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第六章
≪Ⅳ≫貴族だろうが俺には関係がない【1】
しおりを挟む「メルはここにいろ」
そう言うと、ヴォルはウマウマさんからフワリと降りました。勿論、私のいる場所に結界を張る事を忘れる筈もなくです。
「お乗りください、ヴォルティ様」
すかさずベンダーツさんが自らのウマウマさんを差し出しました。突然の丁寧語バージョンですね。
そして──えぇ、当たり前かもですが相乗りはしないようです。ベンダーツさんはいつの間にかウマウマさんから降りていて、その手綱を握っていましたから。
「お前は……」
「私も行きます」
「……好きにしろ」
「はい」
短いヴォルとベンダーツさんのやり取りでした。それでも互いになすべき事が分かっているか、端的に会話が終了します。
ヴォルはチラリと私へ視線を向け、そのまま何も言わずにウマウマさんごと背を向けました。──私、間違いました?
分からないですが、何故か不安が押し寄せます。
「ヴォル……」
意図せず口から溢れた呟きは、誰に届く事もなく掻き消えました。けれど先程私が発してしまった言葉は、当たり前ですが取り消す事が出来ないのです。
私は不安を胸に、結界の中からヴォルの背中を見つめる事しか出来なかったのでした。
「この商団はサガルット貴族の紋章を持っております」
「そうか」
魔物の索敵範囲外でウマウマを止めた俺はその場に結界を張る。不用意に近付けば足となるウマウマをなくしかねない為、ここに待機させるのだ。そしてすぐに駆け寄ってきたベンダーツが商団から見てとれる情報を告げてくる。
だが近くまで来てみればその被害状況がかなりのものだと分かった。更に言えば、生きている者を数えた方が早い。
「お前は生存者を当たれ。俺は魔物を討伐する」
「はい」
溜め息を吐きつつも、このまま放置が出来ない事は分かっていた。
俺は両の手に剣を握り締め、四足歩行獣型の魔物と対峙する。だがその血走った眼球に理性はなく、ダラダラとだらしなく唾液を垂らしていた。
すぐさま魔物の前に躍り出るようにして斬り付けたが、何故か完全に動きが取れなくなるまで向かってこようとする。──おかしい。
それは通常の魔物とは異なる反応だった。本来ならば魔物と言えど生物の一端なので、自死となる行動をしない。
となると、ここまで『狂う』には何処かに原因がある筈という考えに至る。
「ヴォルっ?!」
珍しく必死な様子のベンダーツの声に振り向く。
視認出来たのは、その腕に抱き止められたグッタリとしている女。だが、わざわざ俺の呼び方を変えた理由がありそうだ。
「どうした、マーク」
その間にも魔物の攻撃は止む事がなく、俺は剣を振りながら答える。
ぱっと見負傷してはいないようだが、周囲に無事な人間も見当たらない状況だ。
「あの……、サガルットの姫なんだが……」
動揺しているのか、ベンダーツの口調が怪しい。
それにしても──サガルットの姫?
先程ベンダーツは貴族の商団だと告げていた筈だ。
「何が言いたい」
「だから、ブルーべ家の壱の姫だ。この商団はブルーべ家の物らしい」
「それがどうした」
「……ったく、本当に他人に興味ないのな。サガルットのブルーべ家と言ったら、この大陸で五本の指に入る大貴族だぞ」
「貴族だろうが俺には関係がない」
「~~~っ、だから問題なんだって!ブルーべ家の壱の姫の窮地を救ったとあれば、それだけで大きな恩恵がもらえるだろ?今のヴォルは何処にでも恩を売っておいて損はない筈だ」
ベンダーツが息巻いているが、俺はそれ程重要な問題とは思えない。今の俺にとって最優先事項はメルだ。この魔物討伐すら彼女の意思なのだから。
「お前の好きにしろ」
俺はそれだけ答え、再び魔物を討伐する事だけに意識を向けた。
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