「結婚しよう」

まひる

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第十章

4.この感覚は【3】

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「ここは草があまり生えていないから、ウマウマ達には物足りないよな」

 そう言って、ベンダーツさんは買い置きの干し草を馬車から出してくれました。
 足元の少ない草をんでいたウマウマさん達は、喜んでその干し草に頭を突っ込みます。
 そういった細かい気遣いが出来るのも、ベンダーツさんの凄いところなのでした。

「少し様子を見てくる」

 そう告げたかと思うと、ヴォルが背を向けます。

「っと、そんな事を俺が認めるとでも?」

 しかしながら後ろ手にヴォルを掴まえたベンダーツさんは、視線をウマウマさんへ向けたままですが──怒っていました。
 表情は笑みを浮かべているのですが、普段はこんな力業ちからわざをしません。

「だから様子を……」

「いるの、分かってるんでしょ?」

 問い掛けに応じるヴォルに、被せるようにベンダーツさんが問いました。
 勿論、いる──というのは、あの火山の中に魔物が存在するとの事でしょう。
 ほぼ断言するような言葉に、ヴォルはわずかに苦い顔を返しました。

「…………分かる」

「それならどうして、一人で行こうとするのさ。俺、役に立たない?邪魔?話す気もない?」

 言い寄るベンダーツさんは、何故か必死です。
 彼の灰色の瞳に映るヴォルは困った表情で、私から見ても言葉が達者なベンダーツさんにはとても勝てそうにありませんでした。
 しかしながらベンダーツさんも、ヴォルを負かそうとしている訳ではないのでしょう。

「……………違う」

 ようやく重い口を開いたヴォルでした。
 そう言わざるを得なかったのでしょうけど、ヴォルにとってもベンダーツさんはかけがえのない存在なのだと私は思っています。

「じゃあ、俺と一緒に行くよね?」

 先程とはうって変わって、ニコッと笑みを向けるベンダーツさんでした。
 私もそうですが、ヴォルがこの人に勝てる日は来ないかも知れません。もしかしたら人生経験からかもしれませんが、ベンダーツさんは先々を見越す判断力と、こちらの意図を操る言葉と感情表現がお上手でした。
 ベンダーツさんの思惑から外れるのが、逆に大変だったりします。

「……分かった」

 ベンダーツさんの思惑通りに運んだのが分かったのか、ヴォルの眉間にわずかにシワが寄りました。

「それなら私も……」

「はい、メルはウマウマのばんね。ほら、この干し草をあげないとお腹空いちゃうからさ。可哀想だろう?」

 言い出した言葉をさえぎられ、私はベンダーツさんに干し草を押し付けられます。
 ウマウマさんのお世話は分かりますけど──置かれた干し草の塊とベンダーツさんを交互に見てしまいました。

「んじゃ、頼んだよ?」

「頼む、メル」

 そんな私の不満が分かったのか、今度は二人して笑顔を振り撒きます。
 ──いえ、その笑顔に騙された私も私なのですけど。

「はい、分かりました」

 答えてしまいました。──しかも微笑んで。
 彼等の笑みにわらがう事が出来る人を私は知りません。

「日が暮れる迄には戻って来るから、しばらくの間宜しくね?」

「行ってくる」

「あ、はいっ。行ってらっしゃいです」

 手を振って歩いていくベンダーツさんの後を、視線と短い言葉だけ言い終えて背を向けたヴォルが追いました。
 慌てて手を振りながら見送った私ですが、──められた気がするのは気のせいではないと思います。
 そして、ここに残ったのは私と二頭のウマウマさんでした。

「あれ?」

 気付いた時には既に遅し──です。
 もはやヴォルもベンダーツさんも、姿が遠くに確認出来るだけでした。

「何故ですか~っ」

 拳を振り上げて怒っても、誰も答えてくれません。
 それどころか大声にびっくりしたウマウマさんが、私の方を迷惑そうにチラリと見ただけでした。──すぐに食事に夢中になってしまいましたが。
 勿論、置いていかれた理由は分かっています。それは今更当たり前なのですが、私が戦闘では役に立たないからでした。

「私だって……」

 言いつのってみたところで無理です。私に魔物との戦闘が出来る筈もありませんでした。
 そもそも人同士の争いにも口を挟めないのに、言葉が通じない相手に私に何が出来るでしょうか。──仕方ない事なのだと、頭では理解していました。
 納得は出来かねますが、与えられた仕事をしっかりとして──ウマウマさん達と彼等を待つしかありませんでした。
 私は項垂うなだれつつも、食事をするウマウマさんのそばに腰を下ろします。ポツンと独り──やるせなさに泣けてきそうでした。
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