「結婚しよう」

まひる

文字の大きさ
上 下
264 / 515
第六章

≪Ⅲ≫ないと困るのだろ【1】

しおりを挟む

「あ、ウマウマさんっ!」

 不意に思い出して私は叫びます。
 そう言えば私達だけ避難してしまい、クスカムの集落にウマウマさんを残してきたままでした。それに荷物もです。
 どうしましょう。

「戻ってくる」

 ですが慌てた私に対し、ヴォルは静かに一言だけ告げました。
 ──えっと……はい?
 私にはヴォルの告げた意味が分かりません。

「どんな根拠だよ」

「すぐに分かる。その前に食事だ」

 ベンダーツさんからの突っ込みもあったので、もしかすると彼もヴォルの真意が分からなかったのかもしれないです。
 でもヴォルの言葉を聞き、──そう言えばと、お腹が空いていた事に気付きました。

「そうかと言って、荷物がないんじゃな。道具はおろか、食べ物すらないんだ」

「お前は水でも汲んでこい」

「だ~か~ら、その道具がないんだっての。聞けよ、人の話。俺は魔法使いじゃないぞ」

「フン。使えないな。Koko ni kettukai wo……」

「なっ!?」

  わざと怒りをあおるような事を言うヴォルです。
 そしてベンダーツさんが食って掛かろうとしましたが、ヴォルは何やら魔力を集中し始めました。

「Umauma wo sousaku. Nimotu wo sousaku.」

「何だ……?」

 ベンダーツさんが驚くのも、無理はないです。だって私もさっきから言葉が紡げないのですから。
 てっきり水を用意するのかと思いきや今回の詠唱は長くて、そうではないと思い始めた頃に変化が起きました。

 私達の目の前で空間がゆがみます。そしてその大きく膨らんだゆがみが黒い円を作り、水の表面のように揺らぎました。

「何かが……」

「あぁ……、来る」

 私の呟きにベンダーツさんが続けます。気配というか、本能的に何かの接近を感じました。
 そうしてベンダーツさんと私が見つめる先で、黒い水面が波立ちます。
 ──うぅ……、かなり怖いのですけど。

「っ?!」

 思い切りビクッと身体が揺れてしまいました。
 し、仕方がないですよね?だって、目の前の黒い水面からニョキッと突き出したものが──黄色い鼻?だったのですから。

「おぉ、ウマウマじゃないか。しかも、荷物付き」

 喜ぶベンダーツさん。それもそのはずです。
 クスカムの集落に置いてきたウマウマさんと荷物が丸ごと、鴨葱かもねぎごとくセットで現れたのですから。
 しかしながら、このような状況でもウマウマさん達は平然としていました。魔法転移門を当たり前のように通過し、こちら側に到着した途端に足元の草をみ始めたのです。

「な、何ですかっ?どうなっているのです?」

 興奮状態の私の視線は、ウマウマさんとヴォルの間を右往左往でした。
 騒がしくてすみません。これ程驚かされた事はないですね、たぶん。まるで手品のようです。

「ウマウマだ」

「そ、それは分かりますけど……」

「ないと困るのだろ」

「勿論ですけど……」

「ならば問題ない」

「……そうですね」

 ヴォルと私の『漫才』のようなやり取りでした。──うん、深くは考えてはダメだと言う事ですね。
 そして『戻ってくる』のではなく、『取り戻せる』確信がヴォルにはあったようです。魔法、凄すぎました。

 そんな中、ベンダーツさんは嬉々として荷物をほどいています。お気に入りの調理セットが戻ってきて、隠しようがない程に嬉しい様子でした。

「よし、食事の準備をするか」

「頼む」

 腕をまくるベンダーツさんに、ヴォルは手伝う気のない返答を返します。
 食事係は完全にベンダーツさんの役目となったようでした。──いえ、ヴォルが魔法で手伝おうとすると怒るのですから仕方がありません。

 ちなみ私には全く手伝わせてもらえませんでした。信頼がないのでしょうか。
 ──変なものは入れませんよ?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...