「結婚しよう」

まひる

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第十章

5.戦闘開始だ【4】

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 ──っく……?
 気付いた時に俺は、何故か大地に横たわっていた。
 そしてやたら静寂が辺りを埋め尽くしている。

「……?……、……っ」

 発声した筈の己の声が──、聞こえなかった。
 わずかばかり焦りはしたが、そうかといって現在進行形で戦闘中な事に変わりはない。
 見上げた先に立ち塞がる竜は、あれだけの俺の労力もむなしく、翼のごく一部が裂けているだけだった。
 倒れて寝ている場合ではない。俺はサッと周囲を見渡し、取り落としていた天の剣ラミナを再び構えて立ち上がった。──不意に生暖かい雫が手に落ちる。
 視線をそちらへ向け、それが己の血である事に気付いた。どうやら耳から出血しているらしい。
 音が聞こえないのも、結論からして先程の魔物の攻撃による損傷のようだ。しかしながら幸いな事に、それほど痛みは感じない。
 ホッとするものの、そんな時に思ったのが『またメルを泣かせてしまう』だった。俺の感覚は既に、どんな時でも彼女が一番のようである。──今更か。
 俺は魔物に視線を向けたまま、次なる手段に考えを巡らせた。
 さて、どうするか。音が聞こえなくても、幼い頃から聞き馴染んできた精霊言語は使える筈だ。
 すぐに生命の精霊に回復を頼む事も出来るが、治癒は大きく魔力を消耗する。更に、同時に他の魔法へ魔力をく事が出来なくなるのだ。──となると却下である。
 思考しつつ、風をまとってちゅうへ舞い上がった。同時に己の身体へ意識を向ける。
 ──やれる。
 耳以外の他の部位には大した損傷がなさそうだ。結界はほとんど破壊されていたが、魔物の直撃を受けても俺の肉体まではダメージが届かなかったのだ。

「Koori no chikara wo turugi ni yadosu.」

 聞こえない事もあり、意識して発音を心掛ける。そして問題なく、天の剣ラミナに冷気が宿るのを視覚で確認出来た。
 次に風の魔力で自身の周囲に改めて結界を張り、十枚分の障壁を作る。そうして一息ひといきに竜の懐へ飛び込んだ。
 咆哮ほうこうをあげているらしく口を開けている竜だが、俺は既にその攻撃は効果がない。こちらとしては、動きとブレスに気を付けるだけだ。
 風をまとってスピードを上げ、飛びながら氷の魔法剣で魔物に挑む。羽虫のごとく飛び回り、幾度もつるぎを振るった。
 刻む。刻む。刻む。刻む。刻む。
 一度の攻撃で裂けるのはうろこの表面のみ。二度三度と同一箇所を狙った。
 俺の振るう武器が魔法剣とはいえ、剣自体は細身の刃しか持たない。大振りの剣と違い、攻撃力が高くはないのだ。
 防御と移動に風の魔力を継続的に使いながら、魔物本体には氷の魔力を叩き込んでいく。
 何度も、何度も、何度も──。
 ようやうろこを切り裂く事が出来たのは、狙っていた箇所が凍り付いてきてからだった。
 魔物の体表を覆う赤い防御は、実際に炎の性質を宿しているのか温度も関係しているらしい。俺の氷の魔法剣に熱を奪われて徐々に黒ずみ、霜を張るようになって最終的に砕ける。
 そんな俺の攻撃の合間あいまに、ベンダーツからの風の矢が飛んできていた。
 アイツも俺が返答をしない事を不思議に思っているかもしれない。──だが問題ないだろ。
 俺の動きは見えている筈なのだ。
                                     
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