遠慮に足でつついてくる不快な者だ。

『少年。言いたい事はそれだけだな?』
(は?何言って……)

 淡々とした女性の問い掛けで彼の脳内に疑問符が大量生産されたところで、突如少年の肉体は横腹から蹴り上げられた。
 加減など一切ないその仕打ちに、少年の身体は軽々と飛ばされて壁に激突する。

「がは……っ!」
『言葉遣いには気をつけるんだな。せめてお姉さま、もしくは女神様・・・と呼べ』

 彼はそのいまだかつて受けた事のない攻撃に、それまでの死にそうな程の頭部の痛みも吹き飛んでしまった。
 少年は背中を強打した衝撃で肺の空気を全て吐き出した後、床に這いつくばった状態で思考すら停止している。そして混乱と苦痛の最中さなか、少年は視線だけで目の前の女性を見上げる。
 中肉中背の中学二年生標準体型である少年と違い、目の前の自称女神は一般的な日本家屋では天井が低く感じる程の身長と豊満な肉体を持っていた。更には胸部と臀部が強調されたベビー・ピンクのタイトなミニドレスを装備。
 肩と脚が剥き出しで、一言で言えば水商売をこのまま出来そうなで立ちである。
 健全な中学生男子として、通常時ならば性的に興奮してもおかしくはないムチッとした異性の外見をしていた。──今はそんな状況でもなかったが。
 勿論、顔の作りも整っている。

(……お水の人?)
『違うわよっ。本当、口を開くたびに失礼なガキだね』
(え……?今俺、声に出てた?)
『それも違う』

 少年の内心の疑問に答えるがごとく、事も無げに女性が返答をしてくるのだ。
 だが情報化社会の中で生まれ創作物に囲まれて育った少年は、不思議そうな顔をしたのは初めだけ。すぐにムッとした表情になり、床に倒れ込んだ己に気が付いて身体をかばいながらゆっくりと起き上がる。
 実際にはあまり痛みを感じていなかったが、現状の混乱で神経が高ぶっている為だろうと少年は判断していた。

「で、何さ。不法侵入?」
『またしても外れだ。そもそも侵入・・はしてないのだからな』

 少年の言葉に間髪かんぱつれず切り返す女性は、造形は良いものの人としての表情に欠けていた。
 人形のようなそれが、余計に不気味さを増す。からくり人形のように、口と目だけが動いている事しか認識出来ないのだ。

「何を言っているんだ?侵入ってのは、他の領分に不法に入り込むこと。つまりは俺が招いた訳じゃないのに、ここにいる理由は何だよ。明らかに不法侵入だろうが、不審者」
『いちいちかんさわるが、このままでは話が進まないな。もう、説明が面倒なんだから……。ここに来た理由など決まってる、われが来たかったからだ。そしてそれは既に了解を貰っている事もある、覚えておらぬだろうが。それで少年、再度問う。“素敵異世界転生してみない?”』

 少年の反論に自称女神は当たり前のように言い返し、再度同じ質問を決まり台詞せりふのように──ご丁寧に小首をかしげる仕草を追加して繰り返した。
 勿論それを受けた少年は、更に機嫌が悪くなった事が分かる深いシワを眉間に刻む。
 この不可思議な状況ではあるが、現実味が薄かった。合わせて怒りが振り切れた事もあって、逆に非常に少年の脳内は冷静だった。

「……一昨日おととい来やがれ」
『だから来たであろう。われがわざわざ二日前・・・に顔を出してやったのだから、もう選択肢は一つだな。そうだ、とりあえず一応聞いておく。“何の動物が好き?”』

 終始、二人の話は全く噛み合っていない状態だった。更に追加のように問い掛けがされたが、少年は様々な感情に呑まれていて反応が出来ない。
 一方的に正体不明の女性主導で進んでいく意味不明な話に恐れを感じたのか、少年はブルリと身震いをする。
 そして何も答えない少年に痺れを切らしたのか、女性はクルリと広くない部屋を見回した。やがて彼のものであると思われる学習机の壁、一枚の大きなポスターに視線を止めた。

『ふむ、オオカミだね。まぁ良いわ、それもあり・・だ。そうだな……。女神っぽくサービスして、おまけに取り扱い説明書も付けてあげようではないか。それでは、良い旅を』

 困惑したままの少年の反応を完全にスルーしたまま、自称女神は言いたい事だけを告げてフワリとかすみのように消える。
 後に残されたのは少年ただ一人。
 だが彼のベッドには、『彼と同一の顔をした人物』が力なく横たわっていたのだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 (という経緯を改めて思い出したが、本格的にシアは転生をげてしまったらしい。……なんて、他人事のように言ってみても無駄だよな、冗談ではなかった)

 フェリシアは大きく溜め息をきながらも、あれが現実だったのだと理解している。
 更にこの世界が自分の生まれ育った前回の『界』とは異なり、ヒト科の生命体が卵生・・である事がここ・・での常識だ。

(まぁ、良いか。いや良くはないし、自分の死に顔を思い出して気分が悪いけど……。とりあえず幼児とはいえ、素っ裸じゃ格好がつかないな)

 フェリシアは周囲を見回す。そしてスキル【神の眼】で視線を向けて卵の殻の下にある布をた。

≪名前……抱卵の布ルシャリナ
材質……クヘクィル生地
用途……敷く・覆う
強度……E
特長……撥水性・保温性に優れている≫

(うん、これで良いか。ちょっと殻が邪魔だけど……ぅおっ!?)

 普通の布である事を確認してから、フェリシアは上に乗っている『殻』を退かそうと思って手を伸ばす。しかしながら、彼女の指先が接触する前に異変が起こった。
 フェリシアのものであったと思われる卵の殻は、その場の大気に溶けるように──あろうことか彼女の指先に吸い込まれるようにしてき消えたのである。
 そして唖然としているフェリシアの視界に、『外殻の魔力を吸収』『能力値を補正』と表示された。

≪体力……-E→E
魔力……-E→E≫

(……あ、シアが成長した)

 予想外の展開により、それだけを把握したフェリシアである。
 こういった事柄は理解するより『こういうものだ』と思い込む方が良い。深く考えて悩んだら負けなのだ。
 そもそも良し悪しは別として、結果的にステータスが強化された事は喜ばしい。
 この世界で生きていかなくてはならないのだから、弱いよりは強い方が好ましいのだ。フェリシアはそう結論付ける。
 そして当初の予定通り、邪魔物のなくなった抱卵の布ルシャリナを持ち上げた。
 一応汚れなどがないか確認し、風呂上がりのタオルのように身体へ巻き付ける。しかしながら、臀部の尻尾が邪魔だった。
 人族の一種であるようなのだが、このヒト科けもの属オオカミ種という獣人タイプの容姿である。ふさふさの尾が布地を押し上げ、巻き付けようにもどうも上手くいかなかった。

(く……、こんなところでつまずくとは)

 肉体的には全体的に手足が短い為、多少動かしにくくあるものの、耳と尾がある以外は手足の指の本数すらフェリシアの『記憶』と同じである。
 スキル【神の眼】説明によれば卵の状態ではあれども、誕生してから既に一年を経ていた。つまり跳んだり走ったりは別としても、一通りの二足歩行が可能な運動能力は搭載されているのである。
 『記憶持ち』である以上、フェリシアはオムツ交換や乳飲み子としての経験を今更積みたくはなかった。それを考えれば『卵生グッジョブ』である。
 実際はスキル【神の眼】説明書から読みくに、ヒト科の幅広いぞくしゅに対応するための結果らしい。人間のように胎内で発育させる事は、ここまで発達した遺伝子的に不可能がしょうじたようだった。──案外適当な進化である。

(さてと……どうやってここから動くか)

 外を見る限りでは昼過ぎの長閑のどな時間帯のようで、耳を澄ましても喧騒の一つも聞こえてこない。
 現在地の季候としても、素っ裸で全く問題がない気温と湿度が保たれていた。もしくは、この室内が特別なのかもしれない。
 抱卵の布ルシャリナをマントのように羽織るだけに留めたフェリシアは、自分の居場所がテーブル状の台である事に気付いた。
 近くに椅子ソドはあるものの、自分にサイズが合わない事は既に把握済み。それから考えるに、ここは大人の腰当たりの高さだと推測出来た。幼児が軽く降りられる手段はない。
 ではどうするか。ここでは二択。他者の助けを待つか、己の力で道を切り開くかだ。
 フェリシアはスキル【神の眼】説明書を再度見る。『空を飛ぶ』や『空中浮遊』などは現時点で彼女に備わっていないようだ。そもそも狼なのだから、飛行出来る筈もないと『記憶』が訴える。
 次に考えられるのは、運動能力に頼る飛翔──ようはジャンプだ。しかしながら、生まれたて一歳児がどこまで動けるかは謎である。下手をすると自爆する可能性すらあった。

(悩みどころだよなぁ)

 フェリシアは思考を巡らせつつ、窓らしきくり貫かれた壁の向こう側へ視線を向けた。
 勿論そこに窓ガラスはない。そもそもの技術がないのか、はたまた必要性を求められていないのか──。
 それでもこの世界には魔法がある為、科学技術が発達しなかった可能性は高いとフェリシアは考える。──と、ここで思考を中断せざるを得ない状況の変化がやってきた。
 足音や息遣い──それらの『気配』というものを、嫌という程肌で感じる。これはフェリシアが初めて知る感覚であり、五感以外の感知が全身の毛を逆立たせた。
 意識せずとも頭頂部の耳は後ろへ倒れ、尾は内股に格納される。それは明らかに『強者の気配』だった。
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