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第四章
≪Ⅲ≫好きだ【1】
しおりを挟む「それ以上口にするのならば、いくらお前でも許さないからな」
ヴォルは倒れているベンダーツさんを見下ろしていました。
先程の激しさとは違う、身も凍る程の冷たい怒気が辺りを支配します。
「メルは俺のだ」
「……ならば、キチンと捕まえておきなさい。言葉を尽くさなければ、相手に気持ちは伝わらないですよ」
顎を触りながら起き上がったベンダーツさんは、またいつもの口調に戻っています。
痛そうな表情を見せていませんが、それでも左側の頬は色を変えていました。──あれは腫れそうです。
「…………お節介め。行くぞ、メル」
「えっ?!あ、はい……」
ヴォルはそんなベンダーツさんを一瞥した後、強引に私の手を引いて部屋を出ます。私は終始狼狽えたままでした。って言うか、あの状況で反応出来ません。
それでも視線だけはベンダーツさんを追っていて、扉を閉める直前に目が合った事を思い出しました。
「あ、あの……宜しいのですか?」
廊下を足音荒く進むヴォルの背中に、私は戸惑いながら問い掛けます。
あの時のベンダーツさんは、妙に温かい瞳をしていました。
「良い。………………心配か?」
「はい?」
「アイツが……」
言い淀むヴォルは未だに私の方を見てはくれません。
──ですが、何ですかね。私は何となくこのヴォルを可愛いと思ってしまいました。そしてその気持ちに、自然と笑みが溢れてしまいます。
「……何故笑う」
漸く立ち止まってくれましたが、振り向いたヴォルの顔には怒りより戸惑いの方が強く浮かんでいました。
既にベンダーツさんの部屋からだいぶ離れ、いつの間にか中庭が見える廊下に来ています。暗いので、月明かりだけではあまり現在地が把握出来ませんが。──すみません、明るくても分からないかもです。
「いえ……、後悔しているのです?殴ってしまった事、悪かったと思っていらっしゃいます?」
身長差の為に視線が上から降り注ぎますが、私は真っ直ぐ彼を見上げます。いつも強い光を放つ青緑色の瞳は暗く、それでも僅かに揺らいでいました。
あのベンダーツさんの言い方は、恐らくヴォルの感情を煽る為のものだったのでしょう。
だってお母様に罵声を浴びせられている間のヴォルは、全く感情を浮かべていなかったですもの。心を凍らせているかのようで、その後少しおかしかったですし。
「……アイツは……あれで良いんだ……」
プイッと横を向くヴォル。──あぁ、また何だか……。
「可愛い」
あ──。思わず口から出てしまいました。
恐る恐るヴォルを見上げると、驚いているのか目を見開いています。これは完全に聞こえてしまったようです。──どうしましょう。
「あ……あの……っ」
「好きだ」
はい?
慌てて言い繕おうとしていた私の耳に、聞き慣れない言葉が届きます。
「メルが好きだ」
エェッ?!な、何故その様な流れに?
いつものように真っ直ぐ視線を向けられていました。でも私の頭は驚きのあまり活動を停止しています。
「返事は?」
「えっ……あ……その……っ」
こんな廊下の真ん中で……、何故?何?どうして?
混乱の中にある私は、自分の言葉が出て来ません。
「返事は」
に、二度目です。しかも、先程より迫力があります。
「は、はい」
「何、それ」
ぅきゃっ?!ズイッて近寄られました。──ただでさえ手首を掴まれていて、距離感がないのにですよ。
もう身体が触れ合ってしまう程で、ヴォルと私の間に隙間は僅かでした。
「あ……あの……その……っ」
もうパニックです。私は真っ赤になったまま、まともな言葉が話せないでいました。
ヴォルの青緑の瞳が近いです。物凄く……近くて……ですよ。
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