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第七章
≪Ⅳ≫何をやっている【1】
しおりを挟むヴォルが結界を出てから、どれだけの時間が経ったのでしょうか。
既に辺りは暗くなり、周囲を取り囲んでいたサガルットの人々も家へ帰ってしまったようでした。夕暮れ時に来たのですが、きちんと夜になれば帰宅するのが逆に不思議です。
「腹減ったなぁ。けど俺だけじゃ、ここで火を起こせないんだよねぇ」
椅子に腰掛けて呟くベンダーツさんでした。
そうですよね、はい。ここは外なのですけど、ある意味外ではないです。町長さんのお屋敷の家具がそのままここにあるのですから、良し悪しもある訳でした。
何故ならば床板がある事によって、普通に火打ち石で火を起こせば確実に床材が燃えて火事になってしまいます。
「ヴォル……、遅いですね」
「ったく、何をやってるんだか」
ベンダーツさんが口にする前から私も空腹を感じていたので、どうしてもヴォルの帰還を待ち望んでしまうのでした。
けれども、ぼやきはしても相手が一筋縄ではいかない事も分かっています。簡単には解決する事でもないのだと頭では分かっているのでした。
「……俺がメルを襲ったら、慌てて帰って来るかな」
「はい?」
ベンダーツさんが冗談とも本気ともつかない事を呟きます。
いえ、実際には食料が全くない訳ではないのでした。ベンダーツさんが気付いてない筈もないのでしょうが、食材の他にも携帯食料などの準備はあるのです。
「待つのは嫌いなんだよね」
そう言いながら立ち上がったベンダーツさんは、対面するベッドに腰掛けている私へゆっくりと歩み寄って来ました。
──え?それ、冗談ではないのですか?
ただ空腹なだけならば携帯食料を食べれば良いのです。私はベンダーツさんの真意を読み取れず、固まったまま彼を見上げました。
「俺だって一度は経験してみたいんだよな」
何の話だか分かりませんが、ベンダーツさんの表情が見えません。
──な、何が……どうなっているのですか?
唖然としている私の目の前に立ち塞がったベンダーツさんの右手が、ゆっくりと伸びてきました。
──こ……。
──怖……い……、です……。
ベンダーツさんの表情が見えない事で、伸びてくる手が更なる恐怖を呼びます。
太い指、大きな手。……知らない、男の人。
過去の記憶が蘇りました。これはヴォルではありません。
──い……、嫌……っ!
私は咄嗟にそう思ってしまいました。
次の瞬間左手首の腕輪が熱を持ち、ブワッと私の髪が巻き上がります。いえ、正確には私の周囲を取り囲むように風が巻い上がりました。
私がいつの間にか固く閉じていた瞳を開いた時、そこには嵐があったのです。周囲のあらゆる物が風によって舞い上がり、羽ばたき──ぶつかり合っていました。
そしてそれは私の手を伸ばした範囲から外の現象だったのです。
「こ……、これ……って……」
状況が読めず、唖然としてしまった私です。
どうなっているのか分かりませんが、その力が左手首の腕輪から発せられているのは理解出来ました。──って、ベンダーツさんは?!
「あっ!」
すぐに思い出せて良かったです。だって彼は、ヴォルの結界の中でグルグルと振り回されていたのですから。
大きな渦潮に巻き込まれた木の葉のように、その身を守る物は何もないままでした。
──このままでは危険ですっ。
私は咄嗟に立ち上がり、ベンダーツさんへ手を伸ばしました。それでも私の回り以外の風は渦を巻いていましたが、突然フワリと空気が変わります。
──あ、あれ?
「何をやっている」
低い声が頭の上から響きました。
この声、間違える筈がないです。けれども、見上げようとした私の頭は何故か動きませんでした。
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