「結婚しよう」

まひる

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第十章

≪Ⅲ≫安心する【1】

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 私達はウクレサの森、バンガム平原を抜けてようやくメタリニ湖が見えてきました。

「もうすぐサウルクの町だ」

 ヴォルが教えてくれます。
 ウマウマさんの馬車は、ヴォルとベンダーツさんが交代で御者を勤めてくれていました。

「あ……あの湖、凄く綺麗でしたよね」

 私は記憶の中のメタリニ湖を思い浮かべます。
 その湖はとても透明度が高くて、底まで見渡せる程でした。

「そうなんだぁ。……二人の出会いの旅を振り返っているようなものだから、何を目にしてもあれこれと感慨深いだろうねぇ」

 馬車の中で、ベンダーツさんはゴロリと横になったままです。──サボっている訳ではありません。
 先程まで御者を勤めていたので、今は休憩なのでした。

「そうですね。まだこの辺りに着いた頃は、私は自分の立ち位置が見えていませんでしたからね」

 本当に強引に、生まれ育った村から連れ出された私です。
 あの時は勿論信じていませんでしたが、ヴォルから掛けられた声は結婚の約束でした。見目が良い知らない男性からの求婚に、普通戸惑わない筈もないのです。

「あの時は……すまない、俺も必死だったから」

 小さく呟かれたヴォルの言葉に、私は溢れ出す笑顔を止められませんでした。

「とにかくヴォルは、まずは言葉を尽くす事。そうでなきゃ、たんなる強要と同じだからねぇ」

 瞳を閉じたまま、ベンダーツさんはヴォルに釘を刺すように告げます。
 ──はい、それがスワケット港での夜にヴォルが話さなかった理由でした。
 正確には話せなかった、話す事を禁じられていたのです。──誰にって勿論、ベンダーツさんでした。しかも、三日間もです。
 その間私は事実を知らされる事なく、答えてくれないヴォルに必死になって話し掛けていたのでした。今思い出しても悲しくなります。
 後でそれを教えてくれたベンダーツさんには、しっかりと怒っておきました。──だって『忘れてた』とか『言ってなかったっけ』みたいな事を言われたのです。誰だって怒るのは当たり前でした。

「マークさんは、この辺りに来た事はないのですか?」

「ん、ない。俺、箱入り息子だったからさ」

 サラリと笑いながら告げるベンダーツさんです。
 箱入りって──、男性にも使うのですか。私は思わず小首をかしげました。

「俺みたいに豚箱ぶたばこではなかっただけマシだな」

「失礼だなぁ。あ、メル。勘違いしないでね、牢じゃなかったから。ヴォルも環境変化は凄まじい物があったけど、周囲から見ればあれは立派な宝石箱だった。……そうは思えない様々な出来事が多すぎただけで」

 何だか二人が過去の記憶に意気消沈しています。
 幼い頃のヴォルとベンダーツさんの出会いの話も聞いた事がありますが、言葉にされない部分の事情は色々あったのだと推測されました。
 そしてヴォルにとってはあまり良い思い出ではない事も伝わってきます。

「あ、あの……サウルクの町に立ち寄りますか?」

 私はとりあえず、二人の意識をこちら側に戻すように声を掛けました。
 ──だって、過去は変えられないものですから。
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