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第三章
≪Ⅶ≫柔らかい顔を見せる【1】
しおりを挟む明るい日差しに意識が浮上します。朝ですね。
「起きたのか、メル」
「はい。おはようございます、ヴォル」
いつものように後頭部からの声に答えます。婚儀前の男女が同室などもってのほか……と言う言葉は、未だにヴォルの耳には届かないようです。
ここに来て二日目。当たり前のように、私に与えられた部屋で共に寝起きをしていますから。──えぇ、私は何も言いません。
「今日からだな」
「はい、今日からです」
起き上がって互いの視線が合っての第一声でした。
ん~、憂鬱の素ですが仕方ないのです。ヴォルはヴォルで仕事があるみたいですし、婚儀を挙げるという約束をこなす為に必要な礼儀作法の勉強なのですから。
「何かあったら言え」
「ありがとうございます」
真っ直ぐな視線を向けられ、力強く感じました。
ヴォルが心配してくれるのはとても嬉しいのですが、これは私のやらなければならない事です。片眼鏡相手で憂鬱度倍増ですが、礼儀自体は身に付けていて損はしない筈ですからね。
そうして二人で朝食を終えた後、教室となる部屋に送ってくれました。
昨日と同じ様に、私の部屋へ朝食を二人分配膳してもらっていたのです。
「無理はするな」
「はい」
心配そうなヴォルに微笑みかけ、なるべく元気を装います。自分の仕事が──しかも三年分ですよ──あるのに、私の事を気に掛けてくれるヴォルはとても優しいです。
そして意を決して部屋をノックしました。……返事がありません。まだ来ていないのでしょうか。
「お邪魔しま……すっ?!」
扉を開け、中に一歩足を踏み入れます。ですがそこで私の動きは止まりました。見られていたのでした。そう。誰と言わずとも分かりますよね、冷たい視線の片眼鏡にです。
「バツです」
一言だけ。私から視線を外す事なく、鋭く告げられました。
……ダメ出しでしょうか。本当に性格を疑ってしまいます。きちんと言ってくれないと、頭の良くない私には分からないではないですか。
「ノックの仕方、入り方、歩き方。全てにおいてバツです」
「……すみません」
どうやら、全てにおいてのダメ出しのようです。
とりあえず、仕方がないので謝りました。それを教えてもらいに来ているのですがと、声を大にして言いたいです。
「バツです」
またダメ出しされました。何でしょう。やるせないです。
「曲がりなりにも貴女はヴォルティ様の婚約者です。私は認めませんが。目下の人間に、簡単に頭を下げてはなりません」
「はぁ……」
「バツです」
片眼鏡の言い分に、腑に落ちない私は曖昧な返答をしてしまいました。ですが、当たり前のようにダメ出しです。
……いったい、どうしたら良いのでしょうか。ダメ出しのオンパレード。溜め息が出そうです。
「教えて下さいませんか?」
「バツです。……ですが不本意ながら、今は私が教育係です。宜しいでしょう。ヴォルティ様の隣に立つに相応しい女性にして差し上げましょう」
とても上から目線の丁寧な言葉に、私の口許がへの字になるのは仕方ない事ですね。早くこの時間が終わってほしいです。
「バツです」
幾度も飛び交うこの言葉。私は泣きたくも怒りたくもなりましたが、必死に必死に我慢しましたよ。本当に……人が嫌いになりそうです。
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