「結婚しよう」

まひる

文字の大きさ
上 下
284 / 515
第六章

≪Ⅶ≫もう使えんな【1】

しおりを挟む

「サガルットだ……っ!」

ようやく町に……っ!」

 背後の商団の方々から喜びの声が聞こえてきます。
 そうなのです。私達は必死に進み続け、やっとの事でサガルットの町を目前にしたのでした。──はい、まだ到着してはいませんが。

「着いた……のですか?」

「えぇ、あの町がサガルットよ」

 一人でウマウマさんに乗る事、一日半。
 こんなにも一人でウマウマさんに乗っていた事は初めてで、これまでの旅でどれだけヴォルに支えていてもらったのかを痛感したのです。
 そんな私は身体全体が鉛のように重く感じながらも、何とか目前に見えるサガルットの町へ視線を走らせました。

「おい……、何か変じゃないか?」

「……あの煙りは何だ?」

 ですが、近付くにつれて見えてくる物が変わります。商団の方々の不安を乗せた声が、酷く大きく聞こえました。
 視界に映るのは、明らかに平和な風景ではないのです。

 違和感──それ以外の何物でもありませんでした。

「止まりましょう」

 私の声に全体の歩みが止められます。
 しかしながら、そんな私の背中に不満の声がぶつけられました。

「何よ。どうしたって言うの?行かなきゃ分からないじゃない。何かあったようなら、尚更行かないとっ」

「すみません、ユーニキュアさん。ですが私は、私自身を中心にこの商団を守る結界をヴォルに張ってもらっています。私にはこの商団を守る義務があります」

 不安を逆に感じ、今すぐにでも走っていきそうなユーニキュアさんを止めます。
 振り返って──馬上ではありますが──頭を深く下げました。

「そんな……事、ここまで来たらもう大丈夫よっ」

「……ユーニキュアさん。貴女も不安を感じているのではありませんか?私は不安です。このまま進んで良いのか。結界は術者から離れてどのくらいの強度を維持出来るのか。私の判断は間違っていないのか」

 私は出来るだけ静かな声音で話すように心掛けます。真っ直ぐユーニキュアさんの目を見て、彼女の心に届くように言葉を続けました。
 これ以上興奮させないように、言葉とは違って必死に自分の不安を隠します。

「何よ……、もう目の前なのよ?」

「だからこそ、です」

 更なる進行を訴えるユーニキュアさんに、私は視線をらす事なく答えました。
 言葉をいくら尽くしても、人の思いは簡単に変える事は出来ません。私は黙って彼女の判断に委ねました。

「……はぁ……、分かったわ。一旦ここで休息をとります」

 どれだけ見つめ合ったのか、大きな溜め息を一つついてからユーニキュアさんが告げます。
 渋々な感じは否めませんが、とりあえず立ち止まる事に同意をしていただけたようなので安心しました。さすがに多数決とかされると、アウェイの私には勝ち目がありませんから。

「ありがとうございます」

 私は深く頭を下げ、ユーニキュアさんの判断に感謝しました。
 焦りは禁物です。いえ、一番焦っているのは私なのでしょうけど。──そうなのです。ヴォル達がまだ戻ってきていませんでした。

 戻ってきて──いないのです。

「メルも食事をした方が良いわ」

 ユーニキュアさんがそう言って、私に食事の乗ったプレートを差し出してくれました。

「あ……、ありがとうございます」

 プレートを受け取った私の声は、少なからず震えていました。
 ここに来る迄にも何度か休憩を挟みましたが、私の食欲は全くといって良い程沈黙を貫いています。プレートの上に並んでいる携帯食料を見ている今も、全然食べたいと思えませんでした。

 商団の皆さんは私からあまり離れず──それでも思い思いの場所で寛いでいるようで、それぞれが食事を口にしています。
 もしくは、その不安を隠すように食事をしているのかもしれません。

「食べなきゃ、いざと言う時に立てないですものね」

「……そう……ですよね」

 私が周りの人ばかり見ているのを気になったのか、ユーニキュアさんは独り言のようにポツリと呟きました。
 勿論私だって皆さんの足手まといになる訳にはいきません。食欲は全くといって良い程ありませんが、無理にでも口に押し込めました。
 ヴォルがいない不安にわずかな事で涙しそうになる今の私でしたが、それでも必死に食事と一緒に涙を飲み込んだのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

公爵閣下の契約妻

秋津冴
恋愛
 呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。  伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。  実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。  しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。  オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。 「公爵様、大変失礼ですが……」 「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」 「しかし、結婚は考えられない」 「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」    なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。  彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。   「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」 「うまくやる自信がない?」 「ある女性なんてそうそういないと思います……」  そうなのだ。  愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。  二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。  平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。  週末は契約妻として。  オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

処理中です...