415 / 515
第九章
2.認めている【5】
しおりを挟む
「行こう、メル」
「は、はい」
私はヴォルに促され、漸く宿屋に入ります。
宿の中は木の板が剥き出しの内装でしたが、清掃が行き届いていてとても清潔な感じがしました。
「申し訳ございませんでした、ヴォルティ様。到着早々気分を害してしまいましたね」
「……お前の馴染みか?」
苦笑いを浮かべるベンダーツさんへ、片眉を上げるように問い掛けたヴォルです。
「いえ、何かと因縁をつけられるくらいです。スマクトブ様は子爵の出自ですが以前から業績があまり良くなく、五年以内での実績を求められていらっしゃいます。今年はその最終年の筈ですが……跡継ぎであらせられる彼の方が騎士をされていると言う事は、実質爵位の継続はここでの業績次第となるでしょうか」
ベンダーツさんは顔を伏せ、感情を乗せずに説明しました。
それまでは何だか人の多さに呆気に取られてしまって、私は殆ど対応出来なかったのです。宿に入った事で人の目線から解放された私は、漸く彼等の話に疑問を覚える余裕が出来ました。
「貴族の方の爵位って、ずっと引き継がれていくものではないのですか?」
不意に気になった貴族の位について、ヴォルに問い掛けます。
五年という期限があった事も不思議ですが、最後の年とか業績次第とかも気になっていました。
「爵位は皇帝から与えられる職種の様なものだ。継続的にその名に恥じない業績を残せなければ、爵位は降格も剥奪もされる」
ヴォルがそう説明してくれます。
つまりは貴族だからと、全員が地位に胡座を掻いて座っている訳ではないようでした。皇帝様も考えられているようです。
「親から子へ、当たり前に継がれていくのだと思っていました」
「それですと、地位に固執して悪事を働く輩が増えますからね。現時点でも少なくはないのですが」
私の呟きに、ベンダーツさんの冷たい言葉が降りかかりました。
ベンダーツさん、相変わらず言葉が切れています。お仕事仕様でも媚び諂う事がないのはさすがでした。
「相変わらずだな。お前が認める臣下はいないのか」
「その様な者がいれば、私の仕事も少しは楽になっていたのでしょうけどね。それこそ通常のヴォルティ様の補佐業務外で、まとわりつくコバエの清掃などを含む激務でした」
僅かに苦い表情を浮かべるヴォルです。それに対してお城を思い出したのか、ベンダーツさんは眉を寄せて嫌そうな顔を見せました。
でも、ただの従者ではないところがベンダーツさんなのだと私は思っています。
「お前にとっても、俺が皇帝にならない方が良かっただろ」
「どうですかね。ですが確立された地位があれば、それを後ろ盾にもう少し派手に動けたのやも知れません」
ヴォルが溜め息をつきましたが、逆に悪そうな笑みを浮かべたベンダーツさんでした。
何をしようとしているのか不明ですが──こういう時のベンダーツさんは怖いです。今は片眼鏡をしていませんが、雰囲気が丸ごと変わっているように感じました。
「眼鏡があってもなくても、ベンダーツさんはベンダーツさんなのですよね」
私はしみじみと口にします。
それは片眼鏡がない、人付き合いの良さそうなベンダーツさんを暫く見ていた反動からでもありました。
「……メルシャ様。誤解のないようにお伝えしますが、私の眼鏡は書類処理用です。細かい文字を判別するだけではなく、書類に込められた魔力を見分ける事に使います。ガラス製作に魔法石を砕いた砂を混ぜてあるのですよ。……秘密ですけどね」
本当に秘密を教えてくれているのか、口元に人差し指を当てて小さな声で説明してくれます。
凄いですね、ベンダーツさん。片眼鏡は、ただの飾りではありませんでした。目が悪くて使っている訳ではないのは、ずっと外しているこの旅で分かってましたけど。
「俺の手元に届く書類は、必ずお前の目が通ってたからな」
「はい。ですがその様な工作された書類や書簡など、ヴォルティ様でしたなら開封前の一目で判別されたでしょうが」
肩を竦めるヴォルに、ベンダーツさんはにっこりと告げました。
なるほどです──魔力や魔法を使っての書き付けを送る事も出来るようです。
使い方次第で色々可能な魔力は、使えない私からしてみれば本当に怖いものなのだと感じました。
「は、はい」
私はヴォルに促され、漸く宿屋に入ります。
宿の中は木の板が剥き出しの内装でしたが、清掃が行き届いていてとても清潔な感じがしました。
「申し訳ございませんでした、ヴォルティ様。到着早々気分を害してしまいましたね」
「……お前の馴染みか?」
苦笑いを浮かべるベンダーツさんへ、片眉を上げるように問い掛けたヴォルです。
「いえ、何かと因縁をつけられるくらいです。スマクトブ様は子爵の出自ですが以前から業績があまり良くなく、五年以内での実績を求められていらっしゃいます。今年はその最終年の筈ですが……跡継ぎであらせられる彼の方が騎士をされていると言う事は、実質爵位の継続はここでの業績次第となるでしょうか」
