「結婚しよう」

まひる

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第七章

4.何をやっている【2】

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「ヴォル、頭……痛いです」

 ガッチリと腕の中に固定された頭の解放を願い、私は彼の服を軽く引っ張りました。ですが中々腕の力を緩めてくれません。
 ──お、怒っています?

「……勘弁してくれ」

「え……?」

 その声に怖々と視線を上げると、酷く疲れたようなヴォルがいました。
 でも目が合ったかと思うと、らすように私の肩に頭を埋めてしまいます。
 ──えっと……。
 痛そうな苦しそうな辛そうな悲しそうなそんな、そんな色々な感情が肌を通して伝わってきました。私も何故だか気持ちが沈みます。

「大丈夫、ですか?」

 怒っているのではないのだと思い、それならば何が理由なのかと心配になりました。
 そして私は戸惑いつつも、腕を伸ばして彼の頭を撫でます。ちょうど項垂れているので、いつもは届かない私の手が届きました。──うん、サラサラの濃紺の髪が心地よいです。

「……心配した」

「はい?」

 ボソリと呟かれ、再びギュッと身体を抱き締められます。
 ちょっと苦しいですけど、全身にヴォルの体温が伝わって心地好いので良い事にしました。そしてそのままヴォルの頭を撫で続けます。
 彼のそばは凄く安心出来て、心が温かく穏やかになりました。先程までの恐怖は何処へやらの、とても現金な私です。

「あ~……ごめんね、良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど……。あの、降ろしてくれない?」

 髪の感触にうっとりと瞳を閉じていた私ですが、その声の聞こえた方向が上からだった事に違和感を感じて相手を捜しました。
 そして見つけたのですが、──何故でしょう、とても不思議です。

「どうしたのですか、マークさん」

 思わず声を掛けました。そう、彼がいる場所が思ったより高いところだったからです。
 勿論ヴォルの結界の内側ではありますが彼の足は地面に着く事なく、町長さんのお屋敷の壁の一部──何故かそこだけ壁がありました──に引っ掛かるようにしてぶら下がっていました。
 あの嵐のような風に飛ばされた結果なのでしょうが、こんなに上手く引っ掛かるものでしょうか。

「いやぁ、俺にも良く分からないんだけどさぁ……」

 苦笑いのベンダーツさんですが、上手く引っ掛かっているようで揺すったりしても取れないようなのです。
 でもそこは床からヴォルの身長以上の高さがある場所でした。下手に落ちたりしては、怪我では済まないかもしれません。

「あ、あの……ヴォル?」

 お願いしようとヴォルに声を掛けますが、全く反応してくれませんでした。
 私の肩に顔を埋めたままのヴォルは、いっこうに動こうとしないのです。私自身も強く抱き締められているので動けませんし、一体どうしたら良いのか軽く混乱してしまいました。

「……放っておけ」

 しばらくして、そんな私に抑揚なく答えたヴォルです。
 ──あれ、ベンダーツさんに怒っています?
 などと思うが早いか、そのまま私はベッドに押し倒されました。このベッドは私がいた事もあり、先程の風では吹き飛ばされなかったようです。

「ヴォル~、ごめんっ。本当にごめん!俺が悪かった、本当にごめんっ」

 全くヴォルが助ける気配がないのを察したようで、ベンダーツさんは必死に謝り始めました。
 先程のベンダーツさんのじゃれ合いが怒りの原因なのですね。ここでようやく気付く私もなんですが、あれは本気ではなかったと思いました。とりあえず私で遊びすぎたのですよ──怖かったですけど。

「ヴォル、本当にごめんってばぁ。……こっち向いてくれないかなぁ?」

 これ程必死にヴォルへ声を掛けるベンダーツさんを初めて見ました。
 ところで、ヴォルは大丈夫だったのでしょうか。とても普通にここにいますけど、ゼブルさんを捜して交渉をしていたのではなかったですか?

 私はそんな事を考えながらも、抱き枕状態のままヴォルの髪を撫で続けていました。
 彼が落ち着くのを待とうと思います。
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