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第九章
≪Ⅰ≫手が省(はぶ)ける【1】
しおりを挟むケストニアの町から再び北上し始めた私達は、その馬車の中に詰め込めるだけの食料等を乗せていました。
幸い町の中にあった食料は魔法石化の影響を全く受けず、水も綺麗で生活に支障がなかったようで暫くは生活が出来るとの事です。それ以上に残っていた魔力所持者の方々が飲食しても有り余る程の食材がある為、逆に腐敗等の心配があったとの事でした。
精霊さんはお友だちと会えた事で特別お怒りはなく仲良く帰っていきましたし、ケストニアは不要在庫の整理が出来たので皆が丸く収まったようです。
これで心置きなく、出来るだけ足を止めずに最短で港町へ向かう条件が揃いました。
「魔力に飢えなくなったからか、魔物の姿もあまり見なくなったねぇ。うん、平和だ~」
御者台の上からベンダーツさんが呟いています。
確かにあれ程たくさん、それこそ溢れんばかりにいた魔物に出会わなくなりました。勿論これは魔物がいなくなった訳ではなく、単に通常運転に戻ったとの事です。更に魔法石化したケストニアを離れてから特にその傾向を強く感じました。
「ヴォルが討伐しすぎて魔物が全滅でもしたかなぁ?」
「それならば手が省ける。余計な口を利くならお前も滅んでおくか」
「嫌だなぁ、冗談に決まってるじゃないかぁ」
ふざけて食って掛かるベンダーツさんへ、不穏な言葉でヴォルが返します。
でも彼等はこれが通常運転なので、私は口を挟まず聞き流しました。もうこのようなやり取りに右往左往させられないところが私的に大分慣れたと思います。
そして馬車の中では相変わらずヴォルに抱き締められている私ですが、魔物遭遇率が低い為にかなりの運動不足気味だという強迫観念に迫られているのでした。──勿論、魔物が登場したところで私が討伐する訳ではないです。
それでも全く動かない今よりは、避難の為の行動も運動の一種であったと感じるのでした。
何故ならばお肉が気になるのです。特に、お腹や背中の……。──私、大丈夫でしょうか。
「俺達は魔法石から離れた。ただそれだけだ。魔力流出がなくなった今、魔物の興味は以前と変わらず純粋に魔力を喰らう事だからな」
ヴォルが事も無げに返しました。
魔力の気配を察知する事の出来るヴォルにとって、魔物がいなくなった訳ではないと感覚で知っているようです。
「でも教会だけじゃなくて、ケストニアの町にも結界を張ったんだろう?それも奉仕で。まぁ……あれだけの大きな魔法石があれば、どうしたって周囲の魔物を呼ぶから仕方がないんだけどさぁ。……で、魔力の継続は何にしたの?」
ベンダーツさんは呆れたように肩を竦めました。
教会の結界は壊してしまったので修復の義務が多少ありますが、町の結界に責任はありません。それでも町の人達が魔法石と化しているので、現状のケストニアは魔法石の宝庫になっているので守らなくてはならないとの事でした。
「魔物が魔法石を食い荒らすよりは良い。それに継続対象は教会内の魔法石だ。あの大きさの魔法石なら数十年は問題ない」
「教会と町全体の結界を依託したんじゃ、そうなるよな。逆に小さな魔法石だと数年しか持たないだろうから、あって良かったってところだよねぇ。ついでに魔力探知の能力も奪ってやれば良かったのに」
ケストニアの事情を、ヴォルとベンダーツさんが真面目な顔で話し合っています。
でも二人の話を聞いていて、私は不思議に思いました。教会の魔法石なんて、何処にあったのでしょうか。
「お二人はいつ、教会の魔法石を見られたのですか?」
首を傾げる私に、ヴォルとベンダーツさんの視線が向けられました。
けれどもその視線には驚きが含まれています。──私も見ていないとおかしいようでした。
「あ~……、メルは気が付かなかったんだ。まぁ、大きすぎると逆に分からないってやつかな。木を隠すなら森の中、って本当だよね。教会内の祭壇に見なかったかな、石像」
「教会の、石像ですか?……もしかしてあの、精霊さんの形のですか?」
笑みを浮かべたベンダーツさんが答えを教えてくれます。
そして記憶を巡らせて思い浮かんだのは、天井につきそうな程大きな女性を型どった石像でした。背中に羽があったので、私は精霊さんだと思ったのです。
「あ、メル的には精霊だったんだ。あれ、魔法石だよ。あの大きさから言って、大型の魔物から採取したんだろうね。それを切り削って加工してあるから、年代物って点も併せて結構な代物だな」
ベンダーツさんがさらりと告げました。
でも私はただ驚くばかりです。あのような大きな石像が魔法石だった事もですが、人為的に加工が出来る事にもでした。
私が今まで目にしてきた魔法石は命のままの形だったので、魔物から採取されたかもしれないという推測にも驚きなのです。
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