ベンダーツさんは顔を伏せ、感情を乗せずに説明しました。
それまでは何だか人の多さに呆気に取られてしまって、私は殆ど対応出来なかったのです。宿に入った事で人の目線から解放された私は、漸く彼等の話に疑問を覚える余裕が出来ました。
「貴族の方の爵位って、ずっと引き継がれていくものではないのですか?」
不意に気になった貴族の位について、ヴォルに問い掛けます。
五年という期限があった事も不思議ですが、最後の年とか業績次第とかも気になっていました。
「爵位は皇帝から与えられる職種の様なものだ。継続的にその名に恥じない業績を残せなければ、爵位は降格も剥奪もされる」
ヴォルがそう説明してくれます。
つまりは貴族だからと、全員が地位に胡座を掻いて座っている訳ではないようでした。皇帝様も考えられているようです。
「親から子へ、当たり前に継がれていくのだと思っていました」
「それですと、地位に固執して悪事を働く輩が増えますからね。現時点でも少なくはないのですが」
私の呟きに、ベンダーツさんの冷たい言葉が降りかかりました。
ベンダーツさん、相変わらず言葉が切れています。お仕事仕様でも媚び諂う事がないのはさすがでした。
「相変わらずだな。お前が認める臣下はいないのか」
「その様な者がいれば、私の仕事も少しは楽になっていたのでしょうけどね。それこそ通常のヴォルティ様の補佐業務外で、まとわりつくコバエの清掃などを含む激務でした」
僅かに苦い表情を浮かべるヴォルです。それに対してお城を思い出したのか、ベンダーツさんは眉を寄せて嫌そうな顔を見せました。
でも、ただの従者ではないところがベンダーツさんなのだと私は思っています。
「お前にとっても、俺が皇帝にならない方が良かっただろ」
「どうですかね。ですが確立された地位があれば、それを後ろ盾にもう少し派手に動けたのやも知れません」
ヴォルが溜め息をつきましたが、逆に悪そうな笑みを浮かべたベンダーツさんでした。
何をしようとしているのか不明ですが──こういう時のベンダーツさんは怖いです。今は片眼鏡をしていませんが、雰囲気が丸ごと変わっているように感じました。
「眼鏡があってもなくても、ベンダーツさんはベンダーツさんなのですよね」
私はしみじみと口にします。
それは片眼鏡がない、人付き合いの良さそうなベンダーツさんを暫く見ていた反動からでもありました。
「……メルシャ様。誤解のないようにお伝えしますが、私の眼鏡は書類処理用です。細かい文字を判別するだけではなく、書類に込められた魔力を見分ける事に使います。ガラス製作に魔法石を砕いた砂を混ぜてあるのですよ。……秘密ですけどね」
本当に秘密を教えてくれているのか、口元に人差し指を当てて小さな声で説明してくれます。
凄いですね、ベンダーツさん。片眼鏡は、ただの飾りではありませんでした。目が悪くて使っている訳ではないのは、ずっと外しているこの旅で分かってましたけど。
「俺の手元に届く書類は、必ずお前の目が通ってたからな」
「はい。ですがその様な工作された書類や書簡など、ヴォルティ様でしたなら開封前の一目で判別されたでしょうが」
肩を竦めるヴォルに、ベンダーツさんはにっこりと告げました。
なるほどです──魔力や魔法を使っての書き付けを送る事も出来るようです。
使い方次第で色々可能な魔力は、使えない私からしてみれば本当に怖いものなのだと感じました。
0
お気に入りに追加
409
あなたにおすすめの小説
悪妃になんて、ならなきゃよかった
よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨
恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい
綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。
そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。
気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――?
そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。
「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」
私が夫を愛するこの気持ちは偽り?
それとも……。
*全17話で完結予定。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる