「結婚しよう」

まひる

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第三章

≪Ⅲ≫抜け出してきた【1】

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≪Ⅲ≫抜け出してきた

「どうぞこちらへお座り下さい、メルシャ様」

「は、はい……」

 ヴォルの後ろ姿を見送った後で部屋の奥へ通され、無駄に飾りのついた椅子を勧められました。ですが……息苦しいですね。
 私、こういった場所に慣れていないのです。とりあえず勧められた椅子に小さくなって座りましたが、居心地悪過ぎます。汚したらどうしようとか、非常に不安なんですけど。

「そんなに緊張しなくても宜しいですよ、メルシャ様。私はヴォルティ様より、貴女様の出自が農村である事は伺っております」

「は、はぁ」

 柔らかな笑顔で話し掛けてくれました。
 ですがヴォルから聞いているとは言うものの、余計に貴族などではない私につかえる事は納得がいかないのではないかと思う訳でして。侍女長さんの笑顔にも、私の緊張は少しも解れませんでした。

「私はヴォルティ様の幼少の頃から、侍女としてここに勤めさせて頂いております。あの方がこれ程女性に対し、気を配っていらっしゃるのを見るのは初めてです。メルシャ様には余程お心を砕かれているのでしょうね。何しろ、ご自分を愛称で呼ぶ事を許されるなんてそれこそ過去にないですから」

「そ、そうなのですか?でもそれは、キチンと名前を呼べなかった私への諦めだと思いますけど……」

 侍女長さんの話は不思議に思いますが、苦笑しか出来ません。
 思い返せば、何度もヴォルは名前を言い直していました。

「それでも、今だかつて愛称で呼ばせる者はいませんでしたよ?もっとも、排他的なのは女性へ限った事ではありませんがね。それもあの方の特殊な環境がそうさせたのであって、お人が悪い訳では決してありません」

「あ、それは知っています。ヴォルはとても優しいです」

「お分かりになられているのでしたら結構です。それと、私に敬語は必要ございません。貴女様はヴォルティ様の選ばれたお方です。他の者が何と言おうと、私はメルシャ様を推します。あの方の変わり用は、近くで見てきた私が一番良く分かっておりますから」

 どうやら侍女長のガルシアさんは、ヴォルの事をちゃんと見て下さるようです。──何か、嬉しいです。

 この城内に入ってから私、嫌と言う程に敵意を感じる視線が常にありました。それらはこの部屋の中には存在せず、他の侍女さん達も別の仕事をしているのかここにはいません。

「えっと……、喋り方は癖なので……すみません」

 両親をなくしてからというもの、ずっと客商売をして働いてきた私です。食事処とはいえ、夜にはお酒も出される場所です。子供ながらに働くのは楽な事ではなく、しかも失敗ばかりの私。せめて言葉だけでも丁寧にと心掛け、今ではこれが普通になってしまいました。勿論、心を砕いて話すような友達もいませんでしたし。

「そうですか。では、私の事はガルシアとお呼び下さいませ。上に立つ者は、態度と言葉で人を制するものです」

「上って……」

 別に私、侍女長──ガルシアさんの上に立つ気はないのですけれど?しかも、難しい事を言いますね。
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