「結婚しよう」

まひる

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第八章

4.何者かの意図【2】

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「そこで印をつけられたら最後、心臓をセントラル魔法省の手の内に握られる」

 ベンダーツさんが実際に拳を握り締めました。
 でもこの『心臓を握られる』とは過剰な言い方ではないと感じます。何故ならこちらの居所が知られるばかりか、意思に反していても場合によっては魔法石にもされてしまうのですから。

「でも、何故居場所が分かったりしてしまうのでしょうか」

 理屈は分かりましたが、原理が分からず首をかしげました。
 とても不思議なのです。魔力所持者につける印は、何故それほどの力があるのでしょうか。

「あぁ、これは前に教えたでしょ。魔法石を粉にしたものが印の素なんだって事。魔法石は同じ魔法石に反応するんだよね。だから魔法省側が持っている大きな魔法石を通して、逃げたり隠れたりしていてもその反応箇所を知られるらしいよ。それこそ世界中の何処にいても。あ、そこのところは本当に全く公開されていないから詳しくは分からないって事で内緒ね。知ってると思うけど俺は魔力所持者じゃないし、魔法省は関係者以外が深く立ち入る事を厳しく禁じられているからさ」

 ベンダーツさんは知らないと言いながらも、一般人にはとても知り得ない情報を容易たやすく明かしていました。
 私も魔力を持っていないのでその話自体も本来ならば知り得る筈がないですけど、ただ魔法省と言われる側の人達の思いが尋常でない事は分かります。

「それが本来の魔法省の役目なのですか?」

「ん~……。簡単に言えば魔力所持者の管理と育成、そして結界の保持。あ、でもこれはセントラルの結界限定ね。各町の結界は各町に一任されているから。で~、後は魔法石の管理かな。……あ、ここちょっと欠けてる」

「管理と育成と言う事は、魔力を持った人を鍛えて強くするのですか?」

 だらけて座っていたベンダーツさんですが、話しながら剣のメンテナンスを始めました。
 砥石を出して刃の手入れを始めたベンダーツさんを見ながら、私は疑問に思った事を問い掛けます。話していてもお邪魔ではなさそうなので安心して質問が出来ました。
 そして洗い物を終えた──何故か私の背中に張り付いてきた──ヴォルの、お腹に回ってきたその大きな手を何気なく撫でます。

「まぁ、ね。魔力が魔力所持者の精神と生命に関わる事は話したよね」

「はい」

 私は迷わず首を縦に振りました。
 聞いた時にそうなるのが怖いと思ったので、とても印象に残っているのです。

「魔力所持者は魔力を限界以上に振り絞ろうとすると、己の命までも削って魔力を生み出そうとするのさ。でもその限界値ってのが、『完全になくなる前まで』なら幾らでも使える」

 研いだ刃を見つめながら、ベンダーツさんが意味深に言いました。
 『限界以上がダメだ』は分かりますが、『完全』とか『幾らでも』というのは分かりません。
 私は必死に考えながらも、首をかしげました。

「魔力値は限界まで使う程に高くなる」

「え?」

 そこへ静かに耳元でヴォルに囁かれます。その言葉に私は驚きを隠せませんでした。
 使う程に──しかも、命の危険が付きまとうのにです。

「そうだねぇ、鍛練と思ってもらって良いよ。もしくは修行?体力や持久力を向上させる時にしたりするでしょ。あれもやり過ぎると倒れたりするよね?」

 メンテナンスを終えた剣を鞘に戻しながら、ベンダーツさんは楽しそうでした。
 確かにそこまで言われると──ありかもしれないです。やり方によるのでしょうが、確かに鍛える事は大切だと思いました。

「で、それを魔法省がするの。勿論、実行部隊は魔力協会だけどね。魔力所持者は自分が強くなりたいってのもあって、初めは自主的に参加するんだよ」

 私が首肯した事を確認して、ベンダーツさんは言葉を続けます。
 ──そうですか、自主的に参加するのですか。………………ん?

 付け足された『初め』という単語に、私は思わず首をひねりました。

「気付いた?そう、初めのうち。それでも拒否権はないんだけどさ。キツいらしいよ、結構ね。……まぁ簡単に言うなら、倒れる前までそれこそ何度も繰り返されるんだ。攻撃型の魔力所持者は本人の意思に関わらず、強制的に魔物討伐同行。勿論防御型は結界や魔物討伐の回復班として同じく。だから余計に、強い力を持たない四元素魔力所持者以外はあまり気にされないって感じかな」

 笑みを浮かべている筈のベンダーツさんですが、私はその表情に恐怖を感じてしまいます。
 何だかそれは、黒い政治の世界を知ってしまったような気がしました。
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