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第六章
9.見なくて良い【4】
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「ありがとうございます、ヴォル」
私はお疲れ様と感謝の意味を込めて──いつもはしませんが──、その腕に自分から抱き付きました。
既に天の剣を鞘に納めていたヴォルは、そのまま私を自らの胸に抱き入れます。
しかしながら私、本当にこの場所が好きだと実感しました。ヴォルにギュッてされるのも、彼の匂いと体温に包まれるのも幸せだと心から思えるのです。
「……これは拷問のようでもある」
「はい?」
ヴォルの呻くような声に顔を上げました。
何故だか僅かに眉間にシワが寄っています。苦しそう……っていうか、何だか辛そうな感じでした。
「どうかしたのですか?」
「いや……男の性だ」
苦しそうではあるのですが、ヴォルは腕の力を緩めようともしません。そのまま私を胸に抱きいれた状態でした。
ん~、表情の乏しいヴォルの心の内を悟るのは更に難しいです。まさかとは思いますが、何処か怪我でもしているのか心配になりました。
元来冒険者という人達は、常に危険の中に身を置いています。それ故身体を覆う装備は固く、それでいて動きやすい──戦闘向きの服装をしているのでした。
勿論魔剣士と言う装いのヴォルも同じです。肉体的弱点になるところ程固い素材で出来ているので、外側からペタペタ触ったくらいでは全く分かりませんでした。
それでも私はヴォルの身体に触れます。
「メル……、何をしている」
訝しげな声音のヴォルですが、私はその動きをやめませんでした。
そうかと言って抱き締められている状態では私は大して腕を動かせません。それでも異変を察しようと、彼の身体を服の上から触っていた訳です。
変態さんではないですから、これはあくまで確認行為なのでした。
「えっと……、怪我とかしてませんか?」
「何を……」
「痛そうと言うか、苦しそうですし……」
「…………問題ない」
私の問い掛けに返してくれたヴォルですが、何故かスッと身体を離されます。えっ、何が──と思ってヴォルを見上げた途端、唇を落とされました。
それは触れるだけの軽いものでしたが、私の頬は一気に熱くなります。
「メルのそれと同じ、頭ではどうにもならない反応だ。気にするな」
フッと口元を緩めたヴォルでした。頭ではどうにもならない反応──との事です。
私の赤面のような、考えてやった訳ではない肉体的反応の事を言いたかったようでした。
勿論ヴォルと私には色々と違いがあります。性別も年齢も、ましてや育った環境そのものが違うのですから当たり前でした。
「だから、気にするなと言っている」
静かな声音を返してくれます。
急にヴォルとの『立場の差』を思い出して自分の心の殻の中に入りかけた私を、ヴォルは優しく頭を撫でてくれました。
それでも彼と私は夫婦です。いつまでも過去を気にしていても仕方のない事なのでした。
そうかと言って、開き直れない小心者の私。
「行くぞ、メル」
「はいっ」
内心で葛藤している私はヴォルに声をかけられ、自然な感じで手を差し伸べられます。
たったそれだけで私は嬉しくなって、そしてその手に触れるだけでとても安心するのでした。
本当に単純ですみません。
瓦礫を先程と同じ様に抱き上げられて越えます。そうして町に戻ると、すぐにヴォルは先程の町長さんの屋敷を訪れました。
勿論先方は驚いたようですが、ヴォルは淡々とではありますが先程の防御壁の状態を説明します。そして『現状の汚れを取り払った事』、『可及的速やかに壁を修復させる必要があるといった事』を告げました。
こう言った事は普段はベンダーツさんの役割りなのですが──そう言えば、ベンダーツさんは何処に行ったのでしょうか。
買い物に行くとは言っていましたが、帰りが遅くないですか?
私はお疲れ様と感謝の意味を込めて──いつもはしませんが──、その腕に自分から抱き付きました。
既に天の剣を鞘に納めていたヴォルは、そのまま私を自らの胸に抱き入れます。
しかしながら私、本当にこの場所が好きだと実感しました。ヴォルにギュッてされるのも、彼の匂いと体温に包まれるのも幸せだと心から思えるのです。
「……これは拷問のようでもある」
「はい?」
ヴォルの呻くような声に顔を上げました。
何故だか僅かに眉間にシワが寄っています。苦しそう……っていうか、何だか辛そうな感じでした。
「どうかしたのですか?」
「いや……男の性だ」
苦しそうではあるのですが、ヴォルは腕の力を緩めようともしません。そのまま私を胸に抱きいれた状態でした。
ん~、表情の乏しいヴォルの心の内を悟るのは更に難しいです。まさかとは思いますが、何処か怪我でもしているのか心配になりました。
元来冒険者という人達は、常に危険の中に身を置いています。それ故身体を覆う装備は固く、それでいて動きやすい──戦闘向きの服装をしているのでした。
勿論魔剣士と言う装いのヴォルも同じです。肉体的弱点になるところ程固い素材で出来ているので、外側からペタペタ触ったくらいでは全く分かりませんでした。
それでも私はヴォルの身体に触れます。
「メル……、何をしている」
訝しげな声音のヴォルですが、私はその動きをやめませんでした。
そうかと言って抱き締められている状態では私は大して腕を動かせません。それでも異変を察しようと、彼の身体を服の上から触っていた訳です。
変態さんではないですから、これはあくまで確認行為なのでした。
「えっと……、怪我とかしてませんか?」
「何を……」
「痛そうと言うか、苦しそうですし……」
「…………問題ない」
私の問い掛けに返してくれたヴォルですが、何故かスッと身体を離されます。えっ、何が──と思ってヴォルを見上げた途端、唇を落とされました。
それは触れるだけの軽いものでしたが、私の頬は一気に熱くなります。
「メルのそれと同じ、頭ではどうにもならない反応だ。気にするな」
フッと口元を緩めたヴォルでした。頭ではどうにもならない反応──との事です。
私の赤面のような、考えてやった訳ではない肉体的反応の事を言いたかったようでした。
勿論ヴォルと私には色々と違いがあります。性別も年齢も、ましてや育った環境そのものが違うのですから当たり前でした。
「だから、気にするなと言っている」
静かな声音を返してくれます。
急にヴォルとの『立場の差』を思い出して自分の心の殻の中に入りかけた私を、ヴォルは優しく頭を撫でてくれました。
それでも彼と私は夫婦です。いつまでも過去を気にしていても仕方のない事なのでした。
そうかと言って、開き直れない小心者の私。
「行くぞ、メル」
「はいっ」
内心で葛藤している私はヴォルに声をかけられ、自然な感じで手を差し伸べられます。
たったそれだけで私は嬉しくなって、そしてその手に触れるだけでとても安心するのでした。
本当に単純ですみません。
瓦礫を先程と同じ様に抱き上げられて越えます。そうして町に戻ると、すぐにヴォルは先程の町長さんの屋敷を訪れました。
勿論先方は驚いたようですが、ヴォルは淡々とではありますが先程の防御壁の状態を説明します。そして『現状の汚れを取り払った事』、『可及的速やかに壁を修復させる必要があるといった事』を告げました。
こう言った事は普段はベンダーツさんの役割りなのですが──そう言えば、ベンダーツさんは何処に行ったのでしょうか。
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