「結婚しよう」

まひる

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第八章

10.俺にも利(り)がある事【4】

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「それは現地に行ってみなければ実際に分からないと言う事ですね」

 静かに告げられたヴォルの声にハッと我に返ります。
 現地に、ですか──私はそんな考えをした事もありませんでした。距離的に遠いという事は経験上分かっていますし、魔物がいる外の世界を旅するなんて普通に思い至りません。
 でも私達は今も旅をしていますし、ヴォルと一緒ならそれが可能である事も知っていました。

「そう言う事でもあるな。大きな町には魔力協会があるが、さすがに辺境の村では小さな教会に協会員が一名配属されているくらいだろう。魔法石での情報交換も遠距離間では出来ないし、こちらから分かるのはあの辺りで現象が起きたという事だけだよ。しかし、何故姫君ならずツヴァイス殿までもがあの村にこだわるのだ?」

 協会長さんから不思議そうに問われ、私はヴォルを見上げます。
 余程不安な目をしているように見えようで、ヴォルが私の頭をその大きな手で撫でてくれました。人前でこういった行為は恥ずかしいのですが、とても心安らぐ事も確かです。

「……行った事があるのですよ、メルと共に。それなので、俺の大切な思い出の一つなのです」

 わずかに親しみを込めてヴォルが答えました。それを聞いた協会長さんの視線が柔らかくなります。
 そしてヴォルから思い出の一つと言われ、私も少し口元が緩みました。本来ならば私の故郷であると告げるべきかもしれませんが、秘匿ひとくすべき情報でもあります。
 理由は国民の間で私が貴族ではなく、一般市民の玉の輿シンデレラガールであるという事でした。でもマヌサワ村出身である事は、本当にごく一部の信頼ある人にしか知らされていないのです。
 それはベンダーツさんいわく、反対派の貴族によって私の出身地から人質を取られる事を危惧きぐした為でした。両親はいなくても小さな村なので、ほとんどの村人が知り合いなのです。
 盾に取られては、嫌でも逆らえない事態に陥るかもしれないとの事でした。私の弱点はそのままヴォルの弱点になりかねないとのベンダーツさんの考えなのです。

「あぁ、三年程を旅していたのだったな。新婚旅行か?良いなぁ、ワシも……って、その話はどうでも良いな。様子を見に行ってもらえるならそれは助かるが、ここからでは港すらないからなぁ」

 考え込む協会長さんでした。
 実際に協会長さんはどれ程の情報を持っているのかは分かりませんが、ヴォルの旅の理由が旅行扱いだった事は驚きです。
 どのように説明されていたのかは不明ですが、まさか皇帝様も御子息が家出同然に花嫁探しの旅に出たとは言えないとも思いました。
 もし協会長さんが情報を得るにしても、ここケストニアの町はグレセシオ大陸南端です。あわせて大陸同士の移動手段は、北に位置するユースピア港とマグドリア大陸スワケット港とを結ぶ航路しかありませんでした。
 大陸を分断するエフィーオ海は大型客船で五日も掛かる程大きく、南端から仮に船を使うとなるとその倍では済まない程の距離があると言われています。つまりは事実上、ここからマグドリア大陸に渡る手段は存在しないのでした。

「本当に不便だよねぇ。旅人にとっては、ここまで来るのもセントラルから結構掛かかるっていうのに。更に今は、戻って港町に行ったところで船すら出せるかどうかって訳でしょ?」

 ベンダーツさんが愚痴をこぼしています。
 でも冒険者や旅人、それに商人達はそれが当たり前の世界でした。陸路をウマウマさんで、海路を北から船で世界を巡るのです。
 思い返すと、私も結構な距離を旅して来ました。考えれば不思議なもので、村で一生を過ごすと信じて疑わなかったというのにです。

「まぁユースピア港の民は残念だろうが、生き物でない船は魔法石化しないからな。輸出入もあるから、戻る頃には航路が回復しているのではないかね?」

 協会長さんは、セントラルの救援部隊が復興に一役ひとやく買ってくれるだろうと言いました。

「そうあってくれると助かるよぉ。セントラルに寄って救援要請してからとなると、無駄に時間だけが掛かるからねぇ。まぁ俺もやってたから、書類上の手続きの重要性が分からなくもないけどさ」

 両手を上にあげて見せ、首を横に振るベンダーツさんです。
 詳しいのは、それがベンダーツさんの仕事の一部でもあったからでした。立ち位置が変わると、その感じ方も変わるようです。
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