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第六章
10.何故だか落ち着かない【2】
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薄暗いです。先程までいた同じ屋敷内とは思えませんでした。
私達は裏口から入ってすぐ、地下へ続くと思われる石壁の階段を下りていきます。
先頭にはユーニキュアさん。そして、ヴォルと私が続きます。
でも何故──。意識の奥の方で疑問が浮かんでは消えました。今は聞いていられる雰囲気でもありませんから、私はヴォルに手を繋がれたまま無言で足を動かします。
「今は誰もいません。早く彼を……」
二階分程の階段を下りた先にあった扉の前で、ユーニキュアさんが立ち止まります。
ユーニキュアさん?誰を──、誰の事を言っているのですか?
脳内フリーズ状態の私は、ヴォルに手を引かれたまま僅かに照らされた地下の部屋を見やりました。……あ……れ?
「…………」
無言ままのヴォルが足を踏み出します。
その足元にある影──そこにいるのは……、誰?
「…………行くぞ」
ヴォルが声を掛けたのは、魔法光一つの薄暗い湿った地下室で横たわっている人物でした。
それだけを告げ、私と繋いだ手を放す事なくもう一方の手を伸ばします。──そう、義手の手を。
「……申し訳ありません」
深々と頭を下げるユーニキュアさんに視線を向ける事なく、自分と大して変わらない背丈の人一人を軽々とその肩に担ぎ上げました。
いえ、軽くなんてある筈がないですよね。一歩、また一歩と進むヴォルの足取りが先程より断然重いです。それでも私の手を放さないのはどうしてでしょうか。
「泣くな」
「泣いてなんて……」
背を向けたままのヴォルに指摘され、私は反論しながら自分の頬に手を当てました。そしてそこで初めて気付きます。
私は自分でも知らない内に涙を流していました。
痛み、悲しみ、憤り──もう様々な感情が暴走しすぎて訳が分からないです。ただ一つ私に出来る事は、声を出さない事だけでした。
結界を張る。三重に。誰も、何も入らせはしないように。
「無理を言う」
唯一の生命の精霊に懇願する。
まだ大した力も蓄えていない、生まれて間もない精霊。だが今は、他に打つ手がなかった。
コイツを見つけたのはこの屋敷の地下牢。ぼろ雑巾のようになっていたベンダーツである。
出来るならこの町を去りたかったが、あまりにも状態が良くなかった。不本意ながらも与えられた部屋に戻り、治療を施す。
打ち身、切り傷多数。
何の拷問を受けたのか、ご丁寧に傷口に毒まで塗り込んであった。最早、薬草で本人の治癒力を高めている猶予はない。
精霊がベンダーツの周りを飛び交う中、俺は主従のリングに視線を移す。何故もっと早く呼ばなかった。繋がっている事など知っているだろうに。
最後まで俺を呼ばないつもりだったのか?
感じていた小さな反応は、コイツの本能的なものだったのだろう。
俺は精霊に魔力を吸い取られながら考える。俺の存在理由そのものである魔力。これが完全になくなれば、俺はこの世界に不要のものとなるだろう。
隣で泣き疲れて眠るメルを見る。彼女は──、そんな俺を必要としてくれるだろうか。
「……ヴォ……ルティ……様……」
掠れた声に視線をやると、結界の中で薄く目蓋を開いている奴と目が合う。
「馬鹿マーク」
それが聞こえたのか、うっすら笑みを浮かべる。そしてソイツは再び意識を失った。
──ふざけるなよ、ベンダーツ。
私達は裏口から入ってすぐ、地下へ続くと思われる石壁の階段を下りていきます。
先頭にはユーニキュアさん。そして、ヴォルと私が続きます。
でも何故──。意識の奥の方で疑問が浮かんでは消えました。今は聞いていられる雰囲気でもありませんから、私はヴォルに手を繋がれたまま無言で足を動かします。
「今は誰もいません。早く彼を……」
二階分程の階段を下りた先にあった扉の前で、ユーニキュアさんが立ち止まります。
ユーニキュアさん?誰を──、誰の事を言っているのですか?
脳内フリーズ状態の私は、ヴォルに手を引かれたまま僅かに照らされた地下の部屋を見やりました。……あ……れ?
「…………」
無言ままのヴォルが足を踏み出します。
その足元にある影──そこにいるのは……、誰?
「…………行くぞ」
ヴォルが声を掛けたのは、魔法光一つの薄暗い湿った地下室で横たわっている人物でした。
それだけを告げ、私と繋いだ手を放す事なくもう一方の手を伸ばします。──そう、義手の手を。
「……申し訳ありません」
深々と頭を下げるユーニキュアさんに視線を向ける事なく、自分と大して変わらない背丈の人一人を軽々とその肩に担ぎ上げました。
いえ、軽くなんてある筈がないですよね。一歩、また一歩と進むヴォルの足取りが先程より断然重いです。それでも私の手を放さないのはどうしてでしょうか。
「泣くな」
「泣いてなんて……」
背を向けたままのヴォルに指摘され、私は反論しながら自分の頬に手を当てました。そしてそこで初めて気付きます。
私は自分でも知らない内に涙を流していました。
痛み、悲しみ、憤り──もう様々な感情が暴走しすぎて訳が分からないです。ただ一つ私に出来る事は、声を出さない事だけでした。
結界を張る。三重に。誰も、何も入らせはしないように。
「無理を言う」
唯一の生命の精霊に懇願する。
まだ大した力も蓄えていない、生まれて間もない精霊。だが今は、他に打つ手がなかった。
コイツを見つけたのはこの屋敷の地下牢。ぼろ雑巾のようになっていたベンダーツである。
出来るならこの町を去りたかったが、あまりにも状態が良くなかった。不本意ながらも与えられた部屋に戻り、治療を施す。
打ち身、切り傷多数。
何の拷問を受けたのか、ご丁寧に傷口に毒まで塗り込んであった。最早、薬草で本人の治癒力を高めている猶予はない。
精霊がベンダーツの周りを飛び交う中、俺は主従のリングに視線を移す。何故もっと早く呼ばなかった。繋がっている事など知っているだろうに。
最後まで俺を呼ばないつもりだったのか?
感じていた小さな反応は、コイツの本能的なものだったのだろう。
俺は精霊に魔力を吸い取られながら考える。俺の存在理由そのものである魔力。これが完全になくなれば、俺はこの世界に不要のものとなるだろう。
隣で泣き疲れて眠るメルを見る。彼女は──、そんな俺を必要としてくれるだろうか。
「……ヴォ……ルティ……様……」
掠れた声に視線をやると、結界の中で薄く目蓋を開いている奴と目が合う。
「馬鹿マーク」
それが聞こえたのか、うっすら笑みを浮かべる。そしてソイツは再び意識を失った。
──ふざけるなよ、ベンダーツ。
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