「結婚しよう」

まひる

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第八章

2.魔力の流れ【5】

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「バカじゃないのっ?」

 何も言わずヴォルを見ていたベンダーツさんは、吐き捨てるように告げました。
 仮にもあるじに対して言う言葉ではないです。でもそれくらい怒っているのは分かりました。

「アンタさぁ、大概たいがいにしなよ。とことん自分をないがしろにするのは自虐的過ぎてあきれるだけだけど、アンタがいなくなったら俺とメルはどうなるのさ。二人で仲良く生きてけとか言わないよね?……バカも休み休み言えってんだ!魔力がなくなった魔力所持者にあるのは死だぞ?!分かってるのかっ?」

 怒鳴り散らすベンダーツさんです。
 この閉鎖空間である馬車の中で──ベンダーツさんの視線が向けられているのはヴォルですが──、間に私がいる事はあまり考慮されていないようでした。
 ──こ、怖いです。

「分かっている……。だが今はまだ、それほど顕著に症状が現れている訳ではない……から」

 ヴォルがされているようでした。
 さすがに悪いと思っているのでしょうか、視線が落とされています。

「んじゃ、何?もっと症状が現れたら話す気だった?それっていつ?左腕が動かなくなったら?立てない程に魔力が欠乏したら?…………バカにすんなっ。どんだけアンタに信用されてない訳?俺もメルも、アンタにとってそれだけの価値って事?」

「違う……が」

「違わないでしょ。弱味を見せられないって事は、それだけの信頼性がないって事でしょ」

 散々な言われようですが、私は口を挟む余地もありませんでした。
 かといって二人で怒ってはヴォルの居場所がないですし、ここでヴォルをかばうのもおかしい気がします。
 現に今すがり付く様に彼に抱き締められているのですから、動くにも動けませんでした。

「…………………………すまない」

 散々怒鳴ってムスッと黙り込んだベンダーツさんを前に、ようやく一言告げたヴォルです。
 空気が重く、息をして良いのかと思ってしまう程でした。

「次からは自分の不調を隠さず俺やメルに話す事」

「…………分かった」

「はい、宜しく」

 それだけ約束させると、ベンダーツさんは再び馬車の前方へ身体を向けます。
 そして大きく息を吸うと──。

「申し訳ございませんでしたっ」

 大きな声で謝罪し、頭を下げたのでした。
 これには私は勿論ですが、ヴォルも驚いたようです。わずかに瞳を大きくしていましたからね。

「いや……、俺が悪かった。マークに余計な気を使わせた。…………すまない。メルも……悪かった」

「い、いえ……その……はい……」

 戸惑いをあらわにしながらも、再度頭を下げるヴォルでした。
 逆にしどろもどろになってしまう私です。
 でもなんと言うか、今回はベンダーツさんに感謝でした。主従の間柄にある彼がここまで口を出すのは、本来あってはならない事なのでしょう。
 それでもヴォルの事を本当に心配してくれるベンダーツさんへ、感謝以外の言葉は言えませんでした。

「ありがとうございました、ベンダーツさん」

 私は御者ぎょしゃ台へ向け、頭を下げます。
 自然とベンダーツさんにお礼を告げていたのでした。
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