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第十章
≪Ⅴ≫戦闘開始だ【1】
しおりを挟む俺はベンダーツに後方支援を任せ、一人で山を登る。──とはいっても、風の魔力を身に纏って宙を行くのだが。
そうして俺が山の中腹程に差し掛かる頃、火を纏う魔物は漸くその全身を顕わにしていた。
だが視線を向け、まずその大きさに思わず顔が歪む。今まで見てきた大型の魔物等とは比べ物にならない。──それは『山』と言った方が早いようだ。
それの姿は頭こそ蛇だが、胴は丸くて手足まである為に蜥蜴が近い。そしてその背には蝙蝠の如き骨と膜で形作られた翼があった。
──竜。
想像上の動物といわれ、伝説でしか見聞きした事がないアレである。
更に尾と同じ程度の長さの首があり、全長は大陸間を渡った客船より大きいと思われた。鋭い爪を装備した手足に捕まれば、人など果物の如く潰されてしまう。
『ヴォル?……撤退なんて言葉、ないよねぇ』
主従のリングからベンダーツの伺うような声が聞こえた。
距離が比較的近く遮蔽物がない場合、空気の振動をリングが代行する。つまりは離れていても会話が可能になるのだ。
「ない……だろうな。それに、向こうは完全にやる気だ」
ベンダーツに応えつつ、俺は真っ直ぐ向けられた敵意から視線を外せない。
アレの口の中──青い舌と共にチラチラ見えている光は炎か。伝説では咆哮と共に火焔を出すらしい。
俺も実際に目にするのは初めてで、書物でしかその存在を知らなかった。
『いたんだねぇ……。ってか、伝説のままで良いじゃん。本当にいなくても結構だっての』
ベンダーツも焦っているようだ。先程までの余裕が感じられない。
確かに、ベンダーツに渡した風魔法の弓矢で対峙するのは無謀としか言えないレベルの差だった。
「どうした。怖いのか」
『……仕方ないから頑張るよ』
わざと煽ってみるが、素直な返答は返ってこない。
恐怖を感じていない筈はないのだ。──そして同じく、俺も。
おかしなものだ。以前はそんな感情など、自分には存在すらしないと思って疑わなかったというのに。
「そうだな。……戦闘開始だ」
返す言葉と共に、俺は全身に魔力を行き渡らせる。
そしてそれは魔物にも伝わったようだ。感じられる敵意が明確に膨らむ。
「Koori no yari.」
初手に氷の槍を多数撃ち込んだ。だが魔物の体表温度が高かった為、水蒸気爆発が起こる。
俺は咄嗟に魔物周辺を包み込むように結界を張った。そのまま爆発させたのでは、下手をしたらこの島ごと崩壊しかねなかったからである。
『やったのか?』
聞こえてくるベンダーツの問いにも答えられない。魔力感知で対象が生きている事を知っている俺は、次の攻撃魔法の為に魔力を集中していた。
水蒸気と砂煙は、魔物が内部で巻き起こした風で消し飛ぶ。それによって現れた火山の上部は、見事に吹き飛んでいるのが確認出来た。─しかしながら魔物は全くの無傷である。
あの規模の水蒸気爆発と結界による圧縮攻撃を与えてもなお、鱗一枚傷付いて見えないのだ。しかもその後の羽ばたき一つで、魔物を閉じ込めていた俺の結界は消し飛ばされる。
結果的に情けないが、山を少し削っただけだった。
『丈夫だなぁ』
「Kaze no yaiba.」
ベンダーツの呟きが他人事のように聞こえる。俺も傍観者側に立ちたいが、現状ではそれが不可能な事は分かりきっていた。
そして水元素でダメならと、次は風攻撃を放つ。攻撃魔法なら四元素使える俺は、今持てる全てを出さなければ勝てないと嫌でも感じていた。
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