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第六章
≪Ⅵ≫抑えが利(きか)なくなる【1】
しおりを挟む「メル」
「あ、はいっ」
「……いや、何でもない」
ベンダーツさんの背中を見送っていた私に、手を繋いだ状態のヴォルが声を掛けてきました。ですが、返答をすれども続きはないと言います。
──何でしょうか。話を途中で切られると、とても気になりますよね。
「愛している」
そして再び視線をベンダーツさんに向けた時の一言でした。不意をついての改心の一撃です。
──っ?!心臓が飛び出るかと思いました。しかも更なる追い討ちに、勢い良く振り向いた私の額にヴォルのいつもの真顔が降ってきたのです。額に触れた柔らかな感触は、もしかしなくとも彼の唇。
これは驚かない訳がないのでした。本当に彼の突然のストレートな言動は心臓に悪いです。
そんなびっくりどっきりがありつつも私達はそのまま寄り添い、燃焼が完全に終わって中が灰になるまでその場にいました。
ポツポツとしか会話はしませんでしたが、それでもヴォルと二人きりの大切な時間です。私は彼と一緒にいられる事の幸せを心から噛み締めていました。
炎が消えた後の周囲は暗闇に覆われ、商団の方々は全員テントに入ってしまっています。明日灰の一部を麻袋に入れて町に持って帰るとの事でした。
──私が心配しなくても、外を知っている人達はルールを分かっているようです。それも当たり前なんですよね。
「まだ寝ないのか?」
いつまでも戻って来ない事に気付いたのか、様子を見に来たベンダーツさんに問われました。
彼は商団の方々の動向を常に見ています。今までも彼等のテントの方に行っていたのでした。──あ、勿論ユーニキュアさんの個別テントではないです。
「ここで休む事にする」
「分かった。俺はあちら側にいよう」
ヴォルとベンダーツさんの短い会話でした。そのあと視線だけを向けてきたベンダーツさんに、私はペコリと頭を下げます。
私は今、ここを離れたくない気持ちでいっぱいでした。既に灰になってしまいましたが、ここは荼毘に付された方々の最期の思いが残る場所です。せめて今夜だけは──と思いました。
でもそれを言葉にしていないのに、ヴォルは何故分かったのでしょう。いつまでもこの場所から離れない私に何かを気付いてくれたのならと思うと、とても心の奥が温かくなりました。
「ヴォル……」
地面に胡座をかいたヴォルの足に座らされた私は、ソッとその胸に頬を寄せます。
もっと近くに、もっと触れ合っていたいと身体が訴えていまました。
「……あまり煽るな、メル」
熱いヴォルの息が耳元に届きます。
私が触れ合っていたくても、ヴォルは違うのでしょうか。
目の前には結界に包まれた灰。私達の周囲にもまた、いつの間にかヴォルの結界がありました。
「抑えが利なくなるぞ」
囁くヴォルの真意を探るように、私は首を傾げます。
「ん……っ」
そんな私の耳朶を、熱いヴォルの舌が撫でました。
ゾクゾクッと背筋を甘い電気が走り、勝手に口から音が溢れます。
「ここでは……さすがに、な」
押し殺したような声に、私の羞恥心が目覚めました。途端に顔が熱くなります。
──あぁっ!私ったら、何をしているのでしょうかっ?
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて頭を起こした私は、未だにピタリと接するヴォルの身体から離れようとしました。──が、放してはもらえませんでしたよ。
腰の辺りを強く抱かれ、全く立ち上がる事も距離を取る事も出来ません。
「逃げる事はないだろ」
「に、逃げるのではないです。適度な距離を……ですね」
「俺はこれが良い」
慌てる私とは違い、ヴォルは柔らかく瞳を細めるだけでした。
ですがヴォルの言う『これ』って、私の膝だっこ状態ですよね?
先程のベンダーツさんは何も言わなかったですが、手を繋いでいるだけとは明らかに違います。今の姿を見られると後が怖いですね。
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