466 / 515
第十章
≪Ⅲ≫安心する【1】
しおりを挟む私達はウクレサの森、バンガム平原を抜けて漸くメタリニ湖が見えてきました。
「もうすぐサウルクの町だ」
ヴォルが教えてくれます。
ウマウマさんの馬車は、ヴォルとベンダーツさんが交代で御者を勤めてくれていました。
「あ……あの湖、凄く綺麗でしたよね」
私は記憶の中のメタリニ湖を思い浮かべます。
その湖はとても透明度が高くて、底まで見渡せる程でした。
「そうなんだぁ。……二人の出会いの旅を振り返っているようなものだから、何を目にしてもあれこれと感慨深いだろうねぇ」
馬車の中で、ベンダーツさんはゴロリと横になったままです。──サボっている訳ではありません。
先程まで御者を勤めていたので、今は休憩なのでした。
「そうですね。まだこの辺りに着いた頃は、私は自分の立ち位置が見えていませんでしたからね」
本当に強引に、生まれ育った村から連れ出された私です。
あの時は勿論信じていませんでしたが、ヴォルから掛けられた声は結婚の約束でした。見目が良い知らない男性からの求婚に、普通戸惑わない筈もないのです。
「あの時は……すまない、俺も必死だったから」
小さく呟かれたヴォルの言葉に、私は溢れ出す笑顔を止められませんでした。
「とにかくヴォルは、まずは言葉を尽くす事。そうでなきゃ、単なる強要と同じだからねぇ」
瞳を閉じたまま、ベンダーツさんはヴォルに釘を刺すように告げます。
──はい、それがスワケット港での夜にヴォルが話さなかった理由でした。
正確には話せなかった、話す事を禁じられていたのです。──誰にって勿論、ベンダーツさんでした。しかも、三日間もです。
その間私は事実を知らされる事なく、答えてくれないヴォルに必死になって話し掛けていたのでした。今思い出しても悲しくなります。
後でそれを教えてくれたベンダーツさんには、しっかりと怒っておきました。──だって『忘れてた』とか『言ってなかったっけ』みたいな事を言われたのです。誰だって怒るのは当たり前でした。
「マークさんは、この辺りに来た事はないのですか?」
「ん、ない。俺、箱入り息子だったからさ」
サラリと笑いながら告げるベンダーツさんです。
箱入りって──、男性にも使うのですか。私は思わず小首を傾げました。
「俺みたいに豚箱ではなかっただけマシだな」
「失礼だなぁ。あ、メル。勘違いしないでね、牢じゃなかったから。ヴォルも環境変化は凄まじい物があったけど、周囲から見ればあれは立派な宝石箱だった。……そうは思えない様々な出来事が多すぎただけで」
何だか二人が過去の記憶に意気消沈しています。
幼い頃のヴォルとベンダーツさんの出会いの話も聞いた事がありますが、言葉にされない部分の事情は色々あったのだと推測されました。
そしてヴォルにとってはあまり良い思い出ではない事も伝わってきます。
「あ、あの……サウルクの町に立ち寄りますか?」
私はとりあえず、二人の意識をこちら側に戻すように声を掛けました。
──だって、過去は変えられないものですから。
0
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
公爵閣下の契約妻
秋津冴
恋愛
呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。
伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。
実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。
しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。
オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。
「公爵様、大変失礼ですが……」
「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」
「しかし、結婚は考えられない」
「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」
なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。
彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。
「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」
「うまくやる自信がない?」
「ある女性なんてそうそういないと思います……」
そうなのだ。
愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。
二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。
平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。
週末は契約妻として。
オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。
他の投稿サイトでも掲載しています。
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる