389 / 515
第八章
7.仲間を救ってほしいと【5】
しおりを挟む
──これ、息を吸っても大丈夫なのでしょうか。
私達は今、周囲が黒い靄に覆われたケストニアの町の外に到着していました。けれども近付くにつれ濃くなった靄は既に視界を埋め尽くしていて、本能的に進める足も遅くなってしまうのです。
新鮮な空気がたくさん欲しくなりますが、見える環境から自然と呼吸が細くなっていました。
「何か、呼吸を止めてしまいたくなるよねぇ」
私と同じ様な事を考えていたらしいベンダーツさんです。
これ程はっきりと視認出来ているのが原因でした。──あ、臭いとかは感じないのですけど。
「瘴気と呼ばれるものだ。毒気とも言うか。短時間なら問題ないだろうが、吸い続けると身体の内から魔に侵される」
淡々とした説明をしてくれるヴォルです。
──えっ!?
それを聞いたベンダーツさんと私が固まりました。その割りには平然とここまで歩いて来れたからというのもあります。
「問題ない。一人一人に強力な結界を張ってある。大型魔物の攻撃を直接受けたとしても、一度は耐えられる強固な物だ」
事も無げに告げるヴォルですが、ベンダーツさんと私の頬は明らかに引きつっていました。
いつの間に結界を──とか大型魔物の攻撃を想定しているのかとか、普通には考えられません。
「何か俺、自分の中の常識が覆りそう」
遠い目をしたベンダーツさんでした。
でも言いたい事は分かる気がします。ヴォルって、彼専用の常識の中で生きてますから。勿論誰しもが少なからずそうなのでしょうけど、力を持つが故に基準が半端ないのでした。
それを分かっている私達も既に基準がずれているのですが。
「どうした、メル」
不思議そうにヴォルに問い掛けられました。
彼に悪気は一切なく、結界を張ってくれているのも私達を守る為です。今の魔力を多く消費してしまう環境の中にあっても、自分より優先して考えてくれる優しい人なのでした。
「いえ、特に何でもないです。人それぞれなんだと、改めて思ったくらいですから」
私は笑顔をヴォルに返します。
そして、私の頬が多少ひきつっていても気にしないでください。常識という壁は思っているより厚いのでした。
「そうか」
腑に落ちなさそうなヴォルですが、大丈夫だと告げる私を見て頷きます。
感覚の違いですから仕方がありません。
そんなこんなのやり取りをしている間にも、町の奥へと歩いて来ました。私達はヴォルの結界のおかげで何事もないのですが、町が本当に大変な事になっています。靄のせいで視界は悪いのですが、結界の周囲はちゃんと確認出来ていました。
ケストニアは見るからに大きな町ですから、道中に行き交っていた人影が当たり前の様にあります。でも、誰一人として動いてはいませんでした。
「凄いねぇ……、本当にこれ程とは思いもしなかったよ」
ベンダーツさんの呆れた様な声が響きます。
私としても、悲しみより唖然とした驚きのほうが強くありました。
「魔法石、ですよね?」
ポツリと私は呟きます。
町の人々は全て──いえ、この町の生物が全てと言った方が良いのでしょうか。犬や猫などの小動物すら、残らず青い石像となっているのでした。
「そうだな」
淡々とした返答が返ってきます。
ヴォルの瞳には一体何がどう映っているのでしょうか。いつもの感情が見えない声に不安になりました。
でも隣で見上げた私には、酷く苦しんでいるように映ります。
「おい、ヴォル。もう少し言い方ってものがあるだろうが」
突然食って掛かるベンダーツさんでしたが、私はそれに答える事が出来ませんでした。
「何が言いたい。俺は初めから生命の反応を否定している」
ヴォルは視線だけベンダーツさんに向けて返します。
分かっています、最初から言われていました。私が勝手に期待して、絶望しているだけなのですから。
私達は今、周囲が黒い靄に覆われたケストニアの町の外に到着していました。けれども近付くにつれ濃くなった靄は既に視界を埋め尽くしていて、本能的に進める足も遅くなってしまうのです。
新鮮な空気がたくさん欲しくなりますが、見える環境から自然と呼吸が細くなっていました。
「何か、呼吸を止めてしまいたくなるよねぇ」
私と同じ様な事を考えていたらしいベンダーツさんです。
これ程はっきりと視認出来ているのが原因でした。──あ、臭いとかは感じないのですけど。
「瘴気と呼ばれるものだ。毒気とも言うか。短時間なら問題ないだろうが、吸い続けると身体の内から魔に侵される」
淡々とした説明をしてくれるヴォルです。
──えっ!?
それを聞いたベンダーツさんと私が固まりました。その割りには平然とここまで歩いて来れたからというのもあります。
「問題ない。一人一人に強力な結界を張ってある。大型魔物の攻撃を直接受けたとしても、一度は耐えられる強固な物だ」
事も無げに告げるヴォルですが、ベンダーツさんと私の頬は明らかに引きつっていました。
いつの間に結界を──とか大型魔物の攻撃を想定しているのかとか、普通には考えられません。
「何か俺、自分の中の常識が覆りそう」
遠い目をしたベンダーツさんでした。
でも言いたい事は分かる気がします。ヴォルって、彼専用の常識の中で生きてますから。勿論誰しもが少なからずそうなのでしょうけど、力を持つが故に基準が半端ないのでした。
それを分かっている私達も既に基準がずれているのですが。
「どうした、メル」
不思議そうにヴォルに問い掛けられました。
彼に悪気は一切なく、結界を張ってくれているのも私達を守る為です。今の魔力を多く消費してしまう環境の中にあっても、自分より優先して考えてくれる優しい人なのでした。
「いえ、特に何でもないです。人それぞれなんだと、改めて思ったくらいですから」
私は笑顔をヴォルに返します。
そして、私の頬が多少ひきつっていても気にしないでください。常識という壁は思っているより厚いのでした。
「そうか」
腑に落ちなさそうなヴォルですが、大丈夫だと告げる私を見て頷きます。
感覚の違いですから仕方がありません。
そんなこんなのやり取りをしている間にも、町の奥へと歩いて来ました。私達はヴォルの結界のおかげで何事もないのですが、町が本当に大変な事になっています。靄のせいで視界は悪いのですが、結界の周囲はちゃんと確認出来ていました。
ケストニアは見るからに大きな町ですから、道中に行き交っていた人影が当たり前の様にあります。でも、誰一人として動いてはいませんでした。
「凄いねぇ……、本当にこれ程とは思いもしなかったよ」
ベンダーツさんの呆れた様な声が響きます。
私としても、悲しみより唖然とした驚きのほうが強くありました。
「魔法石、ですよね?」
ポツリと私は呟きます。
町の人々は全て──いえ、この町の生物が全てと言った方が良いのでしょうか。犬や猫などの小動物すら、残らず青い石像となっているのでした。
「そうだな」
淡々とした返答が返ってきます。
ヴォルの瞳には一体何がどう映っているのでしょうか。いつもの感情が見えない声に不安になりました。
でも隣で見上げた私には、酷く苦しんでいるように映ります。
「おい、ヴォル。もう少し言い方ってものがあるだろうが」
突然食って掛かるベンダーツさんでしたが、私はそれに答える事が出来ませんでした。
「何が言いたい。俺は初めから生命の反応を否定している」
ヴォルは視線だけベンダーツさんに向けて返します。
分かっています、最初から言われていました。私が勝手に期待して、絶望しているだけなのですから。
0
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる