「結婚しよう」

まひる

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第十章

≪Ⅸ≫これはもう動かない【1】

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「すまない……」

 申し訳なさそうに頭を下げるヴォルです。

「ダ、メ、で、す」

 それに対し私はツンとした表情をしたまま、ヴォルの謝罪を受け入れませんでした。
 精霊さんの結界の中、身体だけは向かい合っている私達です。今は私が顔をそむけているので、ベンダーツさんも苦笑いを浮かべていました。
 何を私がそんなに怒っているか──それは先程の……もにょもにょ……ですよ。ベンダーツさんが見ていたのに……っ。
 思い出したらまた──私は羞恥しゅうちのあまり、身悶みもだえそうになってしまいました。

「まぁ、メルの怒る気持ちも分かるけど。……俺はヴォルの気持ちも、分からなくはないんだよなぁ。ちょっとやり過ぎ感はあったけどね」

 幾度も頷きながら告げるベンダーツさんです。
 先程の私達のやり取りを一部始終見ていた筈ですが、いつもなら怒るベンダーツさんがヴォルをかばっていました。

「何故ですか、ベンダーツさんまで。……と言うか、私がおかしいのですか?」

「いや、メルは悪くない。これは……男ゆえ、か」

 味方がいない事を感じ、何だか悲しくなって来ます。そしてその思いのままに、逆に問い掛けてしまいました。
 でもすぐにヴォルが否定してくれます。しかしながら理由が『男だから』では、私が理解出来る筈もないのでした。
 性別における考え方の違い──なのでしょうか。納得はいきませんが。

「あ~、そうかも。まぁ、俺には生憎あいにくとそんな相手がいないんだけどね」

 ベンダーツさんは、そう言って自虐的な笑みを浮かべました。
 彼の場合──お相手を本気で捜そうとすれば、すぐに見つかるような気がします。ヴォルの身辺が落ち着くまで、ベンダーツさんは結婚しないつもりなのかもしれませんでした。

「とにかく、やっと終わったなぁ。魔力の坩堝るつぼではなかったようだけど」

 腕を大きく伸ばし、座り込んでいた地面から立ち上がるベンダーツさんです。
 精霊さんの結界のおかげで、二人とも怪我がほぼ回復したようでした。
 けれども、終わったと言うのはどういう事でしょう。魔物討伐の終了は分かりますが、私が理解しているのはそれだけでした。

「あの、何が何処まで終わったのでしょうか。魔力の坩堝るつぼではなかった……というのは、先程の大きな魔物の事ですか?」

 聞いて良いのかとは思いつつ、私は上目使い気味に質問します。
 私は事後しか知らないので、ヴォルとベンダーツさんの活躍を実際に見た訳ではありませんでした。そもそもあの時は、魔物と対峙していたヴォルしか見えていません。

「あ……、そうだよねぇ。メルはほとんど知らないんだよ……ね?」

 一瞬何かに思いを巡らせた様子の後、ベンダーツさんはヴォルに何かを伺うように問いを振りました。
 そう言えば、何故ヴォルは右手しか使ってないのでしょうか。思い返せば、先程抱き寄せられた時もそうでした。

「ヴォル……、左手はどうかされたのですか?」

 続けざまではありましたが、ごく普通の何気ない質問だったと思います。
 でも、明らかに二人の様子が変わりました。

「……あ~、ほら……。義手だから?」

 視線を泳がせながら、しどろもどろの返答を返してくるベンダーツさんです。
 明らかに何かを隠そうとしているのが見てとれて、私は自分が不機嫌になるのが分かりました。

「知っています」

 そんな当たり前の答えなどはいらないと言わんばかりに、私は少しだけキツ目の応対をします。

「これはもう動かない」

 それに答えてくれたのは、相変わらずの表情を見せないヴォルでした。
 こんな時の彼は、『私の為』という名目めいもくのもとに真実のみを語ります。感情を見せず、事実だけを告げられるのもこくなのですが、それをヴォルは気付いていないようでした。
 とにかく、私は彼の言葉を咀嚼そしゃくします。そして彼の真意を理解しようとしました。
 動かない──つまりは、『動かせない』という事です。それが意味しているのは──、私だって分かりました。
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