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第六章
7.もう使えんな【2】
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それから暫く、私達は町の様子を観察していました。そして結論から言えば、やはり何処かおかしいのです。
まず第一に、出入りする人影がありません。本当に誰も出てこず、誰も入っていきませんでした。あんなに大きな町なのに、誰一人として動く姿を見掛けなかったのです。
第二に静かに烟る灰色の煙。いつまでも消える事なく、何かの合図のように細く長く立ち上っていました。
「……どうされますか?」
私は隣で固い表情をしているユーニキュアさんに問い掛けます。実際、彼女が一番辛い立場なのでしょうから。
そして商団の指揮者でもありました。彼女の判断を仰がない理由はありません。
「とりあえず……、もっと詳しい町の様子を調べに行かなくてはならないわね」
静かな返答が返ってきました。
でもユーニキュアさんの重ねた両手が微かに震えているのに私は気付きます。
当たり前ですよね、怖くない筈がありませんでした。家族も知り合いもたくさんいるのでしょうから。
「では私も行きます」
「でも貴女は……」
思わず同行を願い出てしまいました。
私の意気込みに、不安そうな表情のままユーニキュアさんが首を横に振ります。
「確かに、私がここを離れれば商団の方々の結界が無くなってしまいます。でもここよりも、今は町の方が危なくはないですか?」
「だからこそダメなの。ここの皆を貴女が守ってくれる約束でしょ?」
「それは……」
「だから貴女はここにいて。私は大丈夫よ。少しだけ様子を見てくるだけだもの。危ないようならすぐに引き返してくるわ」
守るべき者は誰なのかを問い掛けられ、私は口ごもってしまいました。
私を中心に掛けられた結界の魔法は、商団の方々を守る為です。勿論その中にはユーニキュアさんも入っていますが、行き先が別れる場合には──多数を選択しなければならない事もあるのだと心が軋みました。
それでも彼女から強い意思を持った瞳を向けられます。私とは別の方法で、ユーニキュアさんはこの商団を守る義務があるのだと突き付けられたようでした。
ならば当初の仕事をするという事で、私も商団を守らなくてはなりません。
「分かりました。本当に……本当に本当に、危なかったらすぐに戻ってきて下さいね?」
「えぇ、勿論よ」
私の無理難題とも思える言葉に小さな笑みを返してくれました。
そうして動ける男の人を二人だけ連れ、ユーニキュアさんはサガルットの町へ向かいます。その小さくなっていく背中を見送る私でした。
私は相変わらず何も出来ません。ここを守る為の結界すら、ヴォルの魔法なのですから。
「……ヴォル……、早く帰ってきてください……」
そうしている間に、また夜が近付いて来ます。
私は必死に不安を顔に出さないようにしていました。だって商団の方々の方がそれ以上に不安でしょうから。
何処からか呼び声が聞こえる。懐かしい──、温かい光を伴うもの。
俺は不意に深く息を吸った。──胸が苦しい。痛い程の感覚に、自然と眉を寄せる。
「気が付かれましたか?」
「……お前……」
視界に映ったそれに、更に眉が寄ったのは仕方のない事だ。
俺とした事がどうやら意識を失っていたようで、次に自分の身体が大地に横たわっている事を認識する。
「魔力を消費しすぎたようですが、お身体の方は異常ありませんか?」
「あぁ。それよりお前はどうなんだ。傷だらけだぞ」
「命には問題ございません。少々見苦しいかとは存じますが、何とぞご容赦の程を」
軽く頭を下げるベンダーツ。
全身血まみれで、座って身体を起こしていられるのが不思議なくらいだ。だがどうやらそれ以上は奴も自由に動けないようである。
俺は重い身体を動かし、半身起き上がらせた。くそっ、左側が動かない。
無意識のうちに確認していた気配でも察していたが、改めて周囲を見回して魔物のいない事をしった。そして自分達のいる場所を視認する。
ここは──魔物の墓場だった。
まず第一に、出入りする人影がありません。本当に誰も出てこず、誰も入っていきませんでした。あんなに大きな町なのに、誰一人として動く姿を見掛けなかったのです。
第二に静かに烟る灰色の煙。いつまでも消える事なく、何かの合図のように細く長く立ち上っていました。
「……どうされますか?」
私は隣で固い表情をしているユーニキュアさんに問い掛けます。実際、彼女が一番辛い立場なのでしょうから。
そして商団の指揮者でもありました。彼女の判断を仰がない理由はありません。
「とりあえず……、もっと詳しい町の様子を調べに行かなくてはならないわね」
静かな返答が返ってきました。
でもユーニキュアさんの重ねた両手が微かに震えているのに私は気付きます。
当たり前ですよね、怖くない筈がありませんでした。家族も知り合いもたくさんいるのでしょうから。
「では私も行きます」
「でも貴女は……」
思わず同行を願い出てしまいました。
私の意気込みに、不安そうな表情のままユーニキュアさんが首を横に振ります。
「確かに、私がここを離れれば商団の方々の結界が無くなってしまいます。でもここよりも、今は町の方が危なくはないですか?」
「だからこそダメなの。ここの皆を貴女が守ってくれる約束でしょ?」
「それは……」
「だから貴女はここにいて。私は大丈夫よ。少しだけ様子を見てくるだけだもの。危ないようならすぐに引き返してくるわ」
守るべき者は誰なのかを問い掛けられ、私は口ごもってしまいました。
私を中心に掛けられた結界の魔法は、商団の方々を守る為です。勿論その中にはユーニキュアさんも入っていますが、行き先が別れる場合には──多数を選択しなければならない事もあるのだと心が軋みました。
それでも彼女から強い意思を持った瞳を向けられます。私とは別の方法で、ユーニキュアさんはこの商団を守る義務があるのだと突き付けられたようでした。
ならば当初の仕事をするという事で、私も商団を守らなくてはなりません。
「分かりました。本当に……本当に本当に、危なかったらすぐに戻ってきて下さいね?」
「えぇ、勿論よ」
私の無理難題とも思える言葉に小さな笑みを返してくれました。
そうして動ける男の人を二人だけ連れ、ユーニキュアさんはサガルットの町へ向かいます。その小さくなっていく背中を見送る私でした。
私は相変わらず何も出来ません。ここを守る為の結界すら、ヴォルの魔法なのですから。
「……ヴォル……、早く帰ってきてください……」
そうしている間に、また夜が近付いて来ます。
私は必死に不安を顔に出さないようにしていました。だって商団の方々の方がそれ以上に不安でしょうから。
何処からか呼び声が聞こえる。懐かしい──、温かい光を伴うもの。
俺は不意に深く息を吸った。──胸が苦しい。痛い程の感覚に、自然と眉を寄せる。
「気が付かれましたか?」
「……お前……」
視界に映ったそれに、更に眉が寄ったのは仕方のない事だ。
俺とした事がどうやら意識を失っていたようで、次に自分の身体が大地に横たわっている事を認識する。
「魔力を消費しすぎたようですが、お身体の方は異常ありませんか?」
「あぁ。それよりお前はどうなんだ。傷だらけだぞ」
「命には問題ございません。少々見苦しいかとは存じますが、何とぞご容赦の程を」
軽く頭を下げるベンダーツ。
全身血まみれで、座って身体を起こしていられるのが不思議なくらいだ。だがどうやらそれ以上は奴も自由に動けないようである。
俺は重い身体を動かし、半身起き上がらせた。くそっ、左側が動かない。
無意識のうちに確認していた気配でも察していたが、改めて周囲を見回して魔物のいない事をしった。そして自分達のいる場所を視認する。
ここは──魔物の墓場だった。
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