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第六章
≪Ⅲ≫ないと困るのだろ【1】
しおりを挟む「あ、ウマウマさんっ!」
不意に思い出して私は叫びます。
そう言えば私達だけ避難してしまい、クスカムの集落にウマウマさんを残してきたままでした。それに荷物もです。
どうしましょう。
「戻ってくる」
ですが慌てた私に対し、ヴォルは静かに一言だけ告げました。
──えっと……はい?
私にはヴォルの告げた意味が分かりません。
「どんな根拠だよ」
「すぐに分かる。その前に食事だ」
ベンダーツさんからの突っ込みもあったので、もしかすると彼もヴォルの真意が分からなかったのかもしれないです。
でもヴォルの言葉を聞き、──そう言えばと、お腹が空いていた事に気付きました。
「そうかと言って、荷物がないんじゃな。道具はおろか、食べ物すらないんだ」
「お前は水でも汲んでこい」
「だ~か~ら、その道具がないんだっての。聞けよ、人の話。俺は魔法使いじゃないぞ」
「フン。使えないな。Koko ni kettukai wo……」
「なっ!?」
わざと怒りを煽るような事を言うヴォルです。
そしてベンダーツさんが食って掛かろうとしましたが、ヴォルは何やら魔力を集中し始めました。
「Umauma wo sousaku. Nimotu wo sousaku.」
「何だ……?」
ベンダーツさんが驚くのも、無理はないです。だって私もさっきから言葉が紡げないのですから。
てっきり水を用意するのかと思いきや今回の詠唱は長くて、そうではないと思い始めた頃に変化が起きました。
私達の目の前で空間が歪みます。そしてその大きく膨らんだ歪みが黒い円を作り、水の表面のように揺らぎました。
「何かが……」
「あぁ……、来る」
私の呟きにベンダーツさんが続けます。気配というか、本能的に何かの接近を感じました。
そうしてベンダーツさんと私が見つめる先で、黒い水面が波立ちます。
──うぅ……、かなり怖いのですけど。
「っ?!」
思い切りビクッと身体が揺れてしまいました。
し、仕方がないですよね?だって、目の前の黒い水面からニョキッと突き出したものが──黄色い鼻?だったのですから。
「おぉ、ウマウマじゃないか。しかも、荷物付き」
喜ぶベンダーツさん。それもそのはずです。
クスカムの集落に置いてきたウマウマさんと荷物が丸ごと、鴨葱の如くセットで現れたのですから。
しかしながら、このような状況でもウマウマさん達は平然としていました。魔法転移門を当たり前のように通過し、こちら側に到着した途端に足元の草を食み始めたのです。
「な、何ですかっ?どうなっているのです?」
興奮状態の私の視線は、ウマウマさんとヴォルの間を右往左往でした。
騒がしくてすみません。これ程驚かされた事はないですね、たぶん。まるで手品のようです。
「ウマウマだ」
「そ、それは分かりますけど……」
「ないと困るのだろ」
「勿論ですけど……」
「ならば問題ない」
「……そうですね」
ヴォルと私の『漫才』のようなやり取りでした。──うん、深くは考えてはダメだと言う事ですね。
そして『戻ってくる』のではなく、『取り戻せる』確信がヴォルにはあったようです。魔法、凄すぎました。
そんな中、ベンダーツさんは嬉々として荷物を解いています。お気に入りの調理セットが戻ってきて、隠しようがない程に嬉しい様子でした。
「よし、食事の準備をするか」
「頼む」
腕を捲るベンダーツさんに、ヴォルは手伝う気のない返答を返します。
食事係は完全にベンダーツさんの役目となったようでした。──いえ、ヴォルが魔法で手伝おうとすると怒るのですから仕方がありません。
ちなみ私には全く手伝わせてもらえませんでした。信頼がないのでしょうか。
──変なものは入れませんよ?
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