「結婚しよう」

まひる

文字の大きさ
上 下
493 / 515
第十章

8.約束は守ろう【3】

しおりを挟む
〈大……丈夫……から……〉

 また知らない誰かの声が聞こえてきます。
 勝手に頭の中で響く声は、私の意思に反して訴え掛けていました。
 私が心配してしまう事はダメなようです。──でも今の私の心には、そんな見えない誰かの声は届きませんでした。
 だって、目に見えてヴォルが大変なのです。彼がその場を動かないのも、もしかしたらもっと酷い目にあっているからなのかも知れませんでした。

〈だから……大丈夫……だって……〉

 私の心の叫びに答えるかのごとく、その声は頭の中に話し掛けてきす。
 ──何が大丈夫なものですかっ。
 それでも私は怒りに任せて怒鳴りました。すると私の感情に圧倒されたのか、『大丈夫』と繰り返す声が止まります。
 そこでようやく冷静になった私は、不意に現在の状況が気になりました。
 今更ながらにここは何処でしょう。まさか夢の中なんて事はないと思いますが。
 先程は気付かなかったのですが、キラキラと光るものが私の周囲を飛び回っていました。辺りを見渡して、でもちゃんとウマウマさんもいます。
 ここはヴォルと一緒に来た島です──たぶん。目を開けて寝ているなんて事、ないとも限りませんが。

〈ここ……結界の……中だから……〉

 声が私の内心の疑問へ答えてくれるように、再び話し掛けてきました。

「……ええっ!!」

 私はそれを聞き、何度かまばたきを繰り返した後で叫びました。
 あまりの状況の変化に驚きすぎて、大声を出してしまったのです。悲しいかな、ウマウマさん達から迷惑そうな視線を向けられました。
 ごめんなさいです、はい。

〈大丈夫……彼……生きてる……〉

 途切れながらも聞こえた内容。
 ウマウマさんへ頭を下げていた私ですが、再び聞こえた声にガバッと勢い良く顔を上げました。
 彼とは勿論、ヴォルの筈です。

〈……そんな……音……だったかな?……あ、違う……ヴォルティ……だよ〉

 わずかな逡巡しゅんじゅんの後、声はハッキリとヴォルの名前を呼びました。
 ──ヴォルティって呼びましたよね。
 ちゃんと彼の名前を知っていると言う事は、お知り合いのようです。

〈僕は……だよ〉

 頭の中に聞こえる声と連動するように、目の前で漂う光達は輝きを増しました。
 今こうして私と会話をしているのは、もしかしなくても精霊さんのようです。

「あの……ありがとうございます、精霊さん」

 私は相手がどの光か分からないまま、深く頭を下げました。
 王城のヴォルの研究室の中でなら、私にも精霊さんの形がはっきりと視認出来ます。でもそれ以外の状態では光としてしか認識出来ない事に変わらないようでした。

〈僕は……だよ?〉

 同じ言葉が、今度は不安げに告げられます。
 先程の私の謝意は届かなかったのかもしれませんでした。

〈あ、僕は……だからね。君達の使う言葉とは違うんだよ〉

 私の心の問いに、安心したように返答が返ってきます。
 言葉が違うと言われました。確かにヴォルは精霊さんと通常の言語で言葉を交わしてはいません。──精霊言語、と言っていた気がしました。
 けれども残念ながら、私には精霊言語は分かりません。

〈あ、そっかぁ。僕達の言葉も、君には伝わらないんだね。さっきの、セイレイサンって言うので良いや〉

 問題が解決したかのように、楽しそうに声が返ってきました。
 先程までは途切れ途切れでしか聞き取れなかった声も、今ではこうして普通に話している言葉は聞き取れます。けれども恐らく名前を名乗っていると思われる部分など、極一部は聞き取れませんでした。
 単語そのものが違うのでしょうか──不思議です。そして何より、私がヴォルのお知り合いである精霊さんと認識した途端、言葉が違和感なく交わせるようになったのが不思議でした。
 色々難しい問題が出てくるので、思わず首をかしげた私です。
 ──それよりもこの精霊さんは何処にいるのでしょうか。

〈何処って、君の中。僕はヴォルティの……だから、君といつも一緒にいたんだよ。もう離れられないけど、何の問題もないよね?〉

 姿は見えないものの、にこやかな感情が伝わる声でした。
 しかしながら、聞こえた内容に何やら不穏な単語が含まれていたようです。そして私には理解しがたい難しい内容でもありました。
 ヴォル関係である事は確実です。
 ──すみません。もう少し詳しく説明して下さい。
 私はどうして良いか分からず、何か怖い事になっているような印象を受けてしまいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

公爵閣下の契約妻

秋津冴
恋愛
 呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。  伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。  実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。  しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。  オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。 「公爵様、大変失礼ですが……」 「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」 「しかし、結婚は考えられない」 「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」    なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。  彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。   「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」 「うまくやる自信がない?」 「ある女性なんてそうそういないと思います……」  そうなのだ。  愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。  二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。  平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。  週末は契約妻として。  オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

処理中です...