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第四章
≪Ⅰ≫抱き枕以外だ【1】
しおりを挟む大勢の──貴族だと思われる豪華な服装の方々が取り囲む中、粛々と婚儀が執り行われました。
はい、私も参加者の──しかも主役だと思われる一人なのですが……。もう私の理解の範疇を越えてまして、流されるがままに進んでいってしまったのですよ。あれこれ考える余裕なんて、全くなかったですから。
言い訳を言わせてもらえば、練習をしたかったです。それどころではない忙しさがあったので、時間が圧倒的に足りなかったのだと思います。それはもう礼儀作法の見直しから始まりまして、国の何たるかまでありました。
えぇ、最後のって必要でしたか?
「……最後に、誓いのキスを」
渋いおじさまの声に、ヴォルがゆっくりと私の方を向きました。
何ですかね……?私は見つめられるまま、ボンヤリとヴォルの瞳を見つめます。ん~……、何か顔が近いですよ。あ、だから『近いのキス』?…………キス?キスって、あの……お話の中の王子様とお姫様がする……あれですか?
「……っんぅ……?!」
自分の中で結論が出る前に、ヴォルの唇が私のソレに触れました。び、ビックリです。
そんな私の反応に、何故だかヴォルは嬉しそうに目を細めました。でもすぐに前に向き直ったので、私はそれ以上何も言う事が出来ません。
もぅ、訳が分からないです。だいたい、結婚式なんて見た事もなかったのですから。
食事処で働いていた私は、必然的に裏方扱いとなります。結婚式が執り行われている間は料理人のお手伝い、終わったら片付け班なのでした。
式に呼ばれる事は勿論なかったですし、そもそも結婚式を挙げるような『友達』もいませんでしたから。
「メル」
ヴォルに呼ばれて我に返りました。あれ?ここは……?
いつの間に移動したのか、既に婚儀の会場ではありませんでした。
「疲れただろう。ここは俺の部屋だ」
「はぁ……、あの……全て終わったのですか?」
気付けば周りには誰もいなく、ここはヴォルの部屋との事です。んん?ヴォルの部屋?
それは当たり前に存在していたのでしょうけど、私までここにいる理由にはなりません。今日の朝までは、私へと与えられた部屋にいましたから。──えぇ、勿論何故かヴォルもでしたね。
「婚儀は終了した。だから俺の部屋だ。これからは誰にも文句は言われないからな」
「えっと……、状況が理解出来ないのですけど……?」
「俺とメルは夫婦となったのだ。夜を共にする事に、何の文句も言われまい」
言葉尻から、今まで『何かを言われていた』と分かります。ですがヴォルは、毎日私の部屋にいましたよ?
何気に腕を引かれ、近くのソファーに一緒に座らされます。隣りに並んで座る事自体は以前もありましたから何の不思議もありませんが、やたら身体の距離が近く感じました。
──とにかくそれでしたら、『結婚する事』は出来た訳ですね?良かったです。はい。……で?
「夜を?……いつも一緒に寝ていますけど」
『夜を共に』とか意味不明です。
抱き枕契約がいつまでなのか期間は分かりませんが、とにかくいつも一緒に寝ていますよ。お話の中の王子様とお姫様は、結婚してキスしてハッピーエンドです。
その先なんて知らないですし、だいたい他の人の文句とやらを聞かなかったのはヴォルですよね。本当は気にしていたのですか?
「……抱き枕以外だ」
真っ直ぐ視線を向けたまま、ヴォルが静かに告げました。
抱き枕以外?──何ですかね。私がもういらなくなったのですかね?
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