「結婚しよう」

まひる

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第二章

9.メルに触れていると【6】

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 私は壁に背を預けたまま、床に座り込んでいました。先程の……、一体なんだったのでしょう。って言うか、それよりも私の手がっ?!な、舐められましたよ?何故ですか?嫌がらせですか?……まさか、夢とかな訳……ないですよね?

 机の上を見ます。置きっぱなしになっているコップと私の薬草まみれの手が、先程の現実を嫌でも示していました。と、とにかく片付けましょう。このままでは落ち着きません。

 私は両手の汚れをざっと布で拭き取り、コップを持って机の上も綺麗に拭きました。ヴォルは寝てますよね?……今なら、部屋を出ていっても気付かないかもしれません。コップも手も洗いたいので、私は薬草の絞りカスもついでに持って部屋の外に出ます。

「ふぅ……」

 ソッと物音を立てないように扉を閉めた途端、溜め息が出ました。あ……私、一人で宿屋の部屋へ出たのが初めてですね。本当にどれだけ過保護なんですか、ヴォルって。ただの……場所埋め要員なのに、です。

 私は自身の暗い感情を振り切るように、勢い良く階段を下ります。部屋が上階にあるのは、たいてい何処の町でも同じですね。一階は受付と食堂等の水場なのが常です。食堂に顔を出してみましたが、この時間は違う仕事をされているのですかね。
 朝食も済んでしまったのか、調理場にも食堂にも誰もいませんでした。そんなものでしょうか。

「すみません、勝手にお水をお借りします」

 誰にでもなく告げてから、私はコップと自分の手を洗います。あ、葉っぱの緑色が中々落ちないですね。

「ゥキャッ!」

 ゴシゴシこすっていたら、突然後ろから抱き付かれました。一瞬硬直するものの、いつもより熱いですが知った体温です。そして、知った匂い。

「ヴォル……?」

 私の首筋に顔を埋める形でヴォルが立っていました。

「寝ていないと駄目ですよ?」

「……メルがいなかった」

 後追いする子供ではないのですから……と思うものの、こんなヴォルを可愛いと思ってしまう私もいる訳でして。

「わざわざ捜しに来てくれたのですか。すみません。もう私も部屋に行きますから、ヴォルも行きましょう?」

 手近に置いてあった布巾で手を拭き、コップを持ってからヴォルを見上げました。いつまでも後ろにくっついていられても動けませんし。
 するとこちらの意向を読み取ったのか、素直に拘束を解いてくれます。私はついでとばかりに、大きなヴォルの背を押しました。
 あら、意外にもすんなり移動してくれますね。良かったです。私の力では、とうていヴォルを部屋までは連れていけませんから。

 部屋に戻ってヴォルをベッドへ横にさせると、毎度というか当たり前のように私も布団に引き込まれました。……何でしょうか。ヴォルは眠い時と熱がある時、やたら甘えん坊になるのでしょうか。

 コップが机に出したままだと思いつつ布団の中でいつもの温かさに触れていると、私も自然に瞼が重くなってきます。馴染みすぎですね。でもなんか、今日はヴォルの意外な一面を見たようで嬉しいと思ってしまう罰当たりな私なのでした。
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