「結婚しよう」

まひる

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第三章

1.俺だと気付いたのか【2】

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「心配するな」

 安心させるようにか、私の頭を大きな手で撫でてくれます。
 毎晩……そして事あるごとに触れ合うヴォルの身体は、私にとって安らぎをもたらすものとなりました。本当なら有り得ないのですけどね。
 ヴォルは男の人ですし……連れてこられた経緯いきさつを考えると、本来はとてもその様な関係性を築ける筈がないのです。

「メルの体調が戻るまで待つ時間はある」

「……はい」

 その優しさに甘えてしまう私。でも今は…………それにあらがう気力もありませんでした。

 ユースピア港に到着しても起き上がる事の出来なかった私は、当たり前のようにヴォルに抱き上げられて船を降りました。そのままウマウマさんで宿屋に向かいます。
 勿論あの冷たい視線を感じていましたが、不思議と辛くはなかったです。ヴォルの体温が私を包み込んでくれている為か、心を凍らす程のダメージを受けませんでした。

「必要な物を買ってくる。結界を張っていくから、大人しく寝ていろ」

「……分かりました」

 まぁ……大人しくも何も、今の私は置物状態で動けないのですけどね。
 私は薄い笑いを浮かべつつ、部屋から出ていくヴォルを見送りました。

 あぁ……、久し振りに揺れないベッドですね。心身ともに疲れきっていた私は、瞳を閉じた途端に深い眠りに落ちました。



 ここは何処でしょう。真っ暗で何も見えません。
 しばらたたずんでいましたが何も起こらないので、ソロリソロリと足を踏み出してみます。両手を前方に伸ばし、ぶつかる物がないかと不安のままに進みます。
 でも、何もないです。音もなく、他に動く気配もありません。聞こえるのは身体に伝わる自分の心臓の音のみで、自分の足音すらしませんでした。

 誰かいませんか?問い掛けてみますが、声が出ているか分かりませんでした。あれ?耳が聞こえないのでしょうか。
 ……夢、ですよね?私は宿のベッドで横になっていて、先程ヴォルを見送った筈です。まぁ、こんなにもハッキリ夢と自覚する事も珍しいのですけど。

 私はしばらくの間、視覚も聴覚も役に立たない中で歩き回りました。
 ……ふぅ、疲れますね。私は立ち止まり、何気に上を見上げました。

 っ?!…………心臓が止まるかと思いました。

 私の見上げた先に、先程までは見えなかった物が視界に映ったのです。それは真っ暗で真っ黒な天井にある、無数の目……目……目。

 き、気持ち悪いです。目、目、目、目、目……。

 あぁ、この灰色の目……。片眼鏡モノクル……ですね。ベン……なんとかって言う、ヴォルの執事さん的な人の瞳と同じでした。
 最近嫌という程視界に入って来ていましたから、それだけで判断してしまいましたけどね。
